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本編
夜半の取引
「大丈夫か、ナナセ」
ベルトラートに声をかけられ、ナナセはようやく恐怖から立ち直った。
異世界転移をしてから、これほど頻繁に死を実感したのは初めてのことだ。
ナナセは自分が思っている以上に恵まれていたのだろう。
「お気遣いくださりありがとうございます。大丈夫です、殿下」
何とか感謝を絞り出すと、心配そうに顔を曇らせるリリスターシェ達にも微笑む。
「リリスターシェ王女殿下も、ヴァンルートス王子殿下も、庇ってくださりありがとうございました」
「いいのよ、ナナセ。あなたが無事で本当によかった」
「必ず王宮に帰りましょうね」
「――そのためにも、我々は一刻も早く動かねばならん」
緊張感をはらんだ一声に、ナナセは表情を引き締めた。ろうそくの明かりに浮かび上がる、ベルトラートの真剣な顔を見つめる。
「あの文官は、様々な情報をこぼしてくれた。おかげで、どこに向かっているのか大体検討がつく」
腕を組みながら推論を披露する兄に、リリスターシェは首肯を返す。
「えぇ。ディシェンド王国との国境を越える前に、何とか逃げ出さねばなりませんわ」
「そうだね。正式な手続きを踏めば我が国の協力を仰げるけれど、白蝶貝城内で誘拐事件があったことが露見する。ディンメル王国の不手際として国際的に糾弾される事態は、僕も避けたいところだ」
ヴァンルートスの的確な状況分析に、ナナセは目を見開いた。
ナナセ程度の知識で気付いたのだから、ディセント王国との国境を越えようとしていると彼らが推測できるのも当然だ。だが、政治的な部分にまで考えが及んでいるとは。
大人でも舌を巻くほど鋭い洞察力と、広い視野。彼らの視点は既に、国を背負って立つ者のそれだ。
しかも全員揃って、目の前に出されたパンを食べる気がないらしい。空腹は感じているだろうに未練がましい様子さえ見せない。
空腹で判断力が鈍ったナナセからすれば拷問にも等しいが、毒物が含まれている可能性を考えれば文句は言えない。
「あの、殿下」
ナナセはおずおず挙手すると、発言の許可を求める。
「お言葉ですが、二ヶ所ある検問のどちらを通るかは予想できないですし、まだ連絡手段の問題も残っていると思うのですが」
ベルトラートは、会心の笑みを浮かべた。
「よくその点に気付いたな。……と、言いたいところだが。幸い、奴等に気付かれず居場所を伝達する手段は見付かっている」
「えっ」
彼がおもむろに取り出したのは、先ほど食べたクッキーだった。
目を丸くさせたまま見ていれば、小さく砕いたそれを窓辺に置いていく。
「一体何を……」
「シッ」
咎められ、ナナセは慌てて口を塞いだ。
そうしてしばらく待っていると、耳がかすかな羽ばたきを拾った。
窓辺に現れたのは、灰色にまだらの模様が入った鳥。先ほどと同じ鳥だろうか。
ベルトラートが振り返る。
「ナナセ。髪を結んでいたリボン、まだしっかり持っているな?」
ナナセは急いで頷いた。
蛇の目の男に頭を掴まれた際なくしかけたが、咄嗟に拾っておいたのだ。
取り出すと、彼は満足げに笑う。
「この鳥は、城で飼育されている伝書鳥だ。脚に文書を巻き付ければ運んでくれる」
「伝書鳥……」
つまり、伝書鳩のようなものだろうか。
言われてみれば人にとても慣れている。
「城に戻るよう教育を施されているが、上手くいけばリオルディス副団長の下に向かうかもしれない。ナナセは、彼にもお裾分けをしているだろう?」
「! あぁ……」
リリスターシェと作ったクッキーは、確かにリオルディスにも渡している。
こうして匂いや味を覚えさせることで、捜索に出ているであろうリオルディスを目指して飛んでいく。大幅な時間短縮になると、ベルトラートはそう言っているのだ。
リオルディスならば、リボンがナナセのものだとすぐに気付くだろう。
「というわけだ、ナナセ。あの文官に見つかってしまう前に、情報をリボンに書き出してくれ。簡潔かつ具体的であるほどいい。敵の数、向かうであろう二ヶ所の検問……」
「ちょっ、ちょっと待ってください、道具もないのにどうやって……」
「自らの血を使えばいいだろう」
「血!? 血って……!」
「ほら、早くしないと貴重なクッキーが食べきられてしまうぞ」
「そんな……!」
為政者とはこうも冷たいものなのか。
血も涙もないとはまさにこのこと。
そう思えば、まともに血が流れているのはナナセだけということになってしまうので、適材適所と言えるのかもしれない。
なんてことを考えている時点で相当頭は混乱している。
――文字を書くために指を切るとかっ……、漫画じゃあるまいしっ……!!
