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三章:雪の姫はワルツを踊る

第6話 雪の城(3)

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 ニクスがゆっくりカーブした。

「大丈夫だった?  今日の地震」

 二人で手を繋いで氷の上を滑る。あたしはこくりと頷いた。

「平気よ。店の中は?」
「パンの一部が落ちちゃって、作り直したくらいかな」
「今日、本当は行こうと思ったのよ。午前中行けなかったから、午後にでも」
「なるほど。その時間に地震が起きたんだ」
「妹が怖がってた」
「怪我は無かった?」
「大丈夫」
「怖いね」
「気が抜けない」
「まだしばらく続くのかな…?」
「大丈夫よ。春が来れば収まるわ」
「そうかな」
「今だけよ」
「…だと、いいけど」

 チラッと、ニクスを見た。

「何よ。ニクス、地震が怖いの?」
「テリーは怖くないの?」
「怖いわよ。でも、ただの自然現象じゃない。すぐに収まるわ」
「テリー、用心に越したことはないさ。地面が揺れるんだよ。僕、地震はとっても怖いんだ」
「今、地震が起きたら氷が割れるかも。確かにそれは怖いわね」
「嫌なこと言わないでよ。僕、本当に怖いんだから」

 ニクスと手を繋いで氷の上を滑る。スケート選手のように華麗に滑る。

「あれ、テリー、昨日よりも滑りが上手くなったね」
「あたし、呑み込みは早いの。舐めないで」
「ふふっ。流石、貴族のお嬢様は違うね」
「お嬢様だからじゃないわ。あたしだからよ」
「ああ、そうだった。すごいよ。テリー。流石だ」
「そうよ。あたしはすごいのよ」

 ニクスとの手を離さずに、あたしは氷の上を滑る。あたしの髪が揺れる。ニクスの髪が揺れる。その拍子に見える。

 ニクスの耳たぶに、光るもの。

(あ)

 そういえば、ニクスは耳を開けていた。

(そうだ。確か…)

 会話をしたはずだ。その光るものについて。ただ、会話をする前に、ドロシーの言っていた事を思い出す。

 ――また約束をするまでを、再現するといいだけの話じゃないか。

(再現ね)
(…あの時、なんて言ってたっけ)

 その光るものを見て、あたしは話しかけたはずだ。

 ―――ねえ、ニクス。

「ねえ、ニクス」

 あたしは微かな記憶から、会話を始める。復習のお時間だ。

「『それ、素敵ね。イヤリング?』」

 微笑んで訊けば、ニクスが、そっと耳に触れて、首を振る。

「『ピアス。耳開けてるんだ』」
「『12歳で?』」
「『ふふ。あのね。これ、お母さんの形見なの』」

 ニクスが切なそうに微笑む。けれど、耳に触れる手袋の手は、暖かそうだ。

「『無くしちゃいけないと思って、つけてる』」
「『へえ。そうなの』」
「『どうかな?』」
「『綺麗なピアス』」

 あたしは優しく微笑む。

「『お母様の趣味が良かったのね』」
「『お母さんね、すごく美人だったんだ。すごく綺麗な人で、若い頃はモテモテだったんだって』」

 その中で、お父さんがお母さんと付き合えた。結婚した。仲良しで、お母さんが死ぬまで、死んでも、お父さんはその手を握り続けていた。

「『お母さんと約束したんだ。お父さんは僕が守るって』」

 ニクスのピアスが光る。

「『これはお守り代わり。悪いものから僕とお父さんを守ってくれるんだ』」
「『へえ』」
「『それだけじゃないよ。このピアスは、僕達を幸せにも導いてくれる』」
「『たかがピアスに、そんな力があるの?』」
「『そうだよ。だって、僕は現に、幸せになれたもの』」

 ニクスが笑った。

「『テリーとこうして友達になれて、とっても幸せ』」

 氷を滑る。

「『ふふっ。テリー』」

 ニクスが微笑む。

「『ずっと友達でいようね』」

 ニクスがそう言った。
 あたしにそう言った。

 友達でいようねと、笑顔であたしに言った。

 だから、その言葉を信じていた。


 あたしは、ニクスを友達だと思っていた。


(でも)


 裏切ったのはお前だ。


 ―――もし本当に巨人がいたとして、以前のミス・クロシェの時の事件同様、犯人の巨人にニクスが何かされてた、とかっていうのは、無いのかな?


