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本編
仕事終わりのおいしいごはん
何と言っても、リオルディスという青年は圧倒的に顔がいい。
完璧な美貌と、均整のとれた体。
シェナッソ家は伯爵位で、彼はそこの三男。さらに騎士団副団長という肩書きまでついてくれば、モテないはずがなかった。
二十七歳にして未だ独身ということもあり、王宮で働く女性達にとって最上級の結婚相手と言ってもいい。
今日は馬術訓練をしていた、後輩を厳しく指導していた、書類の決裁のためほとんど姿が見られなかったなど、噂が自然と耳に入ってくるほどだ。
そんな注目の的であるリオルディスと、なぜ知り合いなのか。
その理由はレムンドにある。
ナナセを王宮で働かせるにあたり彼が懸念したのは、その身の安全だった。
ディンメル王国やこの世界の常識は最低限学んだとはいえ、特異性のある出自に気付く者が出てくるかもしれない。
未知の知識を欲し、強硬手段に出る者がいるかもしれない。かといって、レムンドがずっと見張っていることは不可能だ。
そう考えた時、ナナセに必要なのは絶対的な保護者だった。
精神的にも肉体的にも優れ、権力に屈することのない存在。ナナセの出自を決して他言しないと信頼できる人間性。
さらに欲を言えば、その人物が目をかけていると周知させるだけで抑止力となるほど影響力があると望ましい。
人事長官であるレムンドは、とにかく顔が広かった。
そんな彼であっても、あらゆるつての中で条件全てに該当する存在は、リオルディスだけだったという。
そういった事情で引き合わされて以来、彼はナナセを気にかけてくれていた。
異世界人であることも知っているので、レムンド同様安心して側にいられる。
「三日ぶりくらいですね。そういうリオルディス様こそ、お仕事は?」
「効率を重視すれば定時に帰れるというのは、君からしっかり学んでいるからね。もちろん全て終わらせてきたよ。今日は久しぶりに、ゆっくり食事でもと思って」
何でもないことのように笑っているが、責任ある立場なのだから下働きのナナセと比べれば仕事量も多いだろう。
レムンドに頼まれているからだろうが、ここまで優しくされるとかえって申し訳なくなってしまう。
ましてや、これほど素敵な男性と二人きりで食事なんて、それこそエレミアが言っていた通り抜け駆けのようだ。
「いつもお誘いいただけるのは本当に嬉しいんですけど、せっかくお仕事が早く終わったのなら、羽を伸ばせばいいと思いますよ」
こちらの世界にも歓楽街はある。
友人同士でお酒を飲んだり、綺麗な女性の待つお店に行ったり。
レムンドの言いつけを律儀に守る必要はないと暗に匂わせたのだが、彼は楽しそうに肩をすくめた。
「これでも十分羽を伸ばしているつもりだよ? 君との会話は楽しいし、仕事に役立つこともあるし」
「だからそれが不自由なんですって」
仕事に真摯なところもひたすら好感だが、オンオフの使い分けは大事だ。
二人で食事をするとつい仕事の話をしてしまうナナセに言えたことではないのだが。
「この間行った、海鮮ピザのある酒場に行こうと思ってるんだけど」
「ぜひお供させてください」
あっさり心変わりしてみせると、彼はおかしそうに噴き出した。
海に面していないディンメル王国において、海産物を食べられる機会は貴重だ。どんなに笑われようとナナセに後悔はない。
城下にある酒場の、忙しない雰囲気も好きだ。静かな店で複雑な味のする高級料理を食べるより、自分に向いていると思う。
「リオルディス様、いつまでも笑ってないで早く行きますよ」
「君のその変わり身の早さ、好きだよ」
「全ての人間が本音を剥き出しにして生きていれば、私みたいなのしかいなくなって、社会制度は崩壊しますよ。建前は大事です」
「そういうことじゃないんだけどな……」
早足で歩き出すナナセに、リオルディスは苦笑しつつもついてきた。
夜のとばりに包まれた街には、ポツポツと飲食店の明かりが灯っている。
暖色の穏やかな光に誘われるように、どこの酒場も今日は満員御礼だ。
