手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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水龍の唐揚げ④

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 謁見の間。そこは、選ばれし者しか入ることの出来ない神聖な一室だという。
 白銀と黄金で彩られた異様な空間。真紅よりも深い紅で形成された玉座の背後には、20余の肖像画が飾られている。
 その末端には、俺の眼前で不敵な笑みを浮かべる少年王のものがかけられている。
 肖像画では少しぎこちない緊張したような面持ちだが、そんな様子はこの王様からは微塵も感じられない。
 カツ、カツと大理石の階段を降りてくる少年王は、左右に控える4人の側近たち、そして隣で頭を垂れるアマリアさん、若干むすっとした表情で仁王立ちするエルドキアを一瞥した後に「聞いておるのか?」と俺に目を合わせた。

「毒味のことならば心配はいらんぞ。そなたがルクシアで人々を魅了したというものを、余の前でも作って見せよと言ったまでじゃ。美味なものを作れば、宮廷料理人として好待遇で迎えよう。不味ければ主は死刑。隣の女子おなごは余が娶ると……。なーに、簡単なことじゃ」

 少年王は無邪気な笑みでルーナに目を移した。
 エルドキアと同じく白髪で、こざっぱりとした印象を醸し出している。
 年は恐らく、ルーナとほとんど同い年といったところだろう。
 俺とルーナの眼が自然と合う。絶句にも、亜然にも似た表情をしているルーナはぽかんと口を開けていた。

「――お、恐れながら、ドレッド様。そのお言葉は少々乱暴すぎるかと……」

 アマリアさんの呟きに、少年王はパチンと手を鳴らした。そんな一室で珍しくエルドキアが俺たちの側に加勢して声を上げる。

「相変わらず兄様はバカじゃのぅ。ルーナがお主のような愚王《ぐおう》に靡くわけがあるまいて」

「ふふん、エルドキアよ、バカなのはお主じゃ。こんな冴えない・・・・地味で・・・どこにでも・・・・・いる・・庶民の・・・代表格《・・・》のような男と、王の余であれば、どちらを選ぶかは明白。そこの女子も、いつまでも
そやつに付き従うより、ここで暮らす方が何十倍もいい暮らしが出来るぞよ。その方、名をなんと申す?」

 ……ひ、酷い言われ様だな。
 とはいえ、まぁ返す言葉もないが。そしてさっきまで援護していたエルドキアはむすっとした表情で黙ってしまう。

「それではタツヤ様にメリットが一つもありません」

 そんな中、今まで静観を決め込んでいた人物がドレッド王の前に出る。もふもふとした獣耳が、小刻みに震える。

 ――ルーナだった。

「お……ほ……ほぅ。な、何でも言ってみるといい。お、お主の言うことならば……こう、全て聞こうではないか!」

 ドレッド王、ちょっと挙動不審気味だ。
 あれだ、好きな子としゃべると途端に緊張しちゃうタイプだ。
 頬を染めてタジタジになるドレッドと同じくらいの上背を持つルーナは、耳も、尻尾もぴくりとも動かさずに少年王に問いかける。無感情、無表情のルーナと照れ顔を浮かべるドレッドの姿はとても対照的だ。

「私たちが勝てば、先ほどの言葉を全て撤回して貰います」

 いつも笑顔を絶やさなかったルーナが醸し出す異様な雰囲気に、俺は何も答えられなかった。
 普段とは違う、冷静で淡泊な瞳からは殺意にも似た何かが感じられた。

「うむ、良かろう。お主らが勝てば……のぅ。じゃが余は味にはうるさいぞ! 毎日王宮内の最上級ランクの飯を食べておるからの。とはいえ、そろそろ飽きては来た……。半端な食材で余は満足せぬことを覚悟しておくのだな」

 にやり、再び不敵な笑みを浮かべるドレッド王は踵を返して玉座に戻る――と、同時に指をパチンとならした。

「おお、そう言えば言い忘れておったの。これは依頼ではない。第23代クセル国王ドレッド・グレイスの名を持って発令せし、国王命令での。刃向かうと国賊として始末されるので気をつけるといいぞ!」

「こ、国王……命令ですか!?」

 アマリアさんがごくりと生唾を飲み込んだ。エルドキアも流石に驚いたようで、しかめていた顔をさらにゆがめる。
 俺の頭の中に大量のはてなが浮かぶ中、アマリアさんはすぐさま顔を上げた。

「お考え直し下さいませ。国王命令とは、そのように軽率に発令されていい物ではありません。国家の緊急事態にこそ発令されるべき法令。いたずらに濫用をなさっていればそれこそ民の信頼が失われます。どうか、再考をお願いしたく思います」

「んーと……言われてものぅ……。第一大隊長のグスマンが良いっていってくれたしのぅ……」

 アマリアさんに激しい言葉を突きつけられたドレッド王は肩を震わせて1人の男を指さした。
 筋骨隆々とした体躯に、ライオンの鬣《たてがみ》のような黒髪と髭。洗練された肉体を持ったその男は腕を組んで静かに目を閉じていた。
 武人然とした鎧にも似た格好をしたその男の右腰には、鞘に入った一本の直剣が強く存在感を放っていた。
 第一大隊長、そう呼ばれた男グスマンはすぅと小さく息を吐いて、アマリアさんに冷たい眼光を突きつけた。

「俺が意見具申させてもらった。国王陛下の舌に合うものを作ればいいだけのことだ」

 グスマンの言葉に、アマリアさんはぽつり、小さく「クソ猿め……」と舌打ちをかました。

「聞こえてるぞアバズレ」

 ……さっきまで第一大隊長がずっと好きだったとか年少組に愚痴っていたとは思えない言いようだ。
 そんな空気を知ってか知らずかドレッド王はマイペースにも両手を叩いて笑顔を浮かべる。

「楽しみにしておるでな。余はやること話すことは終わった。向こうの部屋で寝るとする。飯が出来たら起こしに来るが良いぞ、奇術使い。日没を過ぎるまでが時間じゃ。それに遅れても敗北とみなすからの」

 そう言って小さなあくびと共に奥の部屋へと戻っていくドレッド王。
 続く側近4人が王の後に続きこの部屋を出たところで、広い部屋の中では静かな時が流れていた。

 結局俺は、ドレッド王とは一言も話すことなくずっと呆気にとられているだけだった。
 何も口を挟む隙がなかったとさえ言える。
 妙に現実味が俺を襲い始める。先ほどのドレッド王の言葉、そして俺が今置かれている状況を一つ一つ、ない頭の中で整理し始めていくと――。


 あれ、俺何気にやばくね……?
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