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榊原モンショー

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中級水龍ヴァルラング②

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「な……!? 何だよ、あいつ……!」

 俺の眼下に突如として現れたのは1頭の龍だ。ワニのような体躯を持ちつつも、その頭部は完全に龍のそれだ。
 紅の体躯を震わせて水気を払ったその生物は飛翔している俺たちを見るや否や巨大な咆哮で空気を振動させていた。

「ンヴァァァァァッ!!」

 その龍ほどではないにしろ、ウェイブも俺の服を掴んだままでわざわざ応えるかのように大きく吠える。
 ただ、ウェイブは産まれてからまだ二週間ほどしか経っていない。たったそれだけで飛ぶ自体がかなり負担になるだろうにも関わらず、俺の身体も支えているのだ。ウェイブの負担も相当なものだろう。

「ウェイブ、ひとまず向こう岸に行こう。荷車が破壊されたら俺たちの足がなくなっちまう。注意をこっち側に引きつけるんだ」

「……ンヴァ」

 解決策があるという訳でもない。ただ、ここで荷車を破壊されてしまえば俺たちがエイルズウェルトに到着するのは更に時間がかかってしまうだろう。
 俺の言葉を理解しているのか、少しだけ不服そうにしながらもウェイブは翼をはためかせて、その生物から距離を置きつつ対岸へと着地した。

「……グルルル……」

 地面に降り立ってみてから分かるのは、その生物の巨大さだ。
 親アリゾールを遙かに上回るその大きさが俺の元へ突撃してきたならば、それこそ命はないだろう。
 なんせ俺は、ウェイブのような逃げるための翼も持ってないし、ルーナのように魔法を使った戦闘力の底上げなども出来ない。
 この世界において、俺は限りなく無力・・な存在であることに変わりは無いのだ。

「ンッ――」

 ――と、円筒形の身体をぐるりと回したその龍は、先端に向かって細くなった頭部を俺たちに向けた。
 紅の体躯から蒸気にも似た煙が噴出し、開いた口の奥にはまるで流動化した火花のようなものが顔を覗かせていた。

「……っておいおいあんなの喰らったら一瞬で消し炭だぞ……!?」

「……ンヴァウ……ッ」

 対岸から一気に射出するつもりか……!? 
 ウェイブはその太い四肢をガッシリと地面に固定し、龍の攻撃を真正面から受け止めようとする。
 龍の口からは熱を逃がすためか白い煙がもくもくと噴き上がっていた。

「ウェイブ! 走るか飛ぶか、とにかく逃げろ! 闘うな!」

「ンヴァ!」

 龍が俺たちを完全に視界に捉えたと同時に、俺は川の上流に向かって強く地を蹴り、ウェイブも瞬時に戦闘態勢を解いて俺と並列して走り出した。
 だが――。

「ヴ……ッ」

 ウェイブの表情が一瞬だけ苦痛にゆがんだように見えた。

「ッガッ!!」

 バガガガガガッ!!

 瞬間、鈍い音と焦げ臭い匂いが川の周りに蔓延すると共に、強烈な爆風と水しぶきが俺たちを襲った!
 対岸から見えたのは、火花のようなブレスを射出する龍と、歯をカチカチと鳴らして摩擦を作り上げた後に大きな爆発を生み出すといった攻撃。
 水を穿ちながら進む爆弾は、周りの熱を瞬時に蒸発させて爆風と水蒸気を交錯させつつ俺たちを吹き飛ばしていった。