ナナセは泣きそうになりながら、必死になって文字を綴るのだった。
夜半すぎ。
既にろうそくの火は消され、辺りを照らすのは小窓から差し込む月明かりばかり。
王子王女殿下は、粗末な布をかけすやすやと眠っている。そうしていると、彼らもまだあどけない子どもだ。
確かにベルトラート達は聡明だった。
ナナセとは比べるべくもなく、遥かにたくさんの事柄が見えているのだろう。
それでも年長者なのだ、彼らより知っていると断言できることがあった。
子ども達を起こさないよう、ナナセは静かに起き上がる。
じっと窓辺に立っていると、真っ暗闇の中で何かがうごめいた気がした。
ゆっくりと、近付いてくる影。
ナナセは微動だにせずそれを待ち構える。
少し欠けた月明かりの下に姿を現したのは――予想通り、文官の青年だった。
しばらくは、ただ静かに互いを見合う。
口火を切ったのは青年だった。
「……明日の昼頃には国境越えです。さっさと休んだ方がいい」
明日の昼に国境越え。
ということは、距離的にはかなり近い。
つまり誘拐犯が通ろうとしている検問は、王宮からより近い方のクライアラインということになる。
二ヶ所の内、どちらの検問を通るか分かったのは大きな収穫だ。けれどヴァンルートスの発言を思い返せば、国境越えが早いというのはあまりいい状況とは言えないだろう。
ナナセはゆるゆる息を吐き出すと、再び強い眼差しで青年を見据えた。
「……勘違いでなければ、あなたは意図的に情報をこぼしておりますね」
ベルトラートは、彼が軽率に漏洩したと解釈しているようだった。
けれど、ナナセは知っている。
彼の普段の仕事ぶりを。そして、どれほどエクトーレを慕っていたかを。
名前は知らない。それでも遠い上位の立場からでなく、とても身近で彼という人間を見てきたのだ。
あの伝書鳥も、おそらく青年が連れてきたのではないだろうか。そうでなければ都合がよすぎる。
今にして思えば、情報を引き出そうとするナナセを脅迫したのも、蛇の目の男がいたからこその牽制だった。彼が止めていなければ、今頃どうなっていたか分からない。
青年は、問いかけに答えない。
凪いだ表情からはどんな感情も読み取れず、ナナセは質問を変えた。
「……あなたは、なぜ犯人に協力を?」
犯人達の目的に共感しているようには、どうしても思えない。何かしらの理由を探してしまうのは、ナナセのうがち過ぎだろうか。
彼は初めて、眼差しを僅かに揺らした。
「……故郷の妹を、人質にとられています」
ナナセは息を呑んだ。
そんな手段に出られるということは、ある程度組織だった犯行なのかもしれない。
青年の誠実さを知っているだけに、やるせなかった。悪事に加担せざるを得なかったとはいえ、彼のしたことは決して許されない。
彼自身、重々理解しているのだろう。諦めきった暗い瞳をしていた。
「どのような理由であれ、私があの方を裏切った事実は覆らない。ですが私は、エクトーレ様の許で働けたことを、今でも誇りに思っていますよ」
「……あなたが望むのなら、後日エクトーレ様に直接お伝えしましょう」
「助かると決まったわけでもないのに」
自嘲ぎみに笑う青年に、ナナセは小窓の格子からあるものを差し出した。
「これは、私のリボンです。伝書鳥に情報を持たせましたが、半分は取っておきました」
彼は訝しげに口を開く。
「……これを、私にどうしろと?」
「我々は必ず、かすり傷一つ負わずに生還いたします。そのために知り得た情報は全て手がかりとして残していく。ーー手助けを、してくださいますね」
訊ねるのではなく、あえて断言する。
これは一種の賭けだ。
誘拐に否定的だからといって、青年が危険な橋を渡るとは限らない。手がかりの記されたリボンが見つかれば、犯人らに不審に思われるのだから。
