夜のほとりと王子と月と。

koma

文字の大きさ
2 / 3

まるで少女と見紛うような

しおりを挟む

 今を遡ること六年ほど前のことだ。
 わたしが十を数えたばかりの頃──ノエルは、父さまに連れられてやってきた。



 ◇  ◇  ◇

 ある暖かな春の日のこと。

 仕事で長らく王都に滞在していた父さまが戻ってきた。

「お帰りなさい! 父さま!」

 わたしの家──ブノア家の薔薇の家紋が入った馬車が屋敷の前に停まるのと同時、わたしはエントランスを飛び出した。そうして、馬車を降りたばかりの父さまに抱きつく。

「ただいまマリエール。おや、少し重くなったかな」
「成長してるのよ。背だって伸びたんだから」
「ふふ、それじゃあそろそろお転婆も控えないといけないね」

 穏やかな優しい笑みを浮かべた父さまが、わたしを地面に下ろす。そうして、すまなそうに眉尻を下げた。

「誕生日会に間に合わなくて悪かったね」
「いいのよ、それよりお土産は買ってきてくださった?」
「ああ、もちろん。頼まれていたものは全部」
「うれしい! 早く見せて」
「うん、すぐに────と、いけない」

 そこではっとした父さまが降りてきたばかりの馬車を振り返る。なにかあるのかしらとわたしもそちらを見やれば、一人の小柄な男の子が、ステップを降りてくるところだった。白いシャツにチェックのベスト、きちんと締められた紺色のネクタイ、それから体躯にあった膝丈のズボン。貴族の男の子だと、一目でわかった。

「紹介が遅れたね、ノエル君。彼女が話していたわたしの娘・マリエールだ」
「見てたからわかります」
「はは、そうかい? えーっと、じゃあ、マリエール」
 
 ノエル──と、呼ばれた少年の背に軽く手を添えながら、父さまはわたしに向き直った。

「今日から一緒に暮らすことになったノエル君だよ、自己紹介をしなさい」

「────」

「マリエール……?」

 突然硬まったわたしを見て、父さまが不思議そうに目を瞬かせていた。でも、それは仕方のないことだった。紅い唇。白い肌。大きなまるい瞳。淡い金色の髪。まるで絵本に出てくる挿絵のお姫さまみたいに綺麗な顔をしたノエルに、わたしはすっかり心を奪われた。一目惚れ、何だと思う。
 でも、あんまりじろじろ見過ぎていたのだろう。ノエルはわたしを不審者を見るような目つきで見つめ返してきた。嫌われただろうか。

「マリエール、マリエール……? どうしたんだい?」
 
 父さまに二度ほど挨拶を促され、わたしはようやく我に返り、スカートの裾をつまんでお辞儀をした。

「は、初めまして。マリエール・ブノアと申します。趣味は綱渡りです、よろしくお願いします」
「……綱渡り?」

 さらに怪訝な表情と声音で返され、わたしは萎縮する。

「お前曲芸師にでもなりたいのか」
「……素敵なお仕事だとは思いますけど、そこまでは考えていません」
「…………」

 ピアノだとか詩の暗唱だとか、もっと無難な趣味を言えばよかったのかもしれない。ノエルは明らかに一線引いたような顔持ちになって、わたしから父さまへと視線を移した。

「俺の部屋はどこですか」
「あ、ああ。今案内するよ。マリエール、お母さまは?」
「すぐに降りてらっしゃると思うわ。髪型が決まらないって困ってらっしゃったから」
「どんなお母さまも素敵なのにね」
「本当にね」

 言って、微笑み会うわたしたちのそばを、ノエル少年が立ち去っていく。

「ああノエル君、待って」
「長旅で疲れました。少し休ませてください」
「あ、ああ、そうだね。どうにも僕は気が効かないみたいで、すまないね」
「それは知ってるんで」

 父さまは慌ててノエルのあとを追いかけた。
 屋敷の前に残ったわたしは腕を組んで考える。

「…………都の男の子って、みんなああなのかしら」
「どうでしょう?」

 呟いたのは、下男のサティスだった。使用人の男の子で、わたしとは一つしか歳も変わらなかった。ちなみに、わたしが上だ。

「なんかめちゃくちゃ横柄でしたよね」
「……しばらく一緒に暮らすって言ってたけど」

 仲良く出来るかしら。
 
 たくさんの荷物が邸の中へ運ばれていく。その光景を眺めながら、わたしは小さく息をこぼした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 7月31日完結予定

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

絶対に近づきません!逃げる令嬢と追う王子

さこの
恋愛
我が国の王子殿下は十五歳になると婚約者を選定される。 伯爵以上の爵位を持つ年頃の子供を持つ親は娘が選ばれる可能性がある限り、婚約者を作ることが出来ない… 令嬢に婚約者がいないという事は年頃の令息も然り… 早く誰でも良いから選んでくれ… よく食べる子は嫌い ウェーブヘアーが嫌い 王子殿下がポツリと言う。 良い事を聞きましたっ ゆるーい設定です

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

処理中です...