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五章:おかしの国のハイ・ジャック(後編)

第6話 10月20日(3)

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 公園の池では周りがもみじの木に囲われ、色とりどりな風景が広がっていた。水面に置いてあるボートを見て、ソフィアがはっと目を見開く。

「テリー、見て。ボートに絵が描かれてる」

 白鳥、アヒル、カモ、ペンギン。シロクマ。

(……なんでシロクマ?)

「テリー、何に乗る? ねえ、何に乗りたい?」

 ソフィアが目をきらきらさせてボートを見つめる。

「白鳥がいい? ああ、でもアヒルも悪くない。あの醜い顔のつぶらな瞳が恋しい。カモなんてどうかな? あの口が最高にキュートだよ。ペンギンも悪くない。シロクマも白さがいい。さあ、どうする?」
「あんたって、なんでそういう変なところで無邪気な目をするわけ? やめろ。そんな目であたしを見るな。きらきらしてて眩しいのよ」
「何? つまり、テリーは私の瞳に見惚れてしまうということ? くすす。そういうことなら、もっと見ていいよ。見つめ合おう」
「馬鹿なこと言ってないで行くわよ。白鳥の絵のやつがいい。綺麗な感じがするから」
「素晴らしい選択。よし、行こう」

 あたしの手を取って、ソフィアと受付に行く。

「すみません」
「へい! いらっしゃ……わお! 超美人!」
「大人二枚」
「しゃらくせえ! 今日はレディースデイだい! 半額にしてやるよ!」
「ありがとうございます。素敵なおじ様」
「でへへ……。何のこれしき……」

 でれんとした受付の男性からチケットを買い、瞼を閉じたソフィアがあたしの手を引く。

「よし、半額にしてもらった。ああ、顔がいいとこういうサービスがあるからいいね」
「……ねえ、あたし今立ち眩みしたんだけど。あんたの目を見て」
「くすす。何のことかな?」

 黄金の目がにっこり笑い、ボートの近くにいる従業員にチケットを渡す。白鳥の絵がデザインされたボートに案内されて乗りこむ。池の水がふわふわとボートを浮かせて揺れる。ソフィアが座り、オールを持つ。

「テリー、落ちないようにね」
「分かってる」

 ボートが池の上をゆらゆらと進んでいく。ソフィアがゆっくりとオールを漕ぐ。あたしは池を見下ろす。鯉が泳いでいる。ゆらゆらと池が揺れる。水面にあたしが映っている。鯉が泳ぎ続ける。秋風が吹く。あたしのおさげが揺れる。ドレスが揺れる。ソフィアの髪も、ドレスも同じように揺れる。ボートが揺れる。池が揺れる。水が揺れる。鯉が泳ぐ。秋風が吹く。紅葉が飛ぶ。

「小さい頃、私の父もこうやってボートに乗せてくれたんだよ」

 ソフィアが景色を眺めながら独り言のように言った。

「水の上って好き。ゆらゆらしてて、地上とは違う安心感がある。不安定でもあるけどね。タナトスを見つけた時、なんて素敵な港町なんだろうと感動したんだ」
「確かにタナトスは綺麗よ。監視カメラが多いけど」
「隠れ家は魔法の笛で簡単に作れたから、しばらくあそこに居座ってたよ。そうだ。今度一緒に旅行に行かない?」
「結構。タナトスに行くと嫌な記憶が蘇るわ」
「嫌な記憶って?」
「着せ替え人形。あんたの餌にされた。唄を馬鹿にされた。エトセトラ」
「くすす。またやってみる?」
「結構」
「やってみようよ」
「結構よ」
「じゃあ、やってみて、もしテリーが良い唄を作ったら、この間の図書館での借りは無しにしてあげる」

 じろりと見ると、ソフィアが微笑む。

「さあ、どうする?」
「……無しになるのね?」
「いいよ。良い唄を作れたら、だけどね」
「ふん。あたしに勝負を挑むなんて上等よ」

 あたしは腕を組み、足を組んだ。

「おら、お題を」
「うーん、そうだなぁ……」

 ソフィアがオールの手を止め、思いつく。

「では、『お菓子』で」
「お菓子……」

 あたしはソフィアに首を傾げる。

「何でもいいの?」
「いいよ」

 あたしは頷き、少し考え、秋風が吹いたのを感じて、すっと息を吸って――唄った。


 ソフィアがある日
 タルトをつくった
 ある秋の日 一日かけて
 ランチに美味しく頂いた
 切り裂きジャック
 タルトを盗った
 そっくり 記憶も持ち去った
 ソフィアが怒って
 タルトを返せと
 記憶を返せと
 ジャックをぶった
 切り裂きジャック タルトかえし、
 誓って言った
 もう決して盗りません 


