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2度目の再開

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 ロシュディ宛に謝罪の手紙を送ってから3日後、面会可能な日時が記載された返事がプラディロール家に届いた。
 指定されたのは3週間後の午後。そのことをジャンがミシェルに伝えると、ミシェルはすぐに新しいドレスの用意を始めた。
 選んだのは淡い水色の煌びやかなドレスだ。勿論ロシュディの瞳の色をイメージしている。

 当日はドレスにあわせて新調した同色の宝石も身につけ、意気揚々とジャンと共に馬車に乗り込んだ。

 王城に来るのは社交界デビューの日とあわせて2回目だったが、明るい時間に来るのは初めてだった。

 ああ、このお城がわたくしの家になるのね。素敵だわ。
 はやくも気分は王妃になっているミシェルは、広大な庭と陽光に照らされた美しくも威厳のあるオージェ城を見て感嘆の溜息を漏らした。

 案内された応接間も広さからしてプラディロール家の応接間とは比べ物にならない。
 飾られている調度品も全てが珍しく高価な物ばかりだ。

「これミシェル、そんなにキョロキョロしていては殿下に呆れられてしまうよ」

 思わずあちこちに視線を向けていたミシェルは父親に窘められてしまいハッとした。

「やだわ、わたくしったら。お城に来れたことが嬉しくてついはしゃいでしまいましたわ」

 ふふ、と笑みを零すミシェルにジャンが苦笑を返したとき、応接間の扉が開かれた。
 入ってきたのは側近のルイを従えたロシュディだ。
 ジャンはミシェルを促して立ち上がり頭を下げる。それに倣ってミシェルもドレスの裾を掴んで頭を垂れた。

「プラディロール子爵、よく来たね」

「この度はお時間をお与え下さり誠にありがとうございます、殿下」

「ああ、うん。そのことだが手短に頼むよ。このあと他にも来客があるんだ」

 社交界デビューのパーティーで見たときと同じ完璧な表情にミシェルは胸が熱くしていたが、それとは逆に、ジャンは冷や汗を浮かべていた。
 一見穏やかそうに見える青灰色の瞳には目の前にいるジャンもミシェルですらも映っていないかのように見えたからだ。
 つまり、それほどまでに興味がないということだ。
 その証拠にロシュディは座る素振りも見せない。本当にさっさと切り上げてしまいたいのだろう。

「先日は王家主催のパーティーで娘のミシェルと元娘のパトリシアが粗相をしたと聞きました。お詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。こちらお詫びの品の目録にございます。どうかお受け取りくださいませ」

 深く腰を折るジャンの横でミシェルも腰を折るが、ジャンのそれと比べると浅い。

「ロシュディ殿下、あの日は姉のせいでお騒がせすることになってしまい、申し訳ございませんでした」

 目録をジャンから受け取りながら一瞬だけロシュディがピクリと眉を動かしたが、頭を下げていたプラディロール親子はそれを見ることはなかった。

 一応誠意を示してもらった訳だし、まあいい事にしようか。

 実害があったわけでもないのでそもそもロシュディはプラディロール子爵家を咎めるつもりはなかったのだ。
 まあ、謝りに来ないのなら少しはどうにかしてやろうかなとは思っていたくらいだ。

 早々に打ち切ろうと思い口を開きかけたが、それよりもはやくミシェルが言葉を発した。

「そして、わたくしの体調を心配してくださりありがとうございました。わたくし、あのときとても胸を打たれましたの」

 お優しいのですね、と言って目を潤ませるミシェル。

 ……なんだ、嫌味か?

