異世界キャリア意識改革!

浅名ゆうな

文字の大きさ
20 / 31
本編

救出

 翌日。
 手付かずのまま夕食のパンが残っていたためか、朝食は出されなかった。そして、日が登りはじめた朝方に森小屋を出発する。
 昨日に引き続き、今日も暑くなりそうだ。
 とはいえ、太陽が存在感を主張しはじめる前に、ナナセ達は荷馬車に押し込められてしまったけれど。
 文官の青年が御者席に座っているらしく、あの蛇の目の男が荷台に同乗していた。ナナセ達は拘束もされていないのに、気詰まりな時間を過ごす。
 犯人達は、厳しい検問をどう切り抜けるつもりなのか。
 その答えは、森を出たところにポツンと存在する小屋の中にあった。
 川沿いのその小屋に到着した頃には、太陽が中天に差し掛かろうとしていた。
 もうすぐ正午。
 ということは、国境が近い。
 あらかじめ立ち寄る計画になっていたのだろう、そこには何と、三基の棺が準備されていた。彼らの狙いは死者を運んでいるふうに偽装することか。
「お前達には、流行り病で死んだ村人になってもらう。そうすりゃ検問官も関わりたがらないだろ?」
 悔しいが、なかなかいい作戦だ。感染を恐れて確認を怠る可能性は高い。
 男が垢じみた服を着ているのも、このためだったのだろう。いかにも貧しい農村出身といった感じで、流行り病に太刀打ちできない印象を与える。
「ただ問題は、棺の数が足りねぇことだ。やっぱりここで、あんたを殺しとくべきか」
 蛇のような目付きの男はニヤニヤとしながら、ナナセの喉元にナイフを突き付ける。
 あまりに無造作で、人を殺すことに躊躇いがないのだと改めてよく分かった。
「……国境を越えたあとも、移動は続くのですよね? でしたら、殺すにしても早すぎるのではないでしょうか?」
 必死に頭を回転させて言い訳をひねり出すと、男はうっそりと目を細める。
「いいねぇ、ゾクゾクするぜ。怯えながらも必死に生き残ること考えてる目だ」
 その瞳は、危うい狂気を発していた。早く殺したくて堪らないとでもいうような。
 それが伝わったのだろう、商人風の男が億劫そうに制止した。
「よさないか。その小娘の言い分にも一理あるぞ。一番小さい王女の棺なら、多少狭くはなるだろうが何とか入るだろう」
 蛇の目の男は、仲間の意見に頷いた。
「そうだな。あんたが側にいないと恐ろしくて、手が付けられなくなるらしいし」
 揶揄する響きに、到底信じていないだろう男の考えが透けていた。
 忌々しさから、つい眼差しの険が増す。男はますます愉快げに笑うばかりだった。
 ここで、以前にも増してしっかりと拘束される。猿轡も噛まされ、声を出すこともままならない。
 リリスターシェに狭い思いをさせてしまうことは心苦しいが、体を横たえられる。すると一気に自由が利かなくなった。
 ゴトリと音を立てながら、棺に重い蓋がされる。死んだわけでもないのに絶望的な心地になった。
 敵の数、向かう検問。
 知りうる限りの情報を記し、手がかりを残した。できることは全てやったつもりだ。
 けれどなす術もなくガタゴト揺られていると、不安が疼きだす。
 本当に助けてもらえるだろうか。
 独断で青年に預けたリボンは、手がかりとして残してもらえただろうか。燃やされたり捨てられたりしていないか。
 彼の良心を信じたけれど、脅す方が強制力を持たせられたかもしれない。後悔はあとからあとからわき上がってくる。
 エレミアはその後、苦手としている侍女長に散々絞られたのではないだろうか。
 きっとそれでも心配をしてくれるのだろう。素直じゃないから、怒ることで不安を押し隠しながら。
 後輩達はいつも通り仕事をしているだろうか。レムンドや家令のクライブは高齢だから、あまり寿命の縮まりそうなことに巻き込まれたくなかったのだが。
 周囲の人達を思い浮かべていれば、自然とリオルディスに行き着いてしまう。
 彼は、今どこにいるだろうか。
 きっと誘拐事件が起こったせいで駆けずり回っているに違いない。
 ベルトラート達はともかく、ナナセは無事では済まないかもしれない。
 それならばもっと、色々な本音をぶつければよかったとも思う。
 日本に帰りたいこと。それはどこかで諦めがついていること。ぐだぐだと悩んでいるけれど、完全に諦めるためのきっかけを欲していること。
 それがリオルディスであれば――と、心の奥底で願っていること。
 どれを打ち明けても困らせるだけだから、決して口にはしなかった。
 想いを伝えることも、日本にいる家族への裏切りのような気がして。
 ガタン、と荷馬車が停止した。
 ほんの僅かではあるが、複数の気配を感じる。国境、クライアラインに着いたのだ。
 意識した途端、呼吸が早くなった。