 ドロシーの言葉が頭によぎった。

(……馬鹿ね)

 巨人なんて、いるわけないじゃない。

「ねえ、ニクス」

 あたしは再現するのをやめた。初めての会話を始める。

「この街に、巨人がいるんですって」

 ニクスが瞬きした。

「巨人?」
「そうよ。最近起きてる地震は、全部巨人のせいなんですって」
「何それ。誰がそんな事言ってたの?」
「うちのお手伝いさん」
「ふふっ。面白いお手伝いさんだね。どうしてそんな事言ったんだろう」

 ニクスが目を細めた。

「見たの?」
「ニクス、知ってる? 近くの丘の下に大きな穴が出来たの」
「ああ、うん」
「あれを見て、巨人が殴った跡だって」
「あはは」

 ニクスが吹き出した。二人でゆっくりカーブする。あたしのポニーテールが揺れた。

「巨人か。いいね。いたら肩に乗せてもらえるかな」
「ハープは盗んじゃ駄目よ」
「追いかけられちゃうからね」
「豆を育てるのも駄目。雲まで届いてしまうから」
「雲に上陸したら周りを見ないと。そこは巨人の敷地内だから」
「巨人は危ないわ。放っておくに限る」
「ふふっ。いないよ。巨人なんて」

 ニクスがあたしの手を引っ張った。足をくるんと回転させて、方向を転換する。そのままその方向に、するーっと滑っていく。

「いるのは王様」

 ゆっくりと足を止める。雪の城の前に立つ。
 雪の城から唸るような風の音が聞こえ、ニクスが肩をすくめさせた。

「ほら、王様が唸ってる」
「風の音よ」
「違うよ。これは王様が唸ってるの。目が覚めたのかな?」

 テリー、王様ってね、寝起きがとても悪いんだ。

「だから、このお城には入っちゃ駄目だよ。敷地内だから、王様が寝ぼけて、つい襲ってきちゃうかも」
「怖い王様ね」
「そうだよ。雪の王様だからね。冷たい心の持ち主なんだ。でも、ここで遊ぶなら大丈夫。王様に許可を貰ってるから」
「許可なんて貰えるの?」
「テリー、これは秘密だよ」

 ニクスがにやりと笑って、いけない話をする。

「僕はね、王様に会える唯一の人間なんだ」
「…雪の王様に?」

 思わず眉をひそめると、ニクスが頷いた。

「そうだよ」
「王様って存在するの?」
「王様はいるよ。だから雪の国が存在して、このお城もある」
「『訊いてもいい?』」

 少しだけ再現。

「『王様ってどんな人?』」
「『冷たくて、温かい人』」
「『王様は人?』」
「『王様は王様さ』」
「『怖い人?』」
「『すごくね』」
「飴は舐めてる?」
「飴?」

 ニクスが首を傾げた。

「テリー、お腹すいたの?」
「馬鹿」
「ふふっ。だって、飴って言い出すから」

 あ、そうだ。

「今日ね、店でキャンディを貰ったんだ。テリー、一緒に食べようよ」

 ニクスが放り投げてた鞄まで足を滑らせる。あたしも後ろをついていく。ニクスが鞄を開けて、キャンディを二粒掌に乗せて、あたしに差し出した。

「はい。テリー。あげる!」
「…ありがとう」

 一粒貰って、口の中に放り投げる。ニクスも放り投げる。氷の上から雪の上に移動して、雪だるまが立つ横に座って、飴をころころ舐める。ニクスと肩をくっつける。お互いの白い息が空気に消える。