賑わう店に入ると、リオルディスとナナセは白ワインや料理を注文した。
あまり待つことなく、白ワインのボトルと一緒に籠入りのバケットとチーズが運ばれてくる。酒を頼むと必ずサービスで付いてくるのがこちらでの常識だった。
ディンメル王国は、パンが主食なだけありおいしい。
ついでにワインとバターとチーズも、どこで食べても外れがないくらいおいしかった。
日本にいる時は未成年だったため居酒屋に入った経験はほぼないが、ナナセが思い描くお通しより格段に豪華でボリュームがある。
「それじゃあ、乾杯」
「乾杯、今日も一日お疲れさまです」
こちらの世界では未成年の飲酒禁止といった決まりごとはなかったけれど、ナナセは何となく二十歳を迎えてからお酒を飲んだ。
嗜むようになって二年。
赤ワインのおいしさを理解するにはまだかかりそうだが、白ワインのキリッとした味わいは好きだ。
臙下すると、瑞々しく芳醇な果実の香りが鼻から抜けていく。
ディンメル王国の人々のように昼食にワインを嗜んだりはしないが、仕事が終わった夜ならば、時折こうして飲むのも楽しい。
早めにおかわりを注がれながら、ナナセは微笑んで礼を口にする。
その内に料理が運ばれてきた。
薄焼きのピザに、アサリがたっぷり入ったパスタ、アスパラとベーコンのソテー。
カプレーゼはモッツァレラチーズとトマトだけでなく生ハムも贅沢に使われていて、前回食べた時ナナセのお気に入りとなった。
「こっちの世界に来てまずホッとしたのは、ごはんがおいしかったことですよ。主食は残念ながら違うけど、これだけパンとバターがおいしければ悲しくならないし」
恋しくはなっても、おいしいものを食べられるのだからずっといい。
焼きたてのピザを思いきり頬張れば、新鮮な海老とイカ、濃厚なチーズとトマトソースの酸味が口一杯に広がる。
特にチーズのおいしさは段違いだった。旨みが強くクリーミーでありながら、全くくどさのない後味。
――おいしい。たぶん本場イタリアレベル。行ったことないけど。
「ナナセの口に合うならよかった。ホラ、このカプレーゼをパンにのせてもおいしいよ」
「うわ、そんな最高の食べ方。リオルディス様はマナー的にまずいんじゃないですか?」
「家でやらなきゃいいんだよ」
「うわー」
お酒が入ったためか、段々と気安い口調になってくる。
こうしてほろ酔いになって、難しい立場など考えずに笑い合えるのが、酒場のいいところだ。話もどんどん弾んでいく。
「そういえば、今日もあなたの部下に珍しがられましたよ。二十歳を過ぎて王宮で働き続けるって、そんなにおかしなことですか」
「まぁ、二十歳を過ぎたら大半の女性は結婚しているものだし、結婚したら女性は男の家に入るもの、というのもこの国では当たり前だからね。城下には夫の家業を手伝っている女性は多いだろうけれど、外に働きに出ている既婚女性となるとかなり少ないと思うよ」
「そういうのも、王宮が変われば変わっていくと思うんですけどね」
社会で活躍している女性がもっと増えれば、考え方は変わっていく。
それはレムンドとも話したことだが、実現は遠そうだ。
「ところで、君に今回声をかけたのは誰?」
「ゼファルって男の子です。赤い髪の」
「ああ。三年前に第三部隊に入った時、かなり強いって評判になっていた子か。……今度の合同演習が楽しみだな」
なぜかリオルディスの笑みに不穏なものを感じたので、ナナセは早々に話を変える。
「リオルディス様、春宮の回廊に生首の絵画が飾られているのはご存知ですか?」
仕事に関する話題だと察したリオルディスは、すぐに真面目な顔になった。
「知っているよ。確か十年くらい前に、生首を捧げもつ美女をモチーフにした絵画が流行って、今では定番になりつつあるんだ。普通は定期的に交換するものだけれど、陛下がいたく気に入られたものだから今もそのまま飾ってあるんだよ」
「それは、他国でも同じように流行ったんでしょうか? そうでなければ、隣国の幼い王子殿下をいたずらに怯えさせてしまうのではないかと思って」
来月の下旬、この国の王子王女らと交流を深めるという名目で、隣国の第三王子が王宮に滞在する。
