ヒロインは始まる前に退場していました

サクラ マチコ

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山籠もり

第489話 修行の目的

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 格好良い紋章を考えつつ、二人で牛丼を食べる。
 紅くはないけど、生姜ガリもある。
 ちょっと紋章に熱中しすぎてマルネギ玉ねぎが半分ほど消えてしまっているけど、それもまた良い。

「美味いなぁ。牛丼屋をはしごするぐらい好きだったんだ」
「ああ、お店によって結構味が違いますもんね。はしごはしないけど分かります」

 幸せそうに食べてくれるから作り甲斐があるってもんですよ。
 チアキさんは好き嫌いもしないし、毎回美味しかったなどの感想と、ありがとうを言ってくれる。

「俺は料理が苦手だからな、作ってくれた人に感謝するのは当たり前だろう?」
「チアキさんが何で結婚できなかったのか、謎過ぎますね」

 結婚したら所有物扱いされるようになった、というのはSNSでもよく見た覚えがある。自分が稼いでいるのだから、お前は家事をして当り前。というやつだ。
 いやいや、待て待て。
 考えてみろ、家事代行サービスは掃除、洗濯、一食分の料理かな。それぐらいで二時間六千円以上はしたはずだ。
 それが一か月毎日依頼すれば十八万円、奥さん(もしくは旦那さん)の場合は、それ以外に朝と必要があれば昼の食事も準備してくれるし、買い物だって必要だ。
 子供がいたらその世話に、学生だったらお弁当だってあるかもしれない。
 だったらお相手にせめて十八万円は渡せよと思う。
 いや、お前も食事などは享受しているじゃないかというのであれば、せめて半額は渡せよと。
 お前が外で何も考えずに仕事が出来るのは、家を快適にしてくれるお相手がいるからだろうがよ! とよく思っていた。

「ヴィオは何歳ぐらいだったんだろうな」
「う~ん、成人していたとは思うんですけどね、よく思い出せないんですよ。時々自分はオッサンだったのかなって思うこともありますし、だけど腐女子だった記憶もあるので、予想としてはオタク系アラ還バリキャリ女子だったのかなって思ってます」
「ぶはっ! すげえパワーワードだな。
 まあだけど料理の知識もある、冷静に物事を考える力がある事を思えばそれなりの年齢だったのはありえるな。アラ還だったら俺より年上だな」
「いやいや、こっちで既に百歳越えてる時点で負けてますから」

 自分の事を思い出せないという事は、友人や親兄弟の事も思い出せないという事で、それだけはなんだか申し訳ない気がするけれど、まあしょうがないよね。
 二人で覚えている日本の記憶などを話していたら、好きだった漫画や映画の話になり、今回の修行のきっかけとなる忍者の話になった。

「ベル君も来たがってたけど残念でしたね」
「あ~、そうだな。だがヴィオの修行をするにはベル坊はいない方が良いからな」

 手裏剣に関してはベル君も一緒に選んでいて、私が使うものとは違うものを選んでいた。ドラ忍者がそのうち誕生する予定ですよ。

「そうなんですか?」
「ああ、最初に言ったが、ヴィオは我慢をし過ぎるきらいがあるだろう?
 多分それは前世の記憶がそうさせるんだとは思うが、記憶は記憶なんだよ。それに助けられることはとても多いと思うけど、それに振り回される事も多いはずだ」

 チアキさん曰く、白雪さんやルイスさんとも話し合って、今回の修行が決められたそうだ。
 ベル君は私という年齢が近くて、しかも女子、しかもヒト族が現れたことで競争心に火がついた。弱いはずの私に負けることで努力をする必要性を感じるようになった。
 それまでは相手が強大すぎて「そんなの無理だもん」「大人になればできる」と諦めることが多かったのに、私がくらいついているのを見て、負ける訳にはいかないとなっているんだとか。

「だけどヴィオにとってのベル坊は競争相手ではないだろう?」
「あ~、まあ可愛い弟というか、息子というか、そんな感じですね」

 チアキさんに苦笑されてしまったけど、中性的なベル君は美少年というよりまだ美少女感が強いし、感情を素直に表現するところは黒猫兄弟のようで非常に可愛らしいのだ。

「まあ、ヴィオの前世の記憶がそれなりの成人であれば、あの子供丸出しのベル坊は可愛いと思うだろうな。だが、それが駄目なんだよ。
 多分ベル坊の前ではお姉さんでいようとするから弱音を吐けなくなるだろう?」

 確かにそれはあるかもしれない。格好良いところを見せたいという浅ましい気持ちが無いとは言えない。

「俺はヴィオと同じ経験をしている。
 子供の頃に成人としての、アサカチアキとしての記憶に振り回されたこともある。
 身体は子供だからな、やっぱり精神は身体に引っ張られるんだよ。成人する頃には馴染んでくると思うが、ヴィオはまだ洗礼したばかりだろう?
 その辺りのフォローも出来る俺だけなら弱音も吐きやすいかと思ってな」