「ぐっ!」

 龍が射出した爆弾に直接触れはしなかったものの、余波で生み出された爆風によって妙な浮遊感に苛まれていく。

「ヴァァァッ!! グルッ!」

 その最中、火傷しそうな程の熱風と水蒸気と、砂利と水が視界を覆う中でウェイブの大きな身体も吹き飛んでいるほどだった。

「――ウェイブ! 起き上がれるか!?」

 実の所は、先ほどの飛翔で既に体力が尽きていたのだろう。
 自分の身体を守るほどの力がなかったウェイブは爆発の余波を諸に喰らって背中から地面に激突していた。

「ン……ヴァァ……!」

 ダンッと。力強く河原の地面を踏みしめて立ち上がろうとするウェイブ――が、その足腰に力は無い。
 そうもしている間に間髪入れずに対岸の龍は次の攻撃準備に取りかかってた。
 水表面には未だに爆発による水蒸気が浮かび上がる中、俺たちに――いや、ウェイブにはもう逃げる余力などは残っていなかった。
 ウェイブは一度俺を助けてくれた。
 自分の危険を顧みず、俺の命を助けてくれた恩人である。
 ここで俺が逃げて助かったとして、ウェイブが死んでしまったら元も子もない。
 そんなことをして俺が生き残ったとしても、心にはずっとわだかまりを抱えたまま生きていくことになるだろう。
 そうなるくらいならば、俺は――。

「傷だらけじゃないか、お前」

 俺は、傷ついたウェイブを見てぽつりと呟いた。
 対岸では再びブレス攻撃のために火花をチャージし始めるワニ型の龍がいる。
 あの龍も、食えたら食えたで美味かったんだろうかと。
 そんなことすら頭をよぎり始めた。
 そういえば、ルーナはどこで何をしているんだろう。薪を拾うためにとてつもないスピードで飛び出していったのだから、もしかしたら俺やウェイブの死体を発見してしまうのかもしれないな、とか。
 どうせ異世界に来てしまったのならば、何らかの超能力や突然の力なんかに目覚めたりして、魔物や龍を一網打尽にするような力があってもよかったのに。
 
 そんなくだらないことばかりが頭をよぎっている。
 死ぬ寸前に走馬灯をよく見るという話はあるが、何だ……結構淡泊なことしか考えられないじゃないか。

「――ンッ」

 対岸の龍がチャージを終えて一気に溜めを作るなかで、ウェイブがそれでも前へ進もうと足を引きずる。
 龍は再び口を開けて、ブレスを吐き出す――。

「肉体部位増幅魔法、タイプ脚《レッグ》獣脚じゅうきゃくッ!!」

 ――その瞬間だった。

「ングルァァァァァァッ!!」

 口を開いた龍の頭部に突如上空から飛び膝蹴りを食らわせた少女がいた。
 ブレスを射出する寸前だった龍が、直上からの攻撃で口を閉ざす――と同時に口の中でボンッと鈍い音を上げて龍は小さく唸りを上げた。

「タツヤ様! ご無事ですか!」

 対岸で叫ぶルーナ。膝蹴りを食らって口の中で爆弾を暴発させた龍が身体から小さな紅の煙を出していた。

「ルーナ! いいところに――」

 俺が対岸のルーナに声を掛けたそのとき、後方から聞こえてきたのは一つの声だった。

「そのまま発炎器官を破壊しろ!」

 俺も、ルーナも知った声ではなさそうだった。
 ふと後方を見るとそこには薄汚い茶色のローブを纏った謎の人物が立っている。

「早く! 再び暴れ出したら手が着けられない!」

 ネルトさんとはまた違った感じで澄んだ声だった。

「発炎器官はその龍――中級水龍ヴァルラングの喉元にある紅の器官だ。そこを破壊すれば奴がブレスを吐いてくることはない!」

 謎の人物が声を上げていることに困惑している間に、ルーナの眼前にいる龍がゆっくりと立ち上がっていった。

「る、ルーナ! よく分からんが、今はこの人の通りにしてくれ!」

 俺はウェイブを庇う形で前に出ることしかやることはなかった。
 ルーナは、俺の指示に小さくこくりと頷く。

 ――それにしても、コイツ……さっき、あの龍のことを「中級水龍ヴァルラング」と名指ししていたってコトは、何を知っているんだ……?
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