聞くところによるとまだ十歳らしいので、見慣れている王子王女らと違って衝撃を受けるのではないだろうか。
「あぁ、言われてみればそうだよね。俺から団長に進言しておくよ」
当たり前に見ていたから考えが及ばなかったようで、彼はしきりに頷いている。そうして、ふと相好を崩した。
「ナナセ。君は、本当に有能だね」
「そうですか? これといった特殊技能はないですし、向こうでは働いたことすらなかったですけど」
「物事を俯瞰で見ることもできるし、誰かの気持ちに当たり前に寄り添うこともできる。それは、とても稀有なことだよ」
ただ毎日王宮の美化に努めているだけなのに、リオルディスはいつも褒めてくれる。
女性らしさや可愛らしさを求めるのではなく、対等な職業人として扱ってくれる。
それこそ稀有なことであるのに、彼は全く頓着していないようだ。
――こんな素敵な人を好きになっても、絶対いいことないんだけどな。身分も違うし、相手にされるはずもないし。
ナナセは頬の熱を、アルコールと酒場の熱気のせいにする。
「君ならいずれ、王女殿下の侍女にも抜擢されるんじゃないかな」
リオルディスが続けた言葉に、甘ったるい気分が霧散していく。
ナナセはゆっくりワイングラスを置いた。
「……ただし独身のまま働き続ければ、の注釈が入りますよね、それ。確か今の侍女長も独身を貫いて王女殿下にお仕えしてるんですよね。別に私自身、結婚が全てだなんて思ってないですよ? ただ、王宮の仕組み自体が選択の自由を奪ってる点がおかしいってことです。結婚かキャリアかを天秤にかけなきゃいけない理由が分からない」
結婚しても侍女として働きたい。
ナナセからすれば当然の権利という感覚なのに、なぜ叶わないのか。
日頃の鬱憤をぶちまけても、リオルディスはどこか嬉しそうに笑うばかりだった。
「はじまったね。酔っぱらいナナセによる男女の労働平等化演説」
「何でそこで嬉しそうにするんですか。全然真面目に聞いてませんよね。よし、今日は朝までコースだ」
「ハハハ、調子が出てきたね。やっぱりナナセは酔うと面白いなぁ」
そして今日も賑やかに夜は更けていった。
完璧な美貌と、均整のとれた体。
シェナッソ家は伯爵位で、彼はそこの三男。さらに騎士団副団長という肩書きまでついてくれば、モテないはずがなかった。
二十七歳にして未だ独身ということもあり、王宮で働く女性達にとって最上級の結婚相手と言ってもいい。
今日は馬術訓練をしていた、後輩を厳しく指導していた、書類の決裁のためほとんど姿が見られなかったなど、噂が自然と耳に入ってくるほどだ。
そんな注目の的であるリオルディスと、なぜ知り合いなのか。
その理由はレムンドにある。
ナナセを王宮で働かせるにあたり彼が懸念したのは、その身の安全だった。
ディンメル王国やこの世界の常識は最低限学んだとはいえ、特異性のある出自に気付く者が出てくるかもしれない。
未知の知識を欲し、強硬手段に出る者がいるかもしれない。かといって、レムンドがずっと見張っていることは不可能だ。
そう考えた時、ナナセに必要なのは絶対的な保護者だった。
精神的にも肉体的にも優れ、権力に屈することのない存在。ナナセの出自を決して他言しないと信頼できる人間性。
さらに欲を言えば、その人物が目をかけていると周知させるだけで抑止力となるほど影響力があると望ましい。
人事長官であるレムンドは、とにかく顔が広かった。
そんな彼であっても、あらゆるつての中で条件全てに該当する存在は、リオルディスだけだったという。
そういった事情で引き合わされて以来、彼はナナセを気にかけてくれていた。
異世界人であることも知っているので、レムンド同様安心して側にいられる。
「三日ぶりくらいですね。そういうリオルディス様こそ、お仕事は?」
「効率を重視すれば定時に帰れるというのは、君からしっかり学んでいるからね。もちろん全て終わらせてきたよ。今日は久しぶりに、ゆっくり食事でもと思って」
何でもないことのように笑っているが、責任ある立場なのだから下働きのナナセと比べれば仕事量も多いだろう。
