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237 はじめてのおつかい

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 今朝は皆で朝食を取り、その後の各々の予定はこんなカンジ。
 トーマスさんはレティちゃんとメフィストを連れて、カーティス先生の診療所へ二人の健診に。
 オリビアさんはお店で仕込みの続き。
 僕は買い出しに向かう予定、だったんだけど……。

「ハルト、ユウマ、本当に二人で大丈夫?」
「おじぃちゃんがついて行かなくて平気か?」
「おばぁちゃんも心配だわぁ……」
「だいじょうぶ、です!」
「ゆぅくんもねぇ、だぃじょぶ!」

 僕たちがなぜこんなに心配しているかと言うと、ハルトとユウマが今朝の買い出しを手伝うと張り切っているからだ。
 毎朝僕が買い出しに行くのを見て、自分たちも役に立ちたいと考えていた様で……。

「ぱんやさん、いけます! ねっ、ゆぅくん!」
「うん! はるくんいっちょ! だぃじょぶ!」

 二人はふんふんと鼻を膨らませて行く気満々。
 あまり重たいものは持たせられないから、ジョナスさんのパン屋さんで食パンと、セットメニューに使う白パンを