 労るように見せかけて追い出したつもりだったのだが、熱のこもった眼差しを向けてくるミシェルはそうとは気づいていないようだ。
 隣にいるジャンはチラチラとロシュディの様子を伺いミシェルの言動を止める素振りは見せない。

 なるほど、謝罪といいながらも目当ては私だったのか。

 どうりで謝りに来た割には衣装が煌びやかなわけだ。色合いをロシュディの瞳の色にあわせているあたり図々しさが伺える。
 瞬時に理解したロシュディはにこりともせずにミシェルを見やる。

「よくあることだから気にしないでくれ」

 声音にも“お前のことを案じた訳ではない”と滲ませ言い放つが、ミシェルは頬を赤らめて恥ずかしげに視線を落とすだけでまるでこちらの意図を察してくれない。

「あの日は緊張もありましたし夜ということで王宮内を見ることもできませんでしたけれど、とても立派な庭園があるんですのね。馬車からちらりとしか見えませんでしたが手が行き届いていることはしっかりと分かりました」

 ミシェルの口振りはまるで“庭園を案内してほしい”と言っているようなものだった。

 おいおい、さっき『手短に』って言ったことを聞いていなかったのか?

 それでも表情を崩すことなく「ありがとう」とだけ応えると、ミシェルは不思議そうに大きな目をぱちくりとさせた。

 そう簡単にキミの思惑にはのってやらないよ。

 意地の悪い笑みを浮かべそうになるのを隠して涼し気な表情を取り繕う。

「殿下、そろそろお時間です」

 小声だがプラディロール親子にはっきりと聞こえるくらいの声量でルイがロシュディに声をかけた。さすが有能な右腕はタイミングを見計らうのが上手い。

「プラディロール子爵、貴方の誠意は確かに受け取った。それでは私はこれにて失礼させてもらうよ」

 そう告げてさっさと部屋を出ようとしたとき、呻く声が聞こえてロシュディは足を止めた。

「ミシェル?!どうしたんだ急に!」

 見ればその場に座り込んだミシェルの肩をジャンが支えていた。

 なんだか既視感があるな。

 そう思いながらも「どうしました」と声をかける。

「わかりませんが……娘は幼いときの病気のせいで身体が弱いのです。最近は落ち着いてきたと思っていたが……一体どうして……」

 アタフタとするジャンから視線をミシェルに移す。ミシェルは苦しげに胸のあたりを抑えて荒い呼吸を繰り返していた。

 なんだ、顔色は全く悪くなさそうだぞ。

 けれどもパトリシアのことを調べたときに得たプラディロール家の情報によると、たしかにミシェルは病弱と記されていた。
 大事になってはいけないとルイに目配せをするとルイは頷いた。

「プラディロール子爵、今王宮の医師を連れてこさせる。それまでの間そこのソファーを使ってくれて構わないからミシェル嬢を休ませてあげるといい」

「ありがとうございます殿下!」

「いや、いかないで……!」

 ロシュディの気遣いに感謝の言葉をあげたジャンの声と、部屋を出ようとするロシュディを引き止めるミシェルの声が重なった。

 ……今なんて言った?

 聞き間違いであってほしかったのだが、苦悶の表情で見つめてくるミシェルと目が合ってしまった。

「殿下、お願いです……落ち着くまで傍にいてもらえませんか……?殿下がお傍にいてくださったら安心できる気がするのです……」

「ミシェル、殿下になんてことをお頼みしているんだ!」

 あーなるほど、演技か。

 早々に見抜いてしまったロシュディは思わず冷めた視線を向けてしまった。
 どうやらジャンのほうはミシェルが嘘をついていることに気がついてはいないようだ。目が本気で心配している目だ。

 ここで突き放してしまっては父親がかわいそうだ。もう一度ルイのほうを見たが、そこにはルイはいなかった。有能な側近はこれが茶番だと見抜き素早く行動に移してくれたようだ。

 仕方ない、少しの間だけ付き合ってやるか。

 頭が痛くなりそうだと思いながらもロシュディはミシェルの傍らに膝をついてやった。



 その頃パトリシアは屋外の訓練場にて魔法の特訓をしていた。
 第一部隊になったからといって初心を忘れてはいけない。いつ何時、なにがあるかわからないのだ。それに備えて己を磨き続けることも仕事の1つといえる。