レムンドに頼まれているからだろうが、ここまで優しくされるとかえって申し訳なくなってしまう。
ましてや、これほど素敵な男性と二人きりで食事なんて、それこそエレミアが言っていた通り抜け駆けのようだ。
「いつもお誘いいただけるのは本当に嬉しいんですけど、せっかくお仕事が早く終わったのなら、羽を伸ばせばいいと思いますよ」
こちらの世界にも歓楽街はある。
友人同士でお酒を飲んだり、綺麗な女性の待つお店に行ったり。
レムンドの言いつけを律儀に守る必要はないと暗に匂わせたのだが、彼は楽しそうに肩をすくめた。
「これでも十分羽を伸ばしているつもりだよ? 君との会話は楽しいし、仕事に役立つこともあるし」
「だからそれが不自由なんですって」
仕事に真摯なところもひたすら好感だが、オンオフの使い分けは大事だ。
二人で食事をするとつい仕事の話をしてしまうナナセに言えたことではないのだが。
「この間行った、海鮮ピザのある酒場に行こうと思ってるんだけど」
「ぜひお供させてください」
あっさり心変わりしてみせると、彼はおかしそうに噴き出した。
海に面していないディンメル王国において、海産物を食べられる機会は貴重だ。どんなに笑われようとナナセに後悔はない。
城下にある酒場の、忙しない雰囲気も好きだ。静かな店で複雑な味のする高級料理を食べるより、自分に向いていると思う。
「リオルディス様、いつまでも笑ってないで早く行きますよ」
「君のその変わり身の早さ、好きだよ」
「全ての人間が本音を剥き出しにして生きていれば、私みたいなのしかいなくなって、社会制度は崩壊しますよ。建前は大事です」
「そういうことじゃないんだけどな……」
早足で歩き出すナナセに、リオルディスは苦笑しつつもついてきた。
夜のとばりに包まれた街には、ポツポツと飲食店の明かりが灯っている。
暖色の穏やかな光に誘われるように、どこの酒場も今日は満員御礼だ。
賑わう店に入ると、リオルディスとナナセは白ワインや料理を注文した。
あまり待つことなく、白ワインのボトルと一緒に籠入りのバケットとチーズが運ばれてくる。酒を頼むと必ずサービスで付いてくるのがこちらでの常識だった。
ディンメル王国は、パンが主食なだけありおいしい。
ついでにワインとバターとチーズも、どこで食べても外れがないくらいおいしかった。
日本にいる時は未成年だったため居酒屋に入った経験はほぼないが、ナナセが思い描くお通しより格段に豪華でボリュームがある。
「それじゃあ、乾杯」
「乾杯、今日も一日お疲れさまです」
こちらの世界では未成年の飲酒禁止といった決まりごとはなかったけれど、ナナセは何となく二十歳を迎えてからお酒を飲んだ。
嗜むようになって二年。
赤ワインのおいしさを理解するにはまだかかりそうだが、白ワインのキリッとした味わいは好きだ。
臙下すると、瑞々しく芳醇な果実の香りが鼻から抜けていく。
ディンメル王国の人々のように昼食にワインを嗜んだりはしないが、仕事が終わった夜ならば、時折こうして飲むのも楽しい。
早めにおかわりを注がれながら、ナナセは微笑んで礼を口にする。
その内に料理が運ばれてきた。
薄焼きのピザに、アサリがたっぷり入ったパスタ、アスパラとベーコンのソテー。
カプレーゼはモッツァレラチーズとトマトだけでなく生ハムも贅沢に使われていて、前回食べた時ナナセのお気に入りとなった。
「こっちの世界に来てまずホッとしたのは、ごはんがおいしかったことですよ。主食は残念ながら違うけど、これだけパンとバターがおいしければ悲しくならないし」
恋しくはなっても、おいしいものを食べられるのだからずっといい。
焼きたてのピザを思いきり頬張れば、新鮮な海老とイカ、濃厚なチーズとトマトソースの酸味が口一杯に広がる。
特にチーズのおいしさは段違いだった。旨みが強くクリーミーでありながら、全くくどさのない後味。
――おいしい。たぶん本場イタリアレベル。行ったことないけど。
「ナナセの口に合うならよかった。ホラ、このカプレーゼをパンにのせてもおいしいよ」
「うわ、そんな最高の食べ方。リオルディス様はマナー的にまずいんじゃないですか?」
