烏珠の闇 追想花

晩霞

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本編 ─羽ばたき─

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「薬の投与無しで清御鳥しんみちょうを手懐けているのですか……?」
「清御鳥に自分の子を産ませるつもりか」
「……同意済みだと……?」

 烏京うきょうはこの日、作成した膨大な数の書類の提出と、清御鳥保護の内容について環境保全を司る国の上層部の会議に招かれていた。
 矢継ぎ早に繰り出される質問も、もう何回目か分からない。烏京は深い溜息を呑み込んで一つ一つに応答する。

「俺が違法薬物を使用しているという証拠は見つからなかったでしょう。絶滅寸前の清御鳥はつがいどころか仲間すら出会い難い。より多くの血を遺すのは重要なことで、本人も同意しています」

 淀みなく淡々と吐き出される言葉に男達は口を閉ざした。目の前の狩人のことは徹底的に調べ上げたつもりだ。一部の狩人達が使用していた──人間の子供をも狂わせていた──薬物も原材料から排除、又は管理し、流通しないよう法律も制定した。提出された届け出も何の落ち度もなく、すぐに受理するべきだろうが……それでも疑惑はなかなか拭えない。清御鳥と普通に暮らし、子供を儲けることも考えている狩人は前代未聞なのだ。

「清御鳥との婚姻など……いや、だが半分は人間だ……」
「そうだとしても、人間と交われば清御鳥の血は薄くなってしまうのでは?」

 様々な意見が飛び交い、騒がしくなった空間で烏京は身動きもせずにその光景を眺めた。
 認めてもらおうなどとは思っていない。認めさせに来たのだ。

「血が混ざれば強い子が産まれる。これまでだって絶滅危惧種の保護に、それとよく似た種族と番わせていたでしょう。他の獣人では清御鳥を傷つけかねないのですから、本人の声を尊重して俺との子を産んでもらいます」

 その通り、番を見つけられないほど少なくなった動物の為に彼らと近い種を宛がうのは今までだって採られてきた方法だ。特に人間の目に触れないよう移動する清御鳥に同じ種を用意するのは至極困難であり、人の感情を持つ彼らに対して、例え同族でも愛していない相手や他の獣人と無理矢理番わせるのは酷というもの。それこそ“虐待”“強姦”になる。

「清御鳥最大の保護は人間と同等の立ち位置にすること。人間との共存なのではないですか」

 烏京の言葉に納得している声もあるが、訝しむ気持ちを捨てきれないでいる者も中にはいる。口には出さないが、その者達の思っていることはきっと烏京の予想通りだろう。

(二枚舌を疑うか)

 口だけならばどうとでも言える。そう疑うならば、揺るがない提案をこちらから仕掛けるまで。

「その清御鳥を連れてきましょう」

 どよっ……と幾人もの声が響き渡る。人間が天敵の清御鳥を大勢の前に連れ出すことなど果たして可能なのか……と。

「俺には慣れているので訓練すれば平気になるでしょう。その暁には本人に何でも聞いてみればいい」

 ニヤリと嗤う烏京の挑戦するような目つきには自信しか感じられない。どこからでもかかってこいと言っている狩人の表情に、会議の場は一瞬で鎮まり返った。この狩人は頼もしいと思う反面、悪代官のようにも見えてしまう。だから、どうしても拭えない。

「ま、待ってくれ! 君は、その清御鳥をどう思っている……?」

 狩人からの書類には自分達からの疑問の答えも記されている。捕えた場所と目的。普段どのような管理をして接してきたのか。その字面だけでは分からない、狩人の気持ちが知りたかった。

「愛玩人形でも家畜でもない」

 真っ直ぐに視線を向ける狩人に、これまた真剣に向き合う男達。互いに瞬きすらしない、緊迫した時が流れる。

「ただ、ずっと共に在るべき。護れるのは俺だけだ」

 ──ダァンッッ!!!

 突如として響く衝撃音に会議の場は凍りついた。ザワザワとどよめく人の奥で、一人の女性が苛立ちを顕に卓を打っていた。

「有り得ないっ!! そんなこと、信じられる訳ないでしょうッ!!」

 威嚇する虎か何かか。とてつもない剣幕で激を飛ばす女性は、離れた位置にいる烏京の首を絞めようとするかのように拳をぶるぶると握っている。

「狩人と清御鳥が心を通わせる……!? そんなもの迷信よっ! 貴方だって、性処理目的でその娘を捕まえたのでしょう! 売るつもりだったのでしょう!? ふざけないで……!!」

