夜のほとりと王子と月と。

koma

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まるで少女と見紛うような

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 今を遡ること六年ほど前のことだ。
 わたしが十を数えたばかりの頃──ノエルは、父さまに連れられてやってきた。



 ◇  ◇  ◇

 ある暖かな春の日のこと。

 仕事で長らく王都に滞在していた父さまが戻ってきた。

「お帰りなさい! 父さま!」

 わたしの家──ブノア家の薔薇の家紋が入った馬車が屋敷の前に停まるのと同時、わたしはエントランスを飛び出した。そうして、馬車を降りたばかりの父さまに抱きつく。

「ただいまマリエール。おや、少し重くなったかな」
「成長してるのよ。背だって伸びたんだから」
「ふふ、それじゃあそろそろお転婆も控えないといけないね」

 穏やかな優しい笑みを浮かべた父さまが、わたしを地面に下ろす。そうして、すまなそうに眉尻を下げた。

「誕生日会に間に合わなくて悪かったね」
「いいのよ、それよりお土産は買ってきてくださった?」
「ああ、もちろん。頼まれていたものは全部」
「うれしい! 早く見せて」
「うん、すぐに────と、いけない」

 そこではっとした父さまが降りてきたばかりの馬車を振り返る。なにかあるのかしらとわたしもそちらを見やれば、一人の小柄な男の子が、ステップを降りてくるところだった。白いシャツにチェックのベスト、きちんと締められた紺色のネクタイ、それから体躯にあった膝丈のズボン。貴族の男の子だと、一目でわかった。

「紹介が遅れたね、ノエル君。彼女が話していたわたしの娘・マリエールだ」
「見てたからわかります」
「はは、そうかい? えーっと、じゃあ、マリエール」
 
 ノエル──と、呼ばれた少年の背に軽く手を添えながら、父さまはわたしに向き直った。

「今日から一緒に暮らすことになったノエル君だよ、自己紹介をしなさい」

「────」

「マリエール……?」

 突然硬まったわたしを見て、父さまが不思議そうに目を瞬かせていた。でも、それは仕方のないことだった。紅い唇。白い肌。大きなまるい瞳。淡い金色の髪。まるで絵本に出てくる挿絵のお姫さまみたいに綺麗な顔をしたノエルに、わたしはすっかり心を奪われた。一目惚れ、何だと思う。
 でも、あんまりじろじろ見過ぎていたのだろう。ノエルはわたしを不審者を見るような目つきで見つめ返してきた。嫌われただろうか。

「マリエール、マリエール……? どうしたんだい?」
 
 父さまに二度ほど挨拶を促され、わたしはようやく我に返り、スカートの裾をつまんでお辞儀をした。

「は、初めまして。マリエール・ブノアと申します。趣味は綱渡りです、よろしくお願いします」
「……綱渡り?」

 さらに怪訝な表情と声音で返され、わたしは萎縮する。

「お前曲芸師にでもなりたいのか」
「……素敵なお仕事だとは思いますけど、そこまでは考えていません」
「…………」

 ピアノだとか詩の暗唱だとか、もっと無難な趣味を言えばよかったのかもしれない。ノエルは明らかに一線引いたような顔持ちになって、わたしから父さまへと視線を移した。

「俺の部屋はどこですか」
「あ、ああ。今案内するよ。マリエール、お母さまは?」
「すぐに降りてらっしゃると思うわ。髪型が決まらないって困ってらっしゃったから」
「どんなお母さまも素敵なのにね」
「本当にね」

 言って、微笑み会うわたしたちのそばを、ノエル少年が立ち去っていく。

「ああノエル君、待って」
「長旅で疲れました。少し休ませてください」
「あ、ああ、そうだね。どうにも僕は気が効かないみたいで、すまないね」
「それは知ってるんで」

 父さまは慌ててノエルのあとを追いかけた。
 屋敷の前に残ったわたしは腕を組んで考える。

「…………都の男の子って、みんなああなのかしら」
「どうでしょう?」

 呟いたのは、下男のサティスだった。使用人の男の子で、わたしとは一つしか歳も変わらなかった。ちなみに、わたしが上だ。

「なんかめちゃくちゃ横柄でしたよね」
「……しばらく一緒に暮らすって言ってたけど」

 仲良く出来るかしら。
 
 たくさんの荷物が邸の中へ運ばれていく。その光景を眺めながら、わたしは小さく息をこぼした。
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