手持ちキッチンで異世界暮らしを快適に!

榊原モンショー

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水龍の唐揚げ⑤

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「兄様があそこまで愚王じゃとは思わなんだが……主らも災難じゃのぅ」

 まるで他人事だとでも言うようにエルドキアが苦笑いを浮かべる。

「とはいえ、国王命令ともあらば妾の出る幕もあるまい。ここまで引き連れてきてしもうた責任もある。何か手伝えることがあるなら何なりと言うと良いぞ」

 小さなため息をついて謁見の間を去って行くエルドキア。その背中からは先ほどの態度から考えてもとても小さいように思える。

「私は、残ります」

 エルドキアが去って行った中で残ったのはアマリアさんだ。
 彼女は金髪の髪を後ろでさっと結い、こざっぱりとしたラフな格好で地面に片膝をついた。

「こうなってしまったのも全ては私の責任。これより私は勝負を見届けるまで、タツヤ殿とルーナ殿に忠誠を誓います」

 それは、エルドキア曰く、王国にとっての最敬礼の証。
 さっきも玉座に偉そうに座ったドレッド王の近くにいた側近4人は始め、片膝をついて頭を垂れていた。
 俺は、ようやく少しずつ情報を飲み込み、心の中で一呼吸をおいた。

「頭を上げてください、アマリアさん。こうなってしまってはどうしようもありませんし……と、とにかく、あの王様が満足いく飯を作ってやりましょう!」

 とにかく、時間も、選択肢もほとんど狭まっている。
 日没までにそう時間も無い。太陽が徐々に西に傾いているのは、王宮内の窓から容易に想像できる。
 今から何らかの高級食材を調達しようと思ったところで、絶望的に時間が足りない。
 その上で俺はこの世界の高級食材なんて知りもしない。
 そうすると、残される選択肢はただ一つだった。

「……中級水龍ヴァルラング」

 自然と口をついて出たその言葉。
 アルラット川上流にてアマリアさん、ルーナのコンボで討伐したあの龍だ。
 確か、グレインさんに聞いた話だと下級龍、中級、上流と龍のランクが上がるほど討伐難易度は跳ね上がり、そして味は美味くなる……ってことだったよな。
 となると、下級龍アリゾールを超える美味でもあるわけだ。
 照り焼きアリゾールだって、それなりには美味かったんだ。中級水龍だってそれ以上に美味いに違いない。
 と、俺が頭の中で次々に思案していた所に、「それは、恐らく不可能ですね」と頭を抱えて口を開いたのはアマリアさんだ。

「中級水龍ヴァルラングは、龍族の中でも一・二を争うほどに解体難度が高いとされる龍。ヴァルラング最大の特徴とも言える発炎器官を取り除いた後でも、体内では発炎器官を擬似的に作り出そうとする動きが見られるんです。その際に革内は発熱し、堅くなる。巷の料理人でも扱いが難しくてそこまで市場に出回らないんですよ……」

 アマリアさんは続ける。

「つまり解体作業中にいつ、どこで第二の発炎器官が発現してしまうか分かりません。素人が何も知らずに刃向かうのは無謀です……かといって、今から専任の料理人を雇って連れてくるにしても、時間はありませんし――」

 外で、傾き始める太陽を見て呟いたそのときだった。

「私がやります」

 またも、ルーナは異様な雰囲気で俺とアマリアさんの前に立つ。
 無表情、無感情でそう呟いたルーナの剣幕にアマリアさんが額に脂汗を浮かべているのが分かった。

「る、ルーナ……話、聞いてたか? 素人がやるのは無謀だって、アマリアさんが……」

「以前、この個体に似た龍を姉様と解体したことがあります。その時は同じ属性龍・・・ではなく、雷龍でした。私たちが持っている食材の中で一番価値の高く、味の良い食材も中級水龍以外は……ないと思います。大円森林ヴァステラの食材は、中央都市の人々には味が合わないというのも聞いたことが……ありますし」

「しかし、調理器具は生半可な切れ味のものでは太刀打ち出来ません。それこそ、特殊包丁が必要なほどに――」

 アマリアさんがルーナの無謀を止めようとするも、彼女は「大丈夫ですよ」と自身の右手を見せる。
 確かに、ルーナの肉体部位増幅魔法は鋭利も鋭利、俺もよくその能力を使って貰って助かっている。

「この右手より鋭利なものはありませんから。私が、責任を持って……捌きます。いえ、捌かせてください、タツヤ様」

「……出来るか?」

「出来ます。やってみせます。そして――タツヤ様を侮辱したあの王に、一泡吹かせてやります……っ!」

 決意の瞳だった。
 無表情から一転、燃えるようなルーナの耳と尻尾の動きに、俺は強く頷いた。

「……俺はこっちで下準備でもしておく。どのくらいかかるか分かるか?」

「一時間もあれば、上質なブロックを確保します!」

「よし、任せたぞ、ルーナ!」

「らじゃっ!」

 格好いい敬礼ポーズを残した後に、ルーナは謁見の間を走り去っていく。
 アマリアさんは、ルーナを見送った俺を睨み付けて声を上げる。

「タツヤ殿! 今はそんな賭けをしている場合じゃありません! 3人も居れば、エイルズウェルトの街でそれぞれの食材を調達することも出来るでしょう。確かに、ヴァルラングよりは価値は下がるかもしれませんが……それでも、もし彼女が捌ききれなかったらまるまるその時間を失うことになるんですよ!?」

「……言われなくても、分かってますよ」

 だからこそ、賭けたんだ。
 今こっちが切れる最高のカードは、中級水龍なのだから。

「ルーナは出来るって言ったんです。だったら俺がすることは一つです。ルーナが捌いた肉を存分に使って、あの王様に振る舞う。そのために……うん、何作ろう……」

「……まだ決めてはいないんですね……」

 大きな啖呵を切った後で非常に格好は悪いが、俺としてもまだ先行きは一切不明だ。
 この前のように手っ取り早いのは照り焼きにすることなんだが……。
 下級龍で照り焼きアリゾールを作って、中級水龍で照り焼きヴァルラングってのも、少し芸がない気がするな。

 と、俺が天井のシャンデリアを眺め、アマリアさんが頭を抱えていたそのときだった。

「アマリアー。オイル切れじゃぞ。いつも言っておるが、定期的に補充してくれとあれほど……」

 謁見の間に再び現れたのはエルドキア。
 少し寝ぼけ眼を擦りながら、先ほどとは違うピンクと白を基調とした寝間着姿の幼女は右手に透明な瓶を持っている。
 そこに入れられているのは、黄金にもにた透明色の液体だ。

「……あ、し、失礼しました!」

「お口のエチケットなのじゃ。お主は知らぬのか? 寝る前のくちゅくちゅなのじゃぞ! 妾は虫歯になるのが嫌なのじゃ。油の効果でお口すっきりなのじゃ。ほれ、タツヤ。お主も匂うてみるか?」

 カツカツと歩いてくるエルドキア。ふいに、手の甲に謎の液体が垂らされるとともに――。

「あれ……これって――」

 俺の頭の中で、何かが弾ける音がした――。
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