「はあ、急に寒くなってきた」
「飴を舐めたら解散しましょう」
「そうだね。頃合いだ」

 寒いが、積もった雪が壁になって風を遮り、隣からはニクスの体温を感じて、少し暖かい気になる。

「ニクス」
「ん?」
「『あのお城に入りたい』」

 再現。

「『ここ、寒いわ。だから…』」
「『駄目だよ。テリー。お城には入らないこと』」

 ニクスがあたしの手を握った。

「『入る時は、王様に許可を貰わないと』」
「『ニクスは入れるの?』」
「『僕は入れるよ』」
「『そんなのずるい。あたしも入りたい』」
「『駄目だよ。王様に襲われても良いの?』」
「『それはやだ』」
「『王様は気難しいから、外で遊ぼう』」

 ―――わかった。ニクスがそう言うなら。

 あたしは再現を断ち切る。

「あたし、どうしても入りたい。ねえ、入る方法ないの?」

 ニクスが首を振った。

「駄目」
「駄目?」
「駄目だよ」
「どうして」
「王様がいるから」
「王様って誰」
「王様は王様さ」
「ニクス、なんであそこ、入っちゃいけないの」

 あたしはお城を見る。

「ただのトンネルでしょ」
「お城だってば」
「トンネルじゃない」
「お城なの」
「ニクス、どこがお城なの。お城なら、北区域に行けば見られるわ」
「テリー、声を抑えて。王様に怒られるから」
「王様に会わせてくれない?」
「王様は人見知りなんだ。だから会えないよ」
「ニクスは会えるのに?」
「ちょっと、どうしたの? テリー?」
「ニクスこそどうしたの?」

 あたしの目が、ニクスを見る。

「どうしてそんなにトンネルから遠ざけようとするの?」
「じゃあ、テリーはさ、北区域にあるお城、勝手に入れる?」
「門があるから無理よ」
「同じさ。見えない門がある」
「あのトンネルに?」
「お城」
「ああ、そう。お城」
「見えない門に触れたら、王様が気付いて、様子を見に来る」
「見に来たらどうなるの?」
「ハープを盗んだ少年と同じことになる」
「追いかけられるの?」
「怖いでしょ?」
「ええ。すごく怖い」

(…王様に追いかけられる?)

 あのトンネルに、本当に王様っていうのがいるっての?

「だからテリー、あのお城には入ったら駄目だよ。王様が警戒して、テリーに何かしちゃうかもしれないから」
「脅してるの?」
「脅してるよ。あそこはお城。怖いお城。気難しい雪の王様がいる。だから入っちゃ駄目」
「雪の王様は随分と冷たい人なのね」
「そうだね」

 ニクスは頷いた。

「雪の王様だからね。でも、優しいんだよ」
「ニクスの発言はめちゃくちゃだわ。優しかったり、冷たかったり」
「テリーだって同じでしょ。僕に冷たかったり、優しかったりする」
「あたしは優しいわよ。めちゃくちゃね」
「僕だって機嫌がころころ変わるよ。不機嫌になったり、上機嫌になったり、人間だもの。気分だって変わるさ」
「王様は人間なの?」
「王様は王様さ」
「大切?」
「うん。僕の理解者だよ」
「あたしの事は?」
「テリーだって大切だよ。テリーは僕の初めての友達だもん」
「なのに、会わせてくれないの?」

 ニクスが眉をひそめる。

「あたしが王様にこれだけ会いたいって言ってるのに、会わせてくれないのね」
「…………」
「なんだか悲しいわ」

 そっぽを向く。

「あーあ、悲しいわ」

 ニクスが黙る。

「ニクスのこと、大切な友達だと思ってたのに、秘密を共有出来ないなんて、悲しいわ」

(さあ、どう来る?)

 あたしは拗ねたフリをする。ニクスが眉を下げて、困ったような目であたしを見つめる。

(さあ、どう来る?)

 あたしはニクスから目を逸らす。

(さあ、どうする? ニクス)

 初めての友達が、雪の王様に会いたがってるわよ。

(どうする? ニクス)

 ふと、ニクスが息を吸い込んだ音が聞こえた。振り向くと、ニクスが息を思い切り吸い込んで、


 ―――歌った。


 鏡よ、鏡よ、鏡さん、
 この世で一番美しいのは誰。
 鏡よ、鏡よ、鏡さん、
 この世で一番美しいのは、テリー。
 鏡よ、鏡よ、鏡さん、
 この世で一番美しいのは、友達のテリー。
 鏡よ、鏡よ、鏡さん、
 この世で一番美しいのは、プリンセス。
 プリンセスの名は、テリー・ベックス。