首筋にじわりと冷や汗がにじむ。
青年は突き放すように、冷たく酷薄な笑みを浮かべた。
「……私を信用しているのだとしたら、あなたは愚かとしか言いようがない」
「かつて同じ職場で笑い合ったから。なんて甘いことは、さすがに言いませんよ」
不安を押し込めると、ナナセは強気に笑ってみせた。
「私が信じているのは、あなたのエクトーレ様に対する尊敬の気持ちですから」
意表を突かれて黙り込む青年を尻目に、ナナセは人差し指を歯で抉る。
指先がチリリと痛み、塞がりかけていた傷口からたちまち血がにじみ出す。
月明かりを利用し、暗号代わりの文字を記した。クライアラインを通過すること、エクトーレの部下の妹を保護してほしいこと。
暗がりで書いたせいで不格好な文字になってしまったが、この際目を瞑ろう。
「手がかりは一つでも多い方がいいですから、私は精一杯足掻きますよ。あなたも、格好よく諦める前にそうすればよかった」
「エクトーレ様に泣いてすがれと? そんなこと、できるはずがない」
「体面にこだわっている場合ですか」
全てを書き終えたナナセは、まだらに赤く染まったリボンを再び差し出した。
「受け取って、くださいますね」
噛んで含めるように念を押す。
青年は躊躇い、何度も喉を鳴らした。
急かすことなく待ち続けること数分。
……彼は、震える手で、リボンを受け取った。
ベルトラートに声をかけられ、ナナセはようやく恐怖から立ち直った。
異世界転移をしてから、これほど頻繁に死を実感したのは初めてのことだ。
ナナセは自分が思っている以上に恵まれていたのだろう。
「お気遣いくださりありがとうございます。大丈夫です、殿下」
何とか感謝を絞り出すと、心配そうに顔を曇らせるリリスターシェ達にも微笑む。
「リリスターシェ王女殿下も、ヴァンルートス王子殿下も、庇ってくださりありがとうございました」
「いいのよ、ナナセ。あなたが無事で本当によかった」
「必ず王宮に帰りましょうね」
「――そのためにも、我々は一刻も早く動かねばならん」
緊張感をはらんだ一声に、ナナセは表情を引き締めた。ろうそくの明かりに浮かび上がる、ベルトラートの真剣な顔を見つめる。
「あの文官は、様々な情報をこぼしてくれた。おかげで、どこに向かっているのか大体検討がつく」
腕を組みながら推論を披露する兄に、リリスターシェは首肯を返す。
「えぇ。ディシェンド王国との国境を越える前に、何とか逃げ出さねばなりませんわ」
「そうだね。正式な手続きを踏めば我が国の協力を仰げるけれど、白蝶貝城内で誘拐事件があったことが露見する。ディンメル王国の不手際として国際的に糾弾される事態は、僕も避けたいところだ」
ヴァンルートスの的確な状況分析に、ナナセは目を見開いた。
ナナセ程度の知識で気付いたのだから、ディセント王国との国境を越えようとしていると彼らが推測できるのも当然だ。だが、政治的な部分にまで考えが及んでいるとは。
大人でも舌を巻くほど鋭い洞察力と、広い視野。彼らの視点は既に、国を背負って立つ者のそれだ。
しかも全員揃って、目の前に出されたパンを食べる気がないらしい。空腹は感じているだろうに未練がましい様子さえ見せない。
空腹で判断力が鈍ったナナセからすれば拷問にも等しいが、毒物が含まれている可能性を考えれば文句は言えない。
「あの、殿下」
ナナセはおずおず挙手すると、発言の許可を求める。
「お言葉ですが、二ヶ所ある検問のどちらを通るかは予想できないですし、まだ連絡手段の問題も残っていると思うのですが」
ベルトラートは、会心の笑みを浮かべた。
「よくその点に気付いたな。……と、言いたいところだが。幸い、奴等に気付かれず居場所を伝達する手段は見付かっている」