「テリー、唄だよ。唄」

 くすすっとソフィアが歌う。しかし、気まずそうなあたしの顔を見て、はっとする。

「え? 今の唄?」

 じろりと睨むあたしに、ソフィアがはっと息を吸い、ぶふっと吹いて、大爆笑。

「あはははははははははははははは!!!!」
「お黙り! 黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 苦手って言ってるでしょう!」
「唄!! 今のが唄!! あっはははは! はははははは! ひーーーー! あははははははは!!」
「うるさいうるさいうるさい! 笑うな笑うな笑うな!! 即興なんてね!難しいのよ!! 無理難題なのよ!! 黙れ黙れ黙れ!! 人の努力を笑うなんて最低よ! あたしの努力を知らないから笑うのよ!! 畜生! 下りる! さっさと地上にあたしを戻して一人で池で鯉と泳いで恋に溺れたらいいわ!! ばーーーーか!!」
「ねえ! 今のは!? 今のは毒舌!? 唄!? どっちなの!?」
「今のはあんたに言ったのよ!!」
「ああもう聞き分けがつかないよ! あははははははは!!」

(畜生……!!)

 俯いて歯をくいしばる。一方、ソフィアはくすくすとおかしそうに笑う。

「ふふふっ! テリーといるとやっぱり飽きない。もう少し秋風に当たってようよ」
「茶化すなら下りる」
「まだ時間はたっぷりある。もうちょっと付き合って?」

 ソフィアがオールを漕ぐ。また水面がゆらゆらと揺れる。

「ねえ、テリーもこんなに小さくて庶民臭いボートにも乗ったりするの?」
「……最近はない」

 むくれながら、答える。

「……でも、昔はあった」
「そう。ご家族と?」
「……パパと乗ったわ」

 アメリはママと。
 あたしはパパと。

「小さなボートで、二人だけしか乗れないやつ。あたしの姉さん、ママっ子だから、姉さんはママと乗って、あたしはパパと乗った」
「へえ。楽しかった?」
「……そうね。楽しかったわ。パパがユニークな冗談を言ってくれるの。あたしは小さかったから、パパの冗談を素直に聞いて、意味が分からないのに笑ってた」

 ――布団がふっとんだ!
 ――あはははは!
 ――鯉が恋した!
 ――あはははは!
 ――おばちゃまが池におばっちゃま!
 ――あははは! ママー! ここよ! ここー! あはははは!

(……あの頃は確かに子供だったわ)

 何も知らない、素直な子供だったわ。
 ソフィアがオールを漕ぎながら、訊いてきた。

「お父様はお元気?」
「天国にいる」

 鯉が池の水を跳ね飛ばす。

「詳しくは知らないけど、……あたしが8歳くらいかしら。遠くの町で入院して亡くなったみたい。ママはそれを離婚したって嘘ついて、お金目的でメニーのお父様と再婚した」

 で、

「メニーのお父様も亡くなった。ママって男運無いみたい」

 ちらっとソフィアを見る。ソフィアは微笑んでいる。

「……あんたよりマシよ。あたしにはまだママがいるんだから」

 ソフィアが微笑んだまま、目を伏せた。

「テリーはお母様が好きなんだね」
「当然よ。ベックス家を継いで、あたしがママを守るのよ」
「野心に燃える君はより一層美しい。そんな君も恋しい」
「……あんたは親好きだった?」
「好きだよ。だから自殺も考えたんだ。傍に行きたくて」
「……訊いてもいい?」
「どうぞ」
「ご病気?」
「事故」

 秋風が吹く。

「旅行の帰りでね。二人とも事故にあった」
「……いつの話?」
「私が……18歳くらい……かな?」
「……」
「くすす。どうして君がそんな顔するの」

 お陰で、あっという間に大人になれたよ。

「……見たくないものを見すぎて、子供の気持ちを忘れちゃった」

 ソフィアの髪の毛が揺れる。

「だからとても楽しいよ。今日、君といられて」

 ソフィアと目が合う。

「図書館、どうなの? やっていけそう?」
「やりがいはあるよ。毎日色んな人に会えるし、子供は嫌いじゃない。本を借りる時の笑顔がとても恋しいんだ」
「そう」
「キッド殿下からもお給料をいただけてるし、図書館からも働いてる分を。その上、借金もない。生活は今までと比べものにならない以上に楽になった。救われた。本当にテリーのお陰」
「……あたし、何もしてないけど」
「君が救ってくれた」