 こめかみに青筋を立てた女性は、烏京のこれまでの所業に対して激しい嫌悪と怒りを示し、息を荒げて叫ぶ。この場にいる誰よりも清御鳥について心を寄せているらしいこの女性に、烏京は興味を持った。

真砂まさご殿……落ち着いて……」
「今は私が話しています! 邪魔なさらないで!」

 男達の宥めにピシャリと言い離った女性――真砂は、再び烏京に向き直り、話し続ける。

「私は十五年前から清御鳥の乱獲に反対してきました。同じ心を持って生まれた、あの子達の叫びを聞かない人間。狩人は特に嫌いです」

 狩人である烏京に対し、ここまで離つ言葉の数々は矢のように空を切って届く。刺々しい物言いと憤怒を隠そうともしないこの女性は一体、何を見てきたのだろうか。

「烏京殿……この方は傷ついた清御鳥の治療と保護。そして、人間の血を半分持って生まれた子供達の世話をしている真砂殿だ」
「そうだったか」

 清御鳥保護の第一人者であり、人間の遊びで生まれてしまった半人の子供達の面倒を長年に渡り見てきた真砂は、自分が目にした惨状を烏京に訴えた。

「分からないでしょう。貴方には。怯えきって傷すらも診せたがらない、あの子達の悲しい声なんて。薬物で冷えていく身体なんて……人間の相手をさせられた清御鳥の……心に負った傷に、産まれた子供達のことなんて何一つ!!」

 その怒りは彼女だからこそ発せられるもの。何度訴えようとも彼女の怒りは届かなかった。経済の情勢が優先の国は、高値の清御鳥の声も、真砂の声もなかなか聞き入れはしなかった。ずっと、ずっと海底でもがいてきたような、燻る思いを必死に訴えてきた真砂の瞳は強く光っている。

「人の子を救ったからと言って何になるのです。その口からどんな言葉を吐いたとしても、貴方は信用出来ません」

 声高に、真砂は宣言する。

「貴方は“悪”。その清御鳥の娘は私が保護します。貴方には任せられない。清御鳥最高保護責任者の権限を以て、その娘を救います」
「真砂殿、それは……!!」
「いいだろう」

 彼女を止めようと身を乗り出した男達は烏京の返答にピタリと動かなくなり、合わせて視線を向けた。
 真砂からの提案──否、無理難題な命令を何の抵抗もなく受け入れた形の狩人は、堂々と前を見つめている。

「だが、人間を見定めるのもまた必要」

 この狩人は急に何を言い出すのか。
 真砂の表情は一気に曇る。

「保護されている清御鳥を俺に見せてもらいたい」

 一度、要件を呑んだはずの狩人から思わぬことを言われた真砂は表情を再び険悪なものに変え、冷たい視線を投げて寄越した。

「何を、言っているのでしょうか……この私が許すとでも?」
「言われたからだ。傷ついた清御鳥も子供のことも何一つ分からないだろう、と。俺は知らなくてはならない。甘い部分だけを見ていたい訳ではない」

 真っ直ぐな瞳が交差し、想いがぶつかり合う。真砂が清御鳥を想うのと同時に、烏京もまた少女を想っている。 

「危険な狩人を清御鳥に会わせる訳ないでしょう! 拒否します! 貴方なんて、貴方なんて……!」
「なら、俺に枷を付けてもいい。喉に武器を突き付けられても構わない。その現実を、俺に見せてほしい」

 椅子から静かに立ち上がり、真砂の元へと歩を進める烏京を誰しもが固唾を呑んで見守っていた。
 真砂の前に立った烏京は真っ直ぐ彼女を見下ろし、真剣な面持ちで口を開く。

「アンタが俺をどう見て、どう思おうがそれは真実なのだろうな。ただ、清御鳥は……小毬こまりは譲れない。だから、想う資格が欲しい」

 真砂の見る烏京の一欠片の姿は間違いではないと肯定しつつ、もっと芯まで見定めよと言う。
 切に乞う狩人は可憐な少女の顔を脳裏に描き、清御鳥の境遇に思いを馳せた。少女と生きるということ。少女を知るには、清御鳥の心に向き合わなければならない。真砂と向き合わなければならない。

「会わせてほしい。何をされてもいい。知る権利を与えてほしい」

 信じられないと……そんな気持ちで真砂は見る。目の前の狩人からは狩人らしからぬ言葉が届いてくる。これまで見てきた下等な狩人共とは明らかに違う雰囲気を纏っていると……。

「どうか、宜しく頼む」

 少女を自らの手で護る為。少女が生む自分の未来の子供の為。烏京は深く……深く頭を下げたのだった。
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