「えっ」
彼がおもむろに取り出したのは、先ほど食べたクッキーだった。
目を丸くさせたまま見ていれば、小さく砕いたそれを窓辺に置いていく。
「一体何を……」
「シッ」
咎められ、ナナセは慌てて口を塞いだ。
そうしてしばらく待っていると、耳がかすかな羽ばたきを拾った。
窓辺に現れたのは、灰色にまだらの模様が入った鳥。先ほどと同じ鳥だろうか。
ベルトラートが振り返る。
「ナナセ。髪を結んでいたリボン、まだしっかり持っているな?」
ナナセは急いで頷いた。
蛇の目の男に頭を掴まれた際なくしかけたが、咄嗟に拾っておいたのだ。
取り出すと、彼は満足げに笑う。
「この鳥は、城で飼育されている伝書鳥だ。脚に文書を巻き付ければ運んでくれる」
「伝書鳥……」
つまり、伝書鳩のようなものだろうか。
言われてみれば人にとても慣れている。
「城に戻るよう教育を施されているが、上手くいけばリオルディス副団長の下に向かうかもしれない。ナナセは、彼にもお裾分けをしているだろう?」
「! あぁ……」
リリスターシェと作ったクッキーは、確かにリオルディスにも渡している。
こうして匂いや味を覚えさせることで、捜索に出ているであろうリオルディスを目指して飛んでいく。大幅な時間短縮になると、ベルトラートはそう言っているのだ。
リオルディスならば、リボンがナナセのものだとすぐに気付くだろう。
「というわけだ、ナナセ。あの文官に見つかってしまう前に、情報をリボンに書き出してくれ。簡潔かつ具体的であるほどいい。敵の数、向かうであろう二ヶ所の検問……」
「ちょっ、ちょっと待ってください、道具もないのにどうやって……」
「自らの血を使えばいいだろう」
「血!? 血って……!」
「ほら、早くしないと貴重なクッキーが食べきられてしまうぞ」
「そんな……!」
為政者とはこうも冷たいものなのか。
血も涙もないとはまさにこのこと。
そう思えば、まともに血が流れているのはナナセだけということになってしまうので、適材適所と言えるのかもしれない。
なんてことを考えている時点で相当頭は混乱している。
――文字を書くために指を切るとかっ……、漫画じゃあるまいしっ……!!
ナナセは泣きそうになりながら、必死になって文字を綴るのだった。
夜半すぎ。
既にろうそくの火は消され、辺りを照らすのは小窓から差し込む月明かりばかり。
王子王女殿下は、粗末な布をかけすやすやと眠っている。そうしていると、彼らもまだあどけない子どもだ。
確かにベルトラート達は聡明だった。
ナナセとは比べるべくもなく、遥かにたくさんの事柄が見えているのだろう。
それでも年長者なのだ、彼らより知っていると断言できることがあった。
子ども達を起こさないよう、ナナセは静かに起き上がる。
じっと窓辺に立っていると、真っ暗闇の中で何かがうごめいた気がした。
ゆっくりと、近付いてくる影。
ナナセは微動だにせずそれを待ち構える。
少し欠けた月明かりの下に姿を現したのは――予想通り、文官の青年だった。
しばらくは、ただ静かに互いを見合う。
口火を切ったのは青年だった。
「……明日の昼頃には国境越えです。さっさと休んだ方がいい」
明日の昼に国境越え。
ということは、距離的にはかなり近い。
つまり誘拐犯が通ろうとしている検問は、王宮からより近い方のクライアラインということになる。
二ヶ所の内、どちらの検問を通るか分かったのは大きな収穫だ。けれどヴァンルートスの発言を思い返せば、国境越えが早いというのはあまりいい状況とは言えないだろう。
ナナセはゆるゆる息を吐き出すと、再び強い眼差しで青年を見据えた。
「……勘違いでなければ、あなたは意図的に情報をこぼしておりますね」