 ソフィアがオールを漕ぐのをやめた。

「私を拾ってくれた」

 捨てられて、ぼろぼろだった私を。

「テリーだけが救いの手を差し伸べてくれた」

 ソフィアが柔らかく微笑んだ。

「ありがとう。お父様のこと教えてくれて」

 ぽつりと呟いた。

「辛いだろうに」

 鯉が泳ぐ。

「ねえ、テリー」

 ソフィアが横に手を置いた。

「隣に来てくれない?」
「……ボートが傾く」
「大丈夫。そうならないように座る場所が中心の近くにあるんだよ」

 ソフィアが眉をへこませた。

「お願い。今だけ来てくれない?」

 いつものいやらしい目が、とても寂しそうに見てくる。

(……小賢しい奴……)

 だが、気持ちは分かる。
 死んだ親のことを考えると、胸が空しくなる。どこか、体に大きな穴が空いたような感覚に陥る。
 牢屋で、死んだママと、死んだアメリのことを考えてたら、あたしは鼠達の傍に寄っていた。鼠達の声が、唯一の癒しだった。

(……いいわ。少しくらいなら、こいつの鼠役になってあげても)

「これで貸しはちゃらよ」

 あたしはソフィアの隣に座る。ボートが揺れるが、座る場所がボートの中心近くにあるため、あまり傾かない。
 ソフィアの腕とあたしの腕がぶつかった。視線を池へ向ける。
 水面が揺れている。ボートも揺れている。
 ソフィアの手が動いた。
 あたしの腰に手を添える。
 それだけでは物足りないのか、腕が伸びる。
 横から、ソフィアが抱きしめてきた。

(んっ?)

 ぽかんと瞬きすると、きゅっと、その腕に力が入る。

「テリー」

 寂しそうな声が、耳に囁かれる。

「お願い」

 寂しそうな吐息が、耳にかかる。

「私の傍にいて」

 ソフィアの声が響く。

「ずっと隣にいて」

 ソフィアの豊満な胸があたしの体にくっつく。

「テリー、君が好き」
「恋しい」
「ねえ、お試し期間でいいから本当に私と付き合ってみない?」
「一週間でもいいよ」
「三日でもいいよ」
「ねえ、短期間でいいから恋人になってみない?」
「寂しくなったら甘やかせてあげる」
「可愛い私のプリンセスって、愛でてあげる」
「こうやってくっついて、一緒にいて」
「君から寒い秋風を盗んであげる」
「だから君は、こうやって私のことを温めて、悪さをしないように見張ってて」
「テリー」
「ねえ、テリー」

 寂しそうな声に、ぽかんとする。

「テリー」

 ソフィアの指に顎をすくわれる。クイ、と顔をあげさせられる。
 顔をあげれば、ソフィアと目が合う。

 寂しそうな、黄金の目と目が合う。

「テリー」

 寂しそうな目が、声が、あたしを見つめ、あたしを呼ぶ。

「テリー……」

 ソフィアが近づく。
 ソフィアの目があたしに近づく。
 吸い込まれるような金の瞳を見つめる。
 動けない。
 その美しさに見惚れているあたしがいる。
 催眠を使われていないのに、その場を動けないでいるあたしがいる。
 ソフィアが近づく。
 ソフィアの顔が近づく。
 ソフィアが顔を傾けた。
 ソフィアの瞼が下りていく。
 ソフィアの赤い唇があたしに近づく。

(あ)

 手を握られる。

(あ)

 顎を掴まれている。

(あ、しまった)

 はっと我に返る頃には、もう遅い。

(キス、される)

 ソフィアの唇が、あたしの唇に、ほんの数ミリで、くっつく、


 寸前に、


 ボートが真っ二つに割れた。

(えっ)

 あたしは瞬きする。割れている。ボートが割れている。

(えっ)

 座ってた方のボートがぐらりと揺れた。あたしは慌ててソフィアにしがみつく。

「うぎゃぁああああ!? 何!?」
「……ああ……」

 顔を上げたソフィアがうんざりした声を出した。

「やられた」

 大きい水しぶき。真っ二つに割れたボートがひっくり返る。あたしは悲鳴を上げる。何かに首根っこを強く引っ張られる。

「ぐえっ!」

 あたしの体が宙を飛ぶ。

(えっ)

 そして、世界が反転する。

(何これ。あたしとうとう死ぬの?)

