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本編
ヨハネスの提案
しおりを挟む「じゃあね、アマーリエ。また夕方ご飯持っていくから一緒に食べようね。ついでに泊まるから」
「わかったわ。いろいろ用意しておくね」
アンナが来るなら一緒に飲もうと思っていた紅茶を出して、取っておいたクッキーをだして、アンナ用のふかふかバスタオルと香油を出して……と準備はいろいろある。アマーリエはアンナが来る前に体を拭いておく必要がある。
「もう、何にもしなくていいの。私が全部するから、大人しくするの! いいわね」
「はーい。大人しく待ってます」
「めっ」と叱った後、アマーリエの返事に手を振ってアレックスと帰っていった。アマーリエは手を振りながらアンナとアレックスを見送って、ヨハネスを振り返る。
「ありがとう、ヨハン。いろいろしてくれて」
「今更なんだけど、何で薔薇の雫について詳しく知りたかったの? アンナから最低限聞いてたんでしょ? だったらそれで任務には支障ないはずだし……」
ヨハネスは言葉を探すように言葉を切る。アマーリエを心配げに見つめて切った言葉の続きを言い始める。
「何となく思いつめてるというか、気が張っている感じがする」
「そんなこと……」
「アンナも、気づいていたと思うよ。だから夕方来て泊まるって言ってたんだと思う」
「それは……そうかも……」
アンナはアマーリエのことをよく見ていてくれている。兄たちならアマーリエが言うまで黙って静観しそうなところも、アンナは声をかけてくれる。
(ああもう、アンナったら……)
じっくり話せる環境で、なおかつアマーリエを逃さない環境で膝を突き合せたいのだろう。
(普通にしているつもりだったのによく気付いたものだわ……よく見てくれている……アンナ大好き)
アマーリエを気にかけてくれているアンナへの友情を噛み締めてしまう。
「良かったら話して。できることは協力したい」
「ヨハン……でも……」
話していいのだろうか。きっと例年以上に忙しくなるだろう通常の仕事に加えて。シーズン中の仕事も加わってきて、さらに追加でも仕事をすることになる。
ヨハネスは言葉を探すような逡巡する間を置いてアマーリエに真剣な目を向ける。
「……友達……だろう? それとも、僕には話したくない?」
「ヨハン……」
友達だと言ってくれるヨハンの友情がとても嬉しく、有り難い。
「あのね、内緒にしてほしいんだけど……私ね、薔薇の雫をばらまいている人たちを捕まえたいの」
「それって、団一丸で取り組んでいくことになってるってアレクさんが言ってたじゃない」
「うん。でもね、私、その人たちが許せないの。抜き打ちでの調査は効果あると思うの。でもね、団の制服を見たら薔薇の雫を逃げちゃうかもしれない。潜入捜査じゃないけど、夜会に潜り込んで探っていけば尻尾を掴めるかもしれないわ」
団の制服はよく目立つ。普段の巡視なら目だってもいいが、抜き打ち調査をするにあたって不利に働くだろう。師団長もそれは承知の上での〝当面の〟抜き打ち調査であり、犯人への圧力及び抑止力として行うのだろう。
「たしかに、いろいろな夜会に潜り込めば遭遇するチャンスではあるけど、同時に危険だよ。わかってるだろう?」
「でも、誰かがやらなきゃいけないわ。騎士団の前では言えない噂話でも、普通の令嬢の前でなら平気で言うかもしれないもの」
心配気なヨハンの緑の眼を見あげる。アマーリエは決意を胸に宣言する。
「私はカルーフ・ヴェッケンベルグの娘だもの。人の尊厳を踏みにじる輩と戦うわ。危険だからって逃げてちゃいけない」
フリードリッヒのこともそうだが、それ以上に薔薇の雫で傷ついた人間がたくさんいるということに憤りを感じている。
「社交は苦手でしょう? 夜会の行き方とかマナーはわかる?」
「……苦手だけど、勉強するもん」
苦々しい思いで声が詰まりそうになるが、なんとか声を絞り出す。ぜんぜん知らないわけではないが、胸を張れるほど身についたものではない。
常に戦うことを是とするのがヴェッケンベルグの教えだ。
しかし、アマーリエは社交から逃げている。最悪結婚してからデビューすればいいと思ってデビューもせずに逃げてきた。
(これ以上は逃げない)
「じゃあ、僕と一緒に夜会に行こう」
しばし考えるような間を置いて、穏やかに、しかしはっきりと提案した。
「ヨハンと?」
「そう。僕も慣れているわけではないけどね。一応デビューもしたし、多少なりとも参加したことあるんだ。未デビューで不慣れな君を一人では参加させられないよ」
十七歳の年から社交界デビューしていく。どの夜会でデビューしてもいいことになっているが、大抵は年の最初の方の大きい夜会――王族や高位貴族主催の夜会でデビューする。同期でデビューしていないのはアマーリエとアンナだけだ。それ以外の同期は昨年中にデビューしてしまっている。
「嬉しいけど、いいの? 忙しくなるよ」
「大丈夫。協力するって言ったでしょう。一応男だから体力はある。……それにうちの実家ディーゼル伯爵家の伝手とアマーリエの実家ヴェッケンベルグ家の伝手と両方使った方が広く当たれる。それに女の子一人じゃ悪目立ちするから、僕がエスコートするよ」
「ありがとう、ヨハン。嬉しい」
ヨハンの手を握って感謝を伝えると、ヨハンははにかむように柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、明日から夜会に向けて準備をしよう。ドレスとか夜会に必要なものは町屋敷に帰ればあるのかな?」
「沢山は持ってないけど、いくつかはあるわ」
去年のギュンターの式の時のドレスを何かあればとイルムヒルデが持ってきてくれている。さらにフリードリッヒから贈られたドレスやアクセサリーも預けてある。
「実家で夜会の案内を確認してみるから、アマーリエも確認してみて。お母上か家令に聞けば把握してるはずだから」
物の準備はできているからすぐに参加もできるだろうが、ヨハネスとマナーの確認も行っておきたいし、イルムヒルデに夜会の案内が来ていないか確認してみなければいけない。
辺境伯家であるため、夜会の誘いは沢山きている。元々参加するのは一部だけで、代わりに茶会にでたりとイルムヒルデはいろいろ工夫している。今年はヴェローニカを連れて参加することも多いだろうから、参加件数自体は増えるだろう。実家が参加する夜会は外すか一緒に行くかも考えなければいけない。
参加するのは二月半ばすぎてからになりそうだが、準備期間も十分とはいえばいが必要だ。
「わかったわ。明日は実家に帰るように申請してみる」
方針が決まるとやる気がさらに湧いてくる。
ヨハネスは気合を入れるアマーリエを穏やかに見つめていた。「どうしたの?」と問うとヨハネスは口元をほころばせる。
「やっと、いつものアマーリエの笑顔になったね。生き生きしてる」
「そう? そんなに変な顔してた?」
「変というか、雰囲気が違ったから、君を愛する家族は気づいて心配してしまうんじゃないかなと思ってた」
「そうなのね、自分では気づかなかったわ」
「そういうものだよ。……じゃあ、僕も部屋に帰るから、部屋に帰って休んでからアンナの準備をしなよ」
「そうね。そうするわ」
笑顔で小さく手を振ってヨハネスを見送った。
(あれ? そういえばヨハンはどうして私の様子がおかしいって気づいてくれたのかな……私、そんなに顔に出てたのかな……)
疑問に思いながら自室へ帰り、アンナを迎えるための準備にかかり始めた。
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