 きょとんとした。
 ぱちぱち瞬きをする。
 ニクスがあたしの間抜けな顔を見て、くすっと、笑った。

「なんて顔してるの」

 あたしの頰に、ニクスが手を添えた。

「僕の声、そんなに美声だった?」
「……今の」
「あー、なんか、店のラジオで聴いた歌なんだ」

 プリンセスはテリー・ベックス。

「ちょっと歌詞を変えてテリーにしてみた。だって、僕にとってテリーは、プリンセスみたいに綺麗なんだもん」

 ニクスがあたしの手を握った。

「ね、テリー」

 ニクスは、純粋な笑みを浮かべる。
 純粋な目で、あたしを見つめる。

「お城には入れられないけど」

 手袋と手袋が握られる。

「テリーが望むなら、僕がテリーの騎士になるよ。テリーにもしもの事があったら、僕が身を呈して守ってあげる」

 黒い瞳があたしを見つめる。

「だから、許して」

 笑顔のまま手が震えた気がした。

「僕を許して」
「馬鹿」

 その手を握り締める。

「あんたは騎士じゃなくて、友達でしょ」
「……へへ。そうだった」
「そうよ」

(ここまでだ)

 あたしは立ち上がり、ニクスの手を引っ張った。

「帰ろう。ニクス」
「うん」

 ニクスも立ち上がり、寒い寒い遊び場所から離れていく。繋ぐ手が揺れる。

「ねえ、テリー」
「ん」
「明日は遊べる?」
「21時でいい?」
「うん」
「抜け出してくる」
「怒られない?」
「その時間ね、ママの大好きな官能小説の朗読がラジオで流れる時間なの。だからばれっこないわ」
「かんのうしょうせつって、何?」
「えっちな物語」
「わっ、それって、大人しか聴いちゃいけないやつ?」
「そうよ。大人しか聴いちゃいけないやつよ。ママは21時になったら、必ず部屋にこもって聴いてるの。一人でね」
「わあ、大人って、なんだかすごいね。テリー」
「そうね。すごいわね」
「僕はどんな大人になるんだろう」

 ニクスが夜空を見上げた。

「わあ、素敵。テリー、星が綺麗だよ」

 あたしも見上げると、夜空いっぱいに、輝く星が広がっていた。



(*'ω'*)


 真夜中。

 暗いあたしの部屋に風が吹いた。どうやら誰かが忍び込んだようだ。もう良い子は寝る時間なのに、こいつはいけない子だ。

 そっと瞼を上げる。部屋は真っ暗だ。あたしの後ろに、誰かが寝転がった。そして、あたしの背中に背中をくっつけた。

「今夜はどうだった? テリー」
「珍しいわね。こんな時間に」
「今日はずっとメニーと遊んでいたからね。君と話が出来なかったと思って」
「そう」
「いつ戻ったの」
「一時間前くらい」
「よくバレなかったね」
「裏道を通ってきた」
「裏道って?」
「一度目の世界で、メニーがよく出入りしてた道」
「ああ、あそこか」

 裏門から階段を上がり、屋根裏を通って、屋敷へ入る裏の道。

「非常用の道だから、普段は誰も使わないし、誰もいない。抜け出すならその道しかないわ」
「今日、大きな地震があった。ニクスはなんて言ってた?」
「怖いって」
「地震が? 巨人が?」
「地震が」
「巨人について、何か言っていたかい?」
「巨人については何も言ってない。というか、その話をしたら、ニクスは笑ってた。そんなものいないって言って」

 暗がりの中、暖炉の火だけが明るい。

「いるのは王様」

 火が揺れる。壁に映るドロシーの影が動いた。寝返り、腕を伸ばして、あたしのお腹に手を置いた。

「王様?」
「雪の王様」

 あたしがドロシーの手の上に手を重ねた。

「一度目の世界でもニクスが言ってたわ。遊び場所にあるトンネルよ。そこの事を雪の城。遊び場所の事を雪の王国。そして、それを治める雪の王様」

 雪の王国にある雪の城には怖い怖い雪の王様が住んでいる。
 危ないからテリーは近づいちゃ駄目だよ。

「ドロシー、あたしにも子供だった時があるのよ。純粋な子供だった時。子供って、駄目って言われたらやりたくなるのよ。旺盛な好奇心って自分じゃ止められないの。どうしても雪の城に入ってみたくなって、ニクスに内緒で一人で入ったことがある」