「家でやらなきゃいいんだよ」
「うわー」
お酒が入ったためか、段々と気安い口調になってくる。
こうしてほろ酔いになって、難しい立場など考えずに笑い合えるのが、酒場のいいところだ。話もどんどん弾んでいく。
「そういえば、今日もあなたの部下に珍しがられましたよ。二十歳を過ぎて王宮で働き続けるって、そんなにおかしなことですか」
「まぁ、二十歳を過ぎたら大半の女性は結婚しているものだし、結婚したら女性は男の家に入るもの、というのもこの国では当たり前だからね。城下には夫の家業を手伝っている女性は多いだろうけれど、外に働きに出ている既婚女性となるとかなり少ないと思うよ」
「そういうのも、王宮が変われば変わっていくと思うんですけどね」
社会で活躍している女性がもっと増えれば、考え方は変わっていく。
それはレムンドとも話したことだが、実現は遠そうだ。
「ところで、君に今回声をかけたのは誰?」
「ゼファルって男の子です。赤い髪の」
「ああ。三年前に第三部隊に入った時、かなり強いって評判になっていた子か。……今度の合同演習が楽しみだな」
なぜかリオルディスの笑みに不穏なものを感じたので、ナナセは早々に話を変える。
「リオルディス様、春宮の回廊に生首の絵画が飾られているのはご存知ですか?」
仕事に関する話題だと察したリオルディスは、すぐに真面目な顔になった。
「知っているよ。確か十年くらい前に、生首を捧げもつ美女をモチーフにした絵画が流行って、今では定番になりつつあるんだ。普通は定期的に交換するものだけれど、陛下がいたく気に入られたものだから今もそのまま飾ってあるんだよ」
「それは、他国でも同じように流行ったんでしょうか? そうでなければ、隣国の幼い王子殿下をいたずらに怯えさせてしまうのではないかと思って」
来月の下旬、この国の王子王女らと交流を深めるという名目で、隣国の第三王子が王宮に滞在する。
聞くところによるとまだ十歳らしいので、見慣れている王子王女らと違って衝撃を受けるのではないだろうか。
「あぁ、言われてみればそうだよね。俺から団長に進言しておくよ」
当たり前に見ていたから考えが及ばなかったようで、彼はしきりに頷いている。そうして、ふと相好を崩した。
「ナナセ。君は、本当に有能だね」
「そうですか? これといった特殊技能はないですし、向こうでは働いたことすらなかったですけど」
「物事を俯瞰で見ることもできるし、誰かの気持ちに当たり前に寄り添うこともできる。それは、とても稀有なことだよ」
ただ毎日王宮の美化に努めているだけなのに、リオルディスはいつも褒めてくれる。
女性らしさや可愛らしさを求めるのではなく、対等な職業人として扱ってくれる。
それこそ稀有なことであるのに、彼は全く頓着していないようだ。
――こんな素敵な人を好きになっても、絶対いいことないんだけどな。身分も違うし、相手にされるはずもないし。
ナナセは頬の熱を、アルコールと酒場の熱気のせいにする。
「君ならいずれ、王女殿下の侍女にも抜擢されるんじゃないかな」
リオルディスが続けた言葉に、甘ったるい気分が霧散していく。
ナナセはゆっくりワイングラスを置いた。
「……ただし独身のまま働き続ければ、の注釈が入りますよね、それ。確か今の侍女長も独身を貫いて王女殿下にお仕えしてるんですよね。別に私自身、結婚が全てだなんて思ってないですよ? ただ、王宮の仕組み自体が選択の自由を奪ってる点がおかしいってことです。結婚かキャリアかを天秤にかけなきゃいけない理由が分からない」
結婚しても侍女として働きたい。
ナナセからすれば当然の権利という感覚なのに、なぜ叶わないのか。
日頃の鬱憤をぶちまけても、リオルディスはどこか嬉しそうに笑うばかりだった。
「はじまったね。酔っぱらいナナセによる男女の労働平等化演説」
「何でそこで嬉しそうにするんですか。全然真面目に聞いてませんよね。よし、今日は朝までコースだ」
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