 耳をすませば久しぶりに第三者の声が聞こえる。それが、とても新鮮に感じた。
「我々は、国境検問官である。ここを通るならば荷をあらためさせてもらうぞ」
「へぇ、もちろん構いません。ただ急いで埋葬したいんで、なるべく早くしてくだせぇ」
「埋葬? ……棺か」
 頭上を飛び交う会話に、焦りが募る。
 犯人達の声音は虚ろで弱々しく、演技は完璧と言ってよかった。
 村で流行り病が起こり、次々に人が死んでいったことをぼそぼそと打ち明けていく。
 それに同情しつつも、検問官は明らかに及び腰だ。このままではあっさりと通行を許可してしまう。
 渾身の力で体を揺り動かせば、気付いてもらえるだろうか。あるいは、猿轡越しでも精一杯騒げば。
 だが、気付いてもらえなかったら。
 今度こそ、ナナセは殺されるだろう。
 怖い。
 ――どうしよう。怖い。どうすれば……。
 動くべきなのに。足掻き続けるべきと偉そうに説教したくせに。怖くて体が動かない。
 リリスターシェにも、震えは伝わっているだろう。彼女を不安にさせてしまうと頭では理解しているのに、平静を装う余裕がない。
 ――お父さん、お母さん……。お姉ちゃんお兄ちゃん――――リオルディス様……!!
 その時、凛と涼やかな声が耳を打った。
「――きちんと荷をあらためよと、通達しておいたはずだが」
 あまりに聞き慣れた声。
 ナナセの全身から一瞬で力が抜けていく。
「副団長様、ですが……」
「もういい。私が代わろう」
「いえ、そういうわけには!」
 検問官との押し問答を聞いている内に、自然と涙がこぼれた。
 姿を確かめたわけでもないのに、柔らかな灰色の瞳が鮮明に浮かぶ。
 間違いようがない、リオルディスだ。
 ――本当に、助けに来てくれた……。
 身体中を喜びが駆けめぐる。
 震えがおさまった体は、今度こそしっかり動いてくれた。躊躇うことなく体当たりをすれば、膝が棺の蓋に当たる。
 木製の棺の蓋というのは、意外と重い。
 ナナセの力では小揺るぎもしなかったけれど、リオルディスは僅かな異変も聞き逃さないでくれた。
 軍靴の音が急いた足取りで近付いてくる。
「――無事か、ナナセ!!」
 確信を込めて名を呼ばれた。
 重いはずの蓋が軽々と外され、目映い日差しが視界を白く焼く。
 光に慣れた瞳を徐々に開くと、鮮明な夏の青空が広がっていた。
 そこにリオルディスの銀髪と弾ける笑顔が飛び込んでくるから、再び視界を奪われたように錯覚してしまう。
「ナナセ、よかった……!」
 再会を喜ぶリオルディスに、ナナセは必死になって首を横に振る。
 猿轡で言葉は発せずとも、意図は察してくれたらしい。彼は勇ましい表情になって立ち上がった。
「王子殿下、王女殿下を無事発見! ただちに誘拐犯らを捕縛せよ!」
 鋭い号令を受け、大勢の騎士が飛び出してくる。これほどの人数が潜伏していたのかと驚くほどだ。
 けれど蛇の目の男の方が、一瞬早い。
 青ざめて震える商人風の男を尻目に、獣のような身のこなしで駆けていく。
 包囲網が完成する前にと、男は最も手薄なところに狙いを定めた。
 数人の騎士が応戦のため身構えるも、うまくかわしてすり抜ける。
「国境を抜けられては手が出せなくなる! 弓兵、一気に射かけろ!」
 リオルディスの合図に弓矢が降り注いだが、男には当たらない。背中はどんどん遠ざかっていく。
 蛇の目の男は一度だけ振り返った。
 目が合った気がして、ナナセはゾクリと体を震わせる。
 リオルディスのことだから、国境沿いにも騎士を配置しているだろう。
 けれどあの男は、おそらく逃げおおせる。そんな予感がする。
 同じ結論に至ったのか、リオルディスは悔しげに小さく舌打ちした。
「くれぐれも深追いはするな! 一班はこれより、殿下方の護衛に注力せよ! 二班は残る誘拐犯を捕縛!」
 揃いの鎧をまとった騎士が、きびきびとした動作で動く。拘束を解かれたベルトラート達が、互いの無事を喜び合う。
 ナナセの拘束は、リオルディスが至極丁寧に外していった。
 赤くなった手首や足首、長時間噛まされていた猿轡のせいで閉じられない顎。その一つ一つを確認し、表情を曇らせていく。
 首筋にうっすら残るナイフの跡をなぞられた時は、さすがに赤くなってしまった。
「ナナセ。改めて、本当に無事でよかった」
「リオルディス様、助けていただいてありがとうございます。その上で偉そうなことを言うようですが、私ではなく殿下方を優先してくださいね」
 先ほど、猿轡のせいで言えなかった苦言を呈する。
 彼は束の間虚を突かれたような顔をしたが、それは次第に苦笑へと変わっていく。
「そんなところも、実にナナセらしい」
 リオルディスは穏やかな声音で呟くと、ゆっくりナナセを抱きすくめた。