 宙に浮いて飛んで落ちているあたしの体。

(それとも、もう死んだの?)

 血の気が引く。顔が青くなる。くるりと体が回る。
 何かに抱えられる。視界がきらきらする。視界がチラチラする。

(なに? なに? なに? 何が起きてるの?)

 あたしのおさげが揺れる。あたしの体が揺れる。池の中心にいたのに、いつの間にか地上に移っている。

(は?)

「よっと!」

 あたしを腕に抱き抱えたキッドが軽やかに地面に着地し、池に振り向く。池ではひっくり返り二つに割れたボートが浮かんでいた。ソフィアの姿はない。それを見たキッドがにこりと微笑む。

「失礼。レディが嫌がってる。しつこいのは感心しないな」

 あたしは黙ってキッドを見上げる。
 キッドがあたしを見下ろし、美しく微笑む。

「さ、帰るよ。テリー。あんな泥棒猫に構う必要はない」
「心外ですね。キッド殿下。これはプライバシーの侵害ですよ」

 いつの間にか木の上にいたソフィアが木から下りる。華麗に地面に着地し、口角を上げ、キッドを睨んだ。キッドも口角を上げ、ソフィアを睨んだ。

「人の物に手を出そうとして、何が心外だ。何がプライバシーの侵害だ」
「二人の恋を育むためのデートの邪魔をするなんて、王子様としてどうなんですか?」
「二人の恋?」

 キッドの片目が痙攣した。

「誰と誰が恋をしてるって? まさかソフィアとテリーだなんて、馬鹿げたことを言うんじゃないだろうな?」
「去年、テリーが教えてくれましたよ。キッド殿下。自分はあなたとの婚約を解消した。婚約者だったのは過去の出来事だったと……」
「ははっ。それは期待に応えられず申し訳ない。残念ながら婚約を解消するなんて馬鹿げたことはしてない。確かに思えば、曖昧な婚約だったと言えるだろうけど、俺とテリーは去年、お前のお陰で親睦を深め、愛を深め、正式な婚約者になったんだ。俺達は来年結婚する。……そうだよね? テリー」
「……しない」

 答えると、キッドに無視された。

「ソフィア、俺とこいつは心の奥深くの底から愛し合ってるんだ。諦めろ。お前の入る隙間は一ミリだってないよ」
「それ、こちらのレディ達にも言ってもらっていいですか?」
「うん?」

 キッドが笑顔で首を傾げる。
 ソフィアが木を思いきり蹴った。
 ソフィアのワンピースが揺れたと同時に、木の後ろから二人の影が出てくる。

「ひゃっ!」
「きゃっ!」

 ディアストーカー・ハットとインバネスコートをお揃いで身に着けたリトルルビィとメニーが、重なって倒れた。

「むきゅう!」
「あ! ごめん! リトルルビィ!」

 メニーが慌ててリトルルビィから体を退かす。リトルルビィも急いで起き上がる。
 あたしは顔をしかめ、二人を見る。

「……あんた達、ここで何やってるの……?」
「ち! 違うの! テリー!」

 顔を青ざめたリトルルビィが首を振った。

「メニーと遊んでる時にGPS見たら、ソフィアとテリーが一緒にいるから、何やってるんだろうと思って!」

 メニーが帽子を被り直した。

「お姉ちゃんがソフィアさんに何かされてるんじゃないかって、リトルルビィがすごく心配しだしたから……」
「探偵になって!」
「二人で後を追おうって」

 その名も、

「「ホームズごっこ!」」
「メニー、貴族令嬢としてなってないわ。来なさい。説教よ」

 メニーの顔が引き攣った。

「お姉ちゃん、リトルルビィは?」
「ルビィも」

 リトルルビィが拳を握って、真剣な眼差しであたしを見た。

「違うもん! テリーを守ろうとしただけだもん!」
「もう。だからやめとこうって言ったのに」
「メニーも服なんか用意して、ノリノリだったくせに!」
「だって、ホームズごっこ楽しそうだったんだもん! ホームズになってみたかったんだもん!」

 ぴーぴー言い争う二人の横で、ソフィアが腕を組んだ。

「キッド殿下、この可愛らしいレディ達を連れて帰ってください。そして私にテリーを返してください」
「嫌だね」
「横入りはマナー違反では?」
「俺のメッセージを無視したのはお前だ」
「何のことですかね?」
「今日テリーと出かけたら邪魔してやるって何度も送ったはずだ」
「ああ、これはこれはすっかり忘れていたようです! そんなクソガキが送ってくるようなどうでもいいメッセージ、見たことも忘れてました!」

 だって忘れるくらい、幸せでしたからね!