 聖魔法の発動を少しでも速めるための特訓の最中、近くに魔力を感じてパトリシアは身を固くした。

 向けた視線の先ではぐにゃりと景色が歪んでおり、そこから人が飛び出してきた。
 咄嗟に警戒を強めて守りの呪文を唱えようとしたが、「お待ちくださいパトリシア嬢」と声をかけられて詠唱を中断した。

「私はロシュディ殿下の側仕えをさせて頂いておりますルイ・ド・アモディオと申します。急ぎご同行願いたいのですがよろしいでしょうか」

 ルイの顔に記憶にはないが、王宮の敷地内で転移魔法を使用できる人間は限られている。王族か、王族の側仕えか、魔道士団団長だ。
 敷地内には侵入者対策として様々な術式が施されているので、転移魔法の使用には特別な法具が必要になる。
 つまりルイは信用に足る人物といえる。

 ロシュディ殿下の側仕えがわたしに用だなんて、一体なにがあったのかしら。

「わかりました」

 胸騒ぎを覚えてパトリシアはルイに駆け寄りその手をとった。

 すぐに転移が始まり、辿り着いたのは王宮内の廊下だ。

「こちらです」

 先を歩き始めたルイのあとを追い、連れて行かれた一室に踏み込んだパトリシアは思わず目を見開いた。

 ソファーに横になっている令嬢の手を握りしめていたロシュディが入ってきたパトリシアを見る。

「ああパトリシア、キミが先だったか。とりあえず聖魔法で彼女の症状を和らげてあげてくれないか」

 そう言われて横になっている令嬢を見る。

「……ミシェル……?」

 何故ここにミシェルが?どうしてソファーに寝かせられているの?

 どうしてロシュディ殿下がミシェルの手を握っているの……?

 まるで頭を殴られたかのような衝撃がパトリシアを襲った。

「パトリシアなにをしているんだ!はやくやってくれ!」

 飛んできた怒号に呆けていたパトリシアの思考が呼び戻される。その声の主に視線をやると、それは父親のジャンだった。

 何故お父様までいるの?一体ここになにをしに来たというの?

「パトリシア」

 動揺して足を踏み出せずにいるパトリシアにロシュディの優しい声がかけられる。

「頼む」

 困ったような目でパトリシアを見つめるロシュディを見て、パトリシアは途端に理解した。

 ああ……そういうことなのね。
 わたくしはまた、妹に奪われたのだわ。

 ミシェルが着ているのは淡い水色のドレス。身につけている宝石はブルーダイヤモンド。ロシュディの瞳の色だ。
 崖から突き落とされたような絶望感に襲われる。

「いや……!その人に魔法なんてかけられたくない……!殺されてしまうわ……!」

 息も絶え絶えに叫ぶミシェル。

「まさかそんなことをキミの姉であるパトリシアがするわけないだろう」

「いいえ、いいえ、ロシュディ殿下はご存知ないのよ! あの人がわたくしのことをどう思っているのか! あの人は家族を捨てて自らの夢を追いかけるような人なんです! そしてわたくしを酷く妬んでいるのですわ! お願いです、わたくしをあの人から守って……」

 ソファーから身体を起こしてロシュディに泣きながら縋り付くミシェルの姿をどこか遠い気持ちで眺める。

 ほら始まった。そうやってすぐにわたくしを悪者に仕立て上げる。
 そしてどういうわけか、みんながミシェルの肩を持つのよ。

 暗く落ち込んでいく心に亀裂が走ったかのような痛みを感じてパトリシアは胸を押さえた。

「なにを言っているんだキミは」

 あからさまに他人を馬鹿にした口調に場が静まり返った。

「この国に忠誠を誓った第一部隊の魔道士がそんな愚行を犯すはずがないだろう」

「ろ……ロシュディ殿下……?」

 嘲笑が混ざった声音に顔を上げたミシェルの声が震えている。
 パトリシアも顔を上げて目を見張った。笑顔を消して侮蔑の眼差しを向けるロシュディの顔を初めて見たからだ。

