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プロローグ
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煌びやかなパーティー会場を抜けだした先のバルコニーで。六年ぶりの再会を果たしたわたしとノエルは向かいあっていた。庭園の噴水が流れる音、樹々の葉が擦れる音、遠くから聞こえる人々の話し声。
そんな全てが耳に入らないくらい、わたしは緊張していた。
沈黙を破るように、ノエルが口を開く。
「元気そうで安心した」
「……は、はい。殿下……もお元気そうで何よりです」
「…………ノエルでいいんだけど」
困ったように眉を寄せられてしまう。それでも(王子さまって本当だったのね)なんてことは言えなくて。わたしはすっかり雰囲気の変わってしまったノエルを前に、身を硬くする。この人は本当にわたしの知っているノエルなんだろうか。背だって高くなってしまったし、声も記憶のそれと違う気がする。
「お前、随分おとなしくなったな」
静かな低い声と、つり目がちの深紅の瞳。まぶしいくらいに明るい金髪。
記憶のノエルと同じところと、そうではないところがあって。わたしは戸惑いに揺れた。彼がこの国の第二王子さまだ、とは知っていたけれど。子供の頃は聞かされても「そうなんだ」くらいにしか考えていなくて、だからあんなに無作法に無邪気に遊べていた。でも今は違う。身分だとか立場だとか、あの頃は気にも留めていなかった色々な事柄がどうしたってわたしの頭を駆け巡るのだ。
(……というかそもそも、この状況事態拙いんじゃ)
年頃の男女がふたりきり。すぐそばに侍女のニナや彼の従僕が控えているとはいっても決して褒められるような行いではないだろう。むしろ妙な噂が立ってしまうのでは。
焦りだしたわたしとは裏腹に、ノエルはゆっくりと言葉を紡いだ。
「なんか話せよ。せっかく会えたのに」
そのぶっきらぼうな物言いは、記憶のノエルと少しだけ重なって。わたしは少しだけ肩の力を緩めることが出来た。
「…………うん、ごめんなさい。久しぶり過ぎて、ちょっと緊張してしまって」
「何だよ緊張って。普通にしろよ」
言いつつ、ノエルはバルコニーに片手をかけた。
まだしばらくはここに居るつもりらしい。
(戻らなくていいのかしら)
今夜の主賓は第一王子殿下だけれど、ノエルと話したそうにしている人々を見かけていたから、彼を独り占めしてしまっているこの状況に申し訳なさが募ってくる。話したいことはたくさんあったけど、それは今夜でなければいけないわけじゃない。ノエルを皆さんに譲らないと。
思い、わたしが「そろそろ……」と会話を切り上げたようとした瞬間、ノエルの声と重なってしまう。
「しおらしいお前とか、気持ち悪い」
「ひど……!」
思わずあげてしまった声に、ノエルがふふっと肩を揺らして笑った。可愛い。あの頃を彷彿とさせるその笑顔に、わたしの胸は鼓動を上げた。
「変わってなさそうで安心した」
それはこちらの科白だった。
わたしもつられるように笑ってしまい、そうしてやっと、どこか張り詰めていた空気が柔らかくなる。──あの頃みたいに。
「……本当に久しぶり。背、伸びたのね」
「お前もな」
姉と弟。幼馴染み。親友。わたし達の関係を表す言葉はそのどれも合っているようで、そのどれとも違っていた。
幼少期。政権争いで命まで脅かされそうになっていたノエルは、一時期わたしの家で保護されていた。その、たった一年ほどの付き合い。ノエルにとっては不本意だったろうその期間。けれどわたしにとっては大切な、たくさんの思い出が詰まった楽しい一年として心に残っていた。
「会いたかった」
(……でも、こんなこと言う子だったかしら)
同じところもあれば、変わってしまったところもあるのかもしれない。互いの見た目と同じように。わたしは思いながら、ノエルをそっと見つめ返していた。
そんな全てが耳に入らないくらい、わたしは緊張していた。
沈黙を破るように、ノエルが口を開く。
「元気そうで安心した」
「……は、はい。殿下……もお元気そうで何よりです」
「…………ノエルでいいんだけど」
困ったように眉を寄せられてしまう。それでも(王子さまって本当だったのね)なんてことは言えなくて。わたしはすっかり雰囲気の変わってしまったノエルを前に、身を硬くする。この人は本当にわたしの知っているノエルなんだろうか。背だって高くなってしまったし、声も記憶のそれと違う気がする。
「お前、随分おとなしくなったな」
静かな低い声と、つり目がちの深紅の瞳。まぶしいくらいに明るい金髪。
記憶のノエルと同じところと、そうではないところがあって。わたしは戸惑いに揺れた。彼がこの国の第二王子さまだ、とは知っていたけれど。子供の頃は聞かされても「そうなんだ」くらいにしか考えていなくて、だからあんなに無作法に無邪気に遊べていた。でも今は違う。身分だとか立場だとか、あの頃は気にも留めていなかった色々な事柄がどうしたってわたしの頭を駆け巡るのだ。
(……というかそもそも、この状況事態拙いんじゃ)
年頃の男女がふたりきり。すぐそばに侍女のニナや彼の従僕が控えているとはいっても決して褒められるような行いではないだろう。むしろ妙な噂が立ってしまうのでは。
焦りだしたわたしとは裏腹に、ノエルはゆっくりと言葉を紡いだ。
「なんか話せよ。せっかく会えたのに」
そのぶっきらぼうな物言いは、記憶のノエルと少しだけ重なって。わたしは少しだけ肩の力を緩めることが出来た。
「…………うん、ごめんなさい。久しぶり過ぎて、ちょっと緊張してしまって」
「何だよ緊張って。普通にしろよ」
言いつつ、ノエルはバルコニーに片手をかけた。
まだしばらくはここに居るつもりらしい。
(戻らなくていいのかしら)
今夜の主賓は第一王子殿下だけれど、ノエルと話したそうにしている人々を見かけていたから、彼を独り占めしてしまっているこの状況に申し訳なさが募ってくる。話したいことはたくさんあったけど、それは今夜でなければいけないわけじゃない。ノエルを皆さんに譲らないと。
思い、わたしが「そろそろ……」と会話を切り上げたようとした瞬間、ノエルの声と重なってしまう。
「しおらしいお前とか、気持ち悪い」
「ひど……!」
思わずあげてしまった声に、ノエルがふふっと肩を揺らして笑った。可愛い。あの頃を彷彿とさせるその笑顔に、わたしの胸は鼓動を上げた。
「変わってなさそうで安心した」
それはこちらの科白だった。
わたしもつられるように笑ってしまい、そうしてやっと、どこか張り詰めていた空気が柔らかくなる。──あの頃みたいに。
「……本当に久しぶり。背、伸びたのね」
「お前もな」
姉と弟。幼馴染み。親友。わたし達の関係を表す言葉はそのどれも合っているようで、そのどれとも違っていた。
幼少期。政権争いで命まで脅かされそうになっていたノエルは、一時期わたしの家で保護されていた。その、たった一年ほどの付き合い。ノエルにとっては不本意だったろうその期間。けれどわたしにとっては大切な、たくさんの思い出が詰まった楽しい一年として心に残っていた。
「会いたかった」
(……でも、こんなこと言う子だったかしら)
同じところもあれば、変わってしまったところもあるのかもしれない。互いの見た目と同じように。わたしは思いながら、ノエルをそっと見つめ返していた。
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