 でも、入れなかった。

「風の音じゃない音が聞こえた気がした」

 唸り声。

「進めば進むほど、音が風じゃなくなるの。なんだか、獣の唸り声のような音になった気がして」

 怖くなって、

「あたしは逃げ出した」

 それから、ニクスと遊ぶ時も、雪の城には近づかなかった。

「でも、子供って結局想像力が豊かだから、目に見えない何かって、すごく怖いと思うのよ。あたしもそうだった。でも、今なら思う」

 トンネルの最奥部には、本当に何かがいたのだろうか。

「今なら、確かめに行く事が出来る」

 そこに巨人がいるのか、
 そこに王様がいるのか、

「この目で確認する事が出来る」

 ドロシーの手を後ろに退けた。

「重い」
「はいはい」

 ドロシーが仰向けに寝転がる。

「で、明日行くの?」
「そうね。明日行ってみる」
「確認しに?」
「ええ」
「もし本当にいたらどうする?」
「そこはあんたの出番でしょ」

 今度はあたしが後ろに寝返る。天井を見るドロシーを見る。ドロシーが眉間に皺を寄せていた。

「テリー、僕ね、最近予知が出来るようになったんだ」
「あら、流石魔法使い様だわ」
「君は僕にこう言うんだ。ねえ、ドロチー、あたちになんかちゅごく良い感じの魔法かけてよ。ぷう」
「分かってるじゃない」
「嫌だよ…! 面倒くさい…!」

 うんざりしたようにドロシーがあたしに背中を向けた。あたしはドロシーに顎を乗せる。

「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「明日の朝でもいい?」
「あんたどうせ寝てるんでしょ。駄目よ。寝ぼけて変な魔法かけられるくらいなら、今かけてよ」
「人遣いが荒すぎる! 勤務時間はとうに終わってるよ! 一昨日来やがれ!」
「もし本当に王様がいたらどうする気? あたしが殺されたら、あんたのせいよ」
「君みたいに悪知恵の働く奴が、そんな簡単に殺されるわけないと思うけどね」
「ドロシー、あたしのか弱さひ弱さ儚さを舐めないで」
「何が儚さだよ…。君のどこに儚さがあるんだよ。面倒くさいしうるさいし…」

 ドロシーがあたしと手を繋いだ。すっと、息を吸って、言葉を吐き出す。

「心と愛が盗まれた。優しき少年呼び覚ませ。目指せよ。雪へ。目指せよ。城へ」

 その瞬間、あたしの体温が暖かくなる。急に体がぽかぽかしてくる。寒さは感じない。ひたすら、暖かい。シーツなんか無くても、あっても、あたしの体は太陽に包まれたように暖かくなる。

「うわ、何これ。何したの?」
「君から寒さを取り除いた」
「寒さを取り除く?」
「これで寒いのなんか気にしないで、好きなだけ外で動き回れるっていうわけさ」

 ドロシーが欠伸をした。

「さ、これで凍死の危険性は無くなった」

 あたしと距離を置きたがっていたはずのドロシーが、ぴったりとくっついてきた。

「ああ、暖炉人間だ。暖かい…。君もたまには役に立つじゃないか…」
「あたし、暖炉になったの?」
「違うよ。寒さを一時的に抜いただけ。時間が経てば、そのうち魔法は解ける」
「それまでなら寒さを感じない」
「そういうこと」
「あんたもたまには役に立つじゃない。ドロシー」

 あたしはにんまりと笑う。

「ニクスがどうして約束を破ったのか、これで突き止められる」

 あたしは拳を握る。

「覚悟おし! ニクス! あたしに隠し事は出来ないのよ!」
「はあぁあ…、あったかいぃ…」

 ドロシーがあたしに抱き着いて、涎を垂らした。

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