ベルトラートは、彼が軽率に漏洩したと解釈しているようだった。
けれど、ナナセは知っている。
彼の普段の仕事ぶりを。そして、どれほどエクトーレを慕っていたかを。
名前は知らない。それでも遠い上位の立場からでなく、とても身近で彼という人間を見てきたのだ。
あの伝書鳥も、おそらく青年が連れてきたのではないだろうか。そうでなければ都合がよすぎる。
今にして思えば、情報を引き出そうとするナナセを脅迫したのも、蛇の目の男がいたからこその牽制だった。彼が止めていなければ、今頃どうなっていたか分からない。
青年は、問いかけに答えない。
凪いだ表情からはどんな感情も読み取れず、ナナセは質問を変えた。
「……あなたは、なぜ犯人に協力を?」
犯人達の目的に共感しているようには、どうしても思えない。何かしらの理由を探してしまうのは、ナナセのうがち過ぎだろうか。
彼は初めて、眼差しを僅かに揺らした。
「……故郷の妹を、人質にとられています」
ナナセは息を呑んだ。
そんな手段に出られるということは、ある程度組織だった犯行なのかもしれない。
青年の誠実さを知っているだけに、やるせなかった。悪事に加担せざるを得なかったとはいえ、彼のしたことは決して許されない。
彼自身、重々理解しているのだろう。諦めきった暗い瞳をしていた。
「どのような理由であれ、私があの方を裏切った事実は覆らない。ですが私は、エクトーレ様の許で働けたことを、今でも誇りに思っていますよ」
「……あなたが望むのなら、後日エクトーレ様に直接お伝えしましょう」
「助かると決まったわけでもないのに」
自嘲ぎみに笑う青年に、ナナセは小窓の格子からあるものを差し出した。
「これは、私のリボンです。伝書鳥に情報を持たせましたが、半分は取っておきました」
彼は訝しげに口を開く。
「……これを、私にどうしろと?」
「我々は必ず、かすり傷一つ負わずに生還いたします。そのために知り得た情報は全て手がかりとして残していく。ーー手助けを、してくださいますね」
訊ねるのではなく、あえて断言する。
これは一種の賭けだ。
誘拐に否定的だからといって、青年が危険な橋を渡るとは限らない。手がかりの記されたリボンが見つかれば、犯人らに不審に思われるのだから。
首筋にじわりと冷や汗がにじむ。
青年は突き放すように、冷たく酷薄な笑みを浮かべた。
「……私を信用しているのだとしたら、あなたは愚かとしか言いようがない」
「かつて同じ職場で笑い合ったから。なんて甘いことは、さすがに言いませんよ」
不安を押し込めると、ナナセは強気に笑ってみせた。
「私が信じているのは、あなたのエクトーレ様に対する尊敬の気持ちですから」
意表を突かれて黙り込む青年を尻目に、ナナセは人差し指を歯で抉る。
指先がチリリと痛み、塞がりかけていた傷口からたちまち血がにじみ出す。
月明かりを利用し、暗号代わりの文字を記した。クライアラインを通過すること、エクトーレの部下の妹を保護してほしいこと。
暗がりで書いたせいで不格好な文字になってしまったが、この際目を瞑ろう。
「手がかりは一つでも多い方がいいですから、私は精一杯足掻きますよ。あなたも、格好よく諦める前にそうすればよかった」
「エクトーレ様に泣いてすがれと? そんなこと、できるはずがない」
「体面にこだわっている場合ですか」
全てを書き終えたナナセは、まだらに赤く染まったリボンを再び差し出した。
「受け取って、くださいますね」
噛んで含めるように念を押す。
青年は躊躇い、何度も喉を鳴らした。
急かすことなく待ち続けること数分。
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