烏珠の闇 追想花

晩霞

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本編 ─羽ばたき─

籠女

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 後ろ手と翼に鎖。目隠しと口枷をされた少女は冷たい床に転がされた。道中が分からないよう、逃げ出さないように奪われた身体の自由は、狩人の拠点に着いても外してはもらえないらしい。少ない情報を頼りに清御鳥しんみちょうを探し続けた彼らは、やっとの思いで対象を手に入れたのだ。傷を付けないよう配慮はされているものの、そこに優しさは感じ取れなかった。

「……っう……」

 遮断された視界は真っ暗で、わずかな光すらも目に届かない。許された自由である聴覚と触覚を使い、今自分が何処にいるのかを探ろうとしたが、翼と手脚に付けられた重石が少女の動きを阻んでいる。身を捩る他に出来ることは無いと思った少女は、聴覚で感じた記憶を頼りに少ない情報を整理した。

 狩人達の草地を踏む柔らかい音は、だいぶ前に石を踏むものに変化し、そこから長いこと硬い足音は続いていた。開けられた扉はギギギギ……と四方八方に金属製の音が反響し、閉じる際の伝わった振動から随分と分厚く重い扉なのだと分かる。空気の流れと陽光の射す暖かさは感じられず、肌に触れるのはひんやりとした冷気だけ。恐らくここは狩人の拠点の奥深く。しかも他の動物達の声も聞こえてこないとなると、普段から使用される檻ではなく、一層厳重に造られた独房。清御鳥の為の牢屋。

 とことん孤独に堕とされた少女の身体に、冷たい空気とは別の震えが走る。ぶるりと鳥肌が立ち、自分の置かれた状況に、これからのことを想像すれば息苦しさも襲ってきた。
 そして今のところ殺される気配もなく床に転がされているのを考えると、狩人達は生け捕りにしたまま自分を売りつけるつもりでいて、取引相手の望み次第で処遇が決まってしまうのかもしれない。今ある命でも行く末は暗黒で、どこまでも奈落に取り残された恐怖が濁流となり、容赦なく少女を浚う。

「うぅ……ぁ……」

 名前を呼びたいが、それすらも叶わぬ口と再び感じた人間の気配に身を固まらせ、声を出すのを止めた。カツーン、カツーン、と響く足音は段々大きくなり、少女の扉の前で止まると、ギギィ……という重苦しい音が独房に木霊こだました。

「…………」

 視界が奪われた状態で縛り付けられ、床に転がされたままの少女は牢に入ってきた存在に全神経を集中させた。衣擦れの音と近くまで迫った気配に、その人間は自分の傍でしゃがんだのだと分かる。

「最近、噂になっていたのはお前か? 清御鳥は随分前に狩ったが、また見られるとは思わなかった」

 野太く低い男の声はすぐ上から降ってくる。
 見下ろされる形の少女は心臓すらも縛られたかのように、じっと男の行動に身構えた。

「大層、良い値で売れたもんだ。あの時の奴らは。殺しても生かしても身体のどの部分だって金になる。雌であれば性処理道具に出来るしガキも産む。それに翼が生えていればガキも立派な商品だ。つくづく有難い家畜だねぇ」

『面白半分で人間の子を産まされた清御鳥もいると聞いたことがある』
 かつて烏京うきょうから言われた言葉が甦った。そうして産まれた子も商品としてしか見ていない人間の残虐さを少女は心から憎み、恐ろしいと感じた。

「だがな、やっぱり人間とは違うのさお前らは。混血は親よりも強く産まれるのが特徴だがよ。清御鳥の場合、まぁー……産まれにくいんだこれが。無駄に知能もあるせいで強制的に交尾させようとしても駄目でさぁ……骨が折れるのなんのって……」

 清御鳥を前にして決して言ってはいけない言葉を、さも何ともないかのような軽い口調で並び立てる。

「だから薬で馬鹿にして繁殖させたんだがよ。産まれた奴も皆、馬鹿になってるの。ろくなモンじゃねぇ、アイツら。奇形にしか産まれねぇでやんの」

 溜め息混じりに好き放題に喋る男はこれまで己のやってきた苦労を偉大な功績であるかのようにのたまった。やはり彼らは清御鳥を便利な獲物としか扱わず、自分達の肥やしの為に如何なる手段でも増やすことを試みているようだった。
 結果、捕えた清御鳥よりも薬のせいで奇形に産まれた清御鳥を殺す方が数が多く「実験」の費用やら餌代が水の泡となって消えていくのを歯痒く感じていたことを……よりにもよって清御鳥である少女に対して話し続けている。

「捕えるのは易いが増やすのは難しい。困るんだよなぁ、めんどくせぇ」

 勝手な人間の都合で生きている訳ではない。この身体も売られる為に備わっているのではない。ただ、平和に暮らしていたいだけ。
 そんな訴えも口枷ではままならず、一切抵抗も出来ない不自由な身体も相まって少女は恐怖しか感じられない。あの時、家の中で大人しくしていればこんなことにはならなかった。信じて烏京を待つべきだったと、今更ながらに酷く心を蝕んだ思いも、それもこれも後の祭り。

「なぁ、お嬢ちゃん。お前さん一羽だけかい? 他に仲間とかいねぇの? 特に身籠ってる清御鳥。それともアンタが孕んでるとか」

 少女はった声を洩らしてふるふると首を振るった。眉を悲痛に歪ませながら怯える清御鳥に、男も「あっそ」と言ったのみで、それ以上は追及してこなかった。

「まぁ、今もウチのを出して他の清御鳥も探させているからいずれ分かるだろうがよ。身籠っている母鳥が人間に見つかり易いあんな上空にいるわけないし」

 少女の反応を取り敢えずは信じた様子の男から、また衣擦れの音がした。その届く声量の変化から相手が立ち上がったのを感じる。コツコツと響く足音は扉の方に向かって遠ざかり、どうやらこれ以上の詰問は無いようだと、そうであってほしいと少女は願った。

「折角捕まえた清御鳥サマだ。そう乱暴にはしねぇって。ウチでなのはアンタだけだからな。大人しくしとけよ」

 重い音と共に再び地獄の扉が閉まっていく。薄れる人間の気配に冷や汗がどっと流れ出し、今まで無意識に詰めていた息を吐く。暗い視界に独り檻の中。自分の鼓動と荒い呼吸音しか聞こえない。
 話からして、あの男はどうやら少女を捕えた狩人団体の長であるらしい。淀みなく喋り続けたあの口は商人相手に金の交渉を繰り広げ、打ち負かせる為にあるのではなかろうか。たった数分だけ聞いていただけなのに、惨い話の内容も上乗せされて余計に精神が磨り減った。

 烏京はあまり喋らない。静寂を好んでいそうだが、話にはいつも最後まで耳を傾けてくれる。縛られることも無くなった。
 商品としての価値ではなく“少女”の美しさを褒めて服や髪飾りを選んだ。少女の為だと言って告鴉つげがらすの卵を持ち帰り、少女に翼を還した。
 衣を、返してくれた。母の形見を、自分の元へ。

 自分がいるべき場所はこんな所ではない。
 在るべき場所は温かい腕の中。

 ──私を還して。烏京さまのところに……。
 ──還して……還せ……! 
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