 忍者をマスターさせたいというのも本気だけどなと言われて肩の力が抜けた。
 私は本当に周囲の大人たちに恵まれていると思う。

「何も返せないし、私と関わったせいでチアキさんが不幸になるかもしれないですよ?」
「ははっ、もうすでに十分貰ってるさ。ベル坊とルイスを助けてくれた、俺達に新しい魔法を教えてくれた、こんなに美味い飯を食わせてくれた。イブ達だって数百年ぶりの経済効果だって言ってたくらいだ。
 ヴィオが齎せたものはこの島の多くの奴らにとって素晴らしいものだって事は忘れないでくれ」

 助けたのは記憶がない時の事だし、魔法は元々失敗から生まれたやつだ。美味しいご飯は自分が食べたかったからだし、モフッコ関連のアレは確かにそうかもしれないけど、チアキさんが連れて行ってくれなければ会うことはなかった相手だ。

「で、でも、お母さんだって、お父さんだって、私のせいでし……死んじゃったんだよ。チアキさんだって!」
「ははっ、出会った時に言ったと思うけどな、俺の寿命は多分そう残っていないんだよ。だけどな、俺もう183歳なんだぞ? 魔人族は150歳から200歳くらいが平均寿命なんだ。十分長生きしてるって事なんだよ。
 いつ死んでもいいと思って終活してたこのタイミングでヴィオに会えたのは、神の采配だと思わんか?」

 最近美味しいものを食べたことで前より元気になっている気がするとか、確かに初めて会った時より白髪が減っている気はするね。

「ヴィオが大陸に帰るまでは死なないって約束する。本当はあっちにも久しぶりに行きたいけど……、いや、面倒に巻き込まれそうだから止めとこう。
 ヴィオが寿命を迎えるより前に死ぬのは確定してんだ。だから気にするな。
 ヴィオの母さんと親父さんが死んだのは不幸だったが、それはヒトの悪意がそうさせただけだ。貴族だけじゃない、権力や金が絡むとクソになる輩はいるんだ。
 俺はそれが嫌だったからこの島に籠ってるってのもあるけどな」

 竜人族は間違いなくこの世界で最強の種族だと思う。だけどあちらの大陸でも会った事は無いし、行っていた人たちも種族は隠していたという。
 彼らが本気で力を合わせれば国を制圧することは簡単だろう。魔人族だってその魔力の多さがあれば蹂躙することは出来る筈だ。
 だけどそれをしないのは「面倒だから」その一言に尽きるというのだ。

「俺たちは長命種だろう? 魔人族の中でもそういうのが好きな奴らはあっちの大陸に残ったが、大抵の奴らは平和主義者というか、無駄な争いを望まない奴が多かった。国ってのは弱い奴らが集まって、他から襲われないために護りを固めるものだろう?」

 雨風をしのぎ、寒さに震えないために家を作る。
 田畑を作って食えるものをつくる。
 田畑が魔獣から襲われないために柵を作る。
 魔獣に対応するために武器防具を作る。
 安全になったらそこに人が集まる。
 人が集まれば、田畑を増やす必要があり、助け合う為に家を近くに建てる。
 村という大きさから、人が増えれば町になり、街になり、国になる。

「町や国が大きくなれば流通が生まれ、金が回る。そうなってくると色んな権利とかが出てくるようになるだろう? 
 最初は生きる為だけにやっていたことが、経済に絡むようになってくるわけだ。
 そうなってくると寿命が短い種族は、自分が生きている短い時間でどれだけ贅沢をして、旨い思いが出来るかって事に意識が向いていくんだよな。
 ヴィオは5歳から色々考えたかもしれんが、普通の奴らがそこまで考えるようになるのは、成人する頃からだろう? だとすれば平均寿命が70歳くらいのヒト族が楽しめるのは長くて四十年くらいって事だ」

 だからこそ策を巡らせ、罠を仕掛け、相手を陥れて、蹴落としてでも自分が上に行こうとするのだとチアキさんは言う。

「上に立つまでは良いかもしれんが、上に立ったら今度は狙われる立場になるだろう? あの大陸の貴族と呼ばれる連中は、ヒト族、獣人、海人と基本的に寿命が短い奴しかいない。
 その立場にいられる時間などそこまで長くないから楽しめるのかもしれんが、それでも狙われ続けるというのはストレスだろう? だから長命種はそんな立場を望まない」

 竜人族に関していえば、最初の『寒さをしのぐために家を作る』すらしないヒトがいるというし、最強が最恐たる所以ゆえんだと思ったよね。
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