感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

異世界転移って?とりあえず設定を教えて下さい

ゆみ
恋愛
凛花はトラックに轢かれた記憶も階段から落ちた記憶もない。それなのに気が付いたらよくある異世界に転がっていた。 取り敢えずは言葉も通じる様だし周りの人達に助けられながら自分の立ち位置を把握しようと試みるものの、凛花を拾ってくれたイケメン騎士はどう考えてもこの異世界での攻略対象者…。しかもヒロインは凛花よりも先に既にこの世界に転生しているようだった。ヒロインを中心に回っていたこのストーリーに凛花の出番はないはずなのにイケメン騎士と王女、王太子までもが次々に目の前に現れ、記憶とだんだん噛み合わなくなってくる展開に翻弄される凛花。この先の展開は一体どうなるの?

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

見捨てられた(無自覚な)王女は、溺愛には気付かない

みん
恋愛
精霊に護られた国ルテリアル。精霊の加護のお陰で豊かで平和な国ではあったが、近年ではその精霊の加護も薄れていき、他国から侵略されそうになる。戦いを知らない国王は、スネフリング帝国に助けを求めるが、その見返りに要求されたのは──。 精霊に護られた国の王女として生まれたにも関わらず、魔力を持って生まれなかった事で、母である王妃以外から冷遇されているカミリア第二王女。このカミリアが、人質同然にスネフリング帝国に行く事になり─。 ❋独自設定有り。 ❋誤字脱字には気を付けていますが、あると思います。すみません。気付き次第修正していきます。

【優秀賞受賞】賭けから始まった偽りの結婚~愛する旦那様を解放したのになぜか辺境まで押しかけて来て愛息子ごと溺愛されてます~【完結】

Tubling
恋愛
無事完結しました^^ 読んでくださった皆様に感謝です! この度、こちらの作品がアルファポリス第19回恋愛小説大賞にて「優秀賞」を受賞いたしました! ありがとうございます!!<(_ _)> ルシェンテ王国の末の王女カタリナは、姉たちから凄惨な嫌がらせをされる日々に王女とは名ばかりの惨めな生活を送っていた。 両親は自分に無関心、兄にも煙たがられ、いっそ透明人間になれたらと思う日々。 そんな中、隣国ジグマリン王国の建国祭に国賓として訪れた際、「鬼神」と恐れられている騎士公爵レブランドと出会う。 しかし鬼とは程遠い公爵の素顔に触れたカタリナは、彼に惹かれていく。 やがて想い人から縁談の話が舞い込み、夢見心地で嫁いでいったカタリナを待っていたのは悲しい現実で…? 旦那様の為に邸を去ったけれど、お腹には天使が―――― 息子の為に生きよう。 そう決意して生活する私と息子のもとへ、あの人がやってくるなんて。 再会した彼には絶対に帰らないと伝えたはずなのに、2人とも連れて帰ると言ってきかないんですけど? 私が邪魔者だったはずなのに、なんだか彼の態度がおかしくて… 愛された事のない王女がただ一つの宝物(息子)を授かり、愛し愛される喜びを知るロマンスファンタジーです。 ●近世ヨーロッパ風ですが空想のお話です。史実ではありませんので近世ヨーロッパはこうだというこだわりがある方はブラウザバックをお願いします。 ●本編は10万字ほどで完結予定。 ●最初こそシリアスですが、だんだんとほのぼのになっていきます^^ ●最後はハッピーエンドです。

もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。 しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。 英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。 顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。 ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。 誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。 ルークに会いたくて会いたくて。 その願いは。。。。。 とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。 他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。 本編完結しました! 大変お待たせ致しました。番外編も完結いたしました!