「キッド殿下」

 ソフィアは微笑む。

「テリーと池の上でボートデート、したことありますか?」

 ソフィアの一言で、キッドがそっと、丁寧にあたしを地面に下ろした。そして、腰にかける鞘から剣を抜き、ソフィアに構える。

「ソフィア、一度決着をつけた方がいいようだ」
「おやおや、相変わらず手荒い方だ」
「リトルルビィもお前も、直接言わないと分かってもらえないなんて俺は悲しいよ」

 ああ、そんな部下達の世話をしている俺ってなんて良い奴なんだ。

「ソフィア」

 キッドは微笑む。

「お前、テリーと口にキス、したことある?」

 キッドの一言で、ソフィアがお出掛け用鞄から、銃を二丁取り出した。

「キスだなんて、テリーには早いのでは? まだ14歳ですよ?」
「テリーは特別だ」
「へえ。特別ですか」
「だからお前は帰れ」
「あなたが帰られてはいかがですか?」
「横入り」
「それはあなたでしょう? 私が先にデートを申し込んで受け入れてもらった」
「……デートじゃない……」

 答えると、キッドとソフィアに無視された。

「先にテリーを見つけたのは俺だ。そして先にテリーと婚約したのは俺だ。そして、先にテリーに恋をしたのは俺だ。お前じゃなくて、俺だ」
「何を言っているのやら。例え先にあなたがテリーと婚約していたとしても、そのテリーが婚約破棄したいと言ったのであれば、それはあなたが気に入らなかったから言っていたのでしょう。キッド殿下、これが現実です。テリーはあなたが嫌いなのです。私のことが好きなのです」
「……好きじゃない……」

 答えると、再びキッドとソフィアに無視された。

「何を言っているのやら。聞こえなかったか? お前にとっては残念だろうけど、俺、テリーとキスしてるんだよ? こいつの唇、すっごく柔らかいんだ」
「どうせあなたが無理矢理していることなど承知の上です」
「そうよ! そうよ!」

 リトルルビィが声を出した。

「無理矢理キスされてるのよ! テリーが可哀想!」
「誰でもかれでもキスをすればあなたの物になると思っているなら、大間違いですよ。キッド殿下。テリーは私のものです」
「違うもん! テリーは私のなの! テリーの運命の相手は、私なんだから!」
「お前達そろそろいい加減にしてくれない? テリーと婚約してるのは俺だよ? 意味分かる? 結婚の約束をしてるんだよ。夫婦になるんだよ。俺とテリーは結婚するんだよ。つまり、テリーは俺のものなわけ」

 キッドの言葉に、ソフィアの言葉に、リトルルビィが大袈裟なため息をついた。

「ねえ、テリーは働き口を探して困ってる時、私を頼ってきたのよ。ソフィアとキッドは仕事しててテリーが困ってることなんて知らなかったでしょう? いい? 二人がテリーを放っておくから、テリーが困ってたのを真っ先に相談したのは私なのよ。つまり、テリーは私を頼りにしてるの! テリーは私が好きなの! テリーは私のものなの! 納得しましたか!?」

 キッドとソフィアがリトルルビィに優しく微笑む。

「リトルルビィ、お前が子供で可愛い女の子だから俺は黙ってあげてるんだよ」
「リトルルビィ、私に虐められたくなければ黙って帰った方がいい。飴ちゃんあげるからメニーを連れて帰りなさい。いいね?」
「そうやって二人して私を子供扱いして!」

 ま、いいけど?

「キッド、ソフィア」

 リトルルビィが微笑んだ。

「毎日朝から晩までテリーの傍で働いたこと、あるっけ?」

 リトルルビィの一言に、キッドが剣を、ソフィアが銃を、リトルルビィが牙を見せた。

「くくくくくく……」
「くすすすすす……」
「うふふふふふ……」

 三人が笑う。楽しそうに笑う。愉快に笑う。三人がじりじりと動き出す。あたしは歩く。メニーの手を握り、引っ張る。メニーが引き攣った顔であたしを呼ぶ。

「お姉ちゃん……」
「メニー、ここからは18歳以上は見ちゃいけない禁断の領域よ。こっち来なさい」
「……止めなくていいの?」
「……なんで?」

 あたしは切実な意見を述べる。

「あたし、何も悪いことしてないじゃない」

 メニーを引っ張って歩いていく。後ろからは、凄まじい戦闘音が鳴り響いていた。

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