「それとも、忠誠を誓わせた国王の目が節穴だったとでも言いたいのか?」

 いつもの穏やかな青灰色の瞳が、今は凍てついた氷の大地のように冷え冷えとしている。

「そ、そのようなことは……」

 それを間近で見ているミシェルが怯えた目をして肩を震わせた。傍らにいるジャンも青を通り越して蒼白になっている。

「では一体どういうつもりであのようの発言をしたのか教えてくれないか。彼女は私の未来の妻であり、この国の王妃になる女性なのだから」

 その発言に目を剥いたのはミシェルやジャンだけではなく、パトリシアもだった。

「お、王妃……? パトリシアが……?」

 信じられないといったふうにジャンがパトリシアを見る。

「そんな……なんで……?」

 ミシェルも驚愕の眼差しをパトリシアに向けた。

「質問に答えてくれないか。それとも不敬罪で今すぐ牢に繋ぐべきかな?」

「で、殿下! それだけはどうかお許しください!」

 ロシュディの脅しともとれない不穏な言葉に即座に反応したジャンが床に膝をついて頭を垂れた。

「娘は、ミシェルは、ただ親思いの優しい子なだけなのです! 義務を放棄して家を出るといったパトリシアをどうしても許すことができず、わたしたち親の分までパトリシアに腹を立ててくれているだけなのです!」

「へえ? そうなの?」

 平伏して許しを乞うジャンをちらりと横目で見てからロシュディは再びミシェルに視線を戻す。

「ミシェル、来なさい!」

 事態を正しく受け止めているジャンがミシェルをソファーから引きずりおろし、自分の横に座らせて同じように頭を下げさせた。

「パトリシアがミシェル嬢を妬んでいる、というのは?」

 ロシュディの追求の目は未だミシェルに向けられている。

「そ、それは……その……お姉様が家を出た理由が、わたくしを疎ましく思っていたからで……」

「そうなのか?パトリシア」

 ミシェルの歯切れの悪い返答に被せるようにしてロシュディはパトリシアを見た。
 その目は澄んでいて、どことなく柔らかさを感じた。ミシェルの言葉を鵜呑みにせず、純粋にパトリシアの意見を聞こうというロシュディの姿勢に思わずパトリシアは泣きそうになった。

「……たしかに、わたくしはミシェルを疎ましく思っていましたわ。なにもかもわたくしから取り上げて、周囲の人々の愛情を独り占めする妹を」

 影で一人流してきた涙を忘れられるはずがない。

「ですが、それはもう過去のことです。わたくしは家を捨てて魔道士となりましたが、その選択を後悔したことはありませんし、むしろ誇りに思っています。この忠誠に泥を塗るような行いは決して致しませんわ」

 口にした途端、胸のつかえが取れたような気がした。
 自然と浮かんだ笑みを見てロシュディが優しく微笑む。

「ロシュディ殿下、二度も妹が不敬を働いてしまい、最早謝罪の言葉もございません。いかなる罰もお受け致します」

 その場に膝をついて頭を垂れる。

「言っただろう?キミは私の妻になる女性だと。そんな相手に罰なんて与えるわけないじゃないか。大体キミはもうプラディロール子爵家の子女ではないのだし」

 呆れたように肩を竦めるロシュディだが、その声音にはパトリシアを気遣うような柔らかさがあった。

「責任はプラディロール子爵、貴殿にとってもらうよ」

 けれどもジャンにかける言葉は冷ややかなものだった。声をかけられたジャンがビクリと肩を揺らす。

「まあ、パトリシアに免じて罪は軽くしてやろう。追って連絡するから今日のところは娘の診察が終わり次第さっさと帰ってくれ」

 ロシュディの言葉が終わると同時に応接間の扉が開き、王宮医を連れたルイが入ってきた。

「そうそう、一応言っておくけれどね、うちの王宮医は凄腕なんだ。万が一疾患もなく仮病と診断されるようなことがあれば、そんなことに付き合わせた慰謝料を支払ってもらうことになるよ。彼も暇な人間ではないからね」

 入れ替わりにそう言い残し、ロシュディはパトリシアを立たせるとその手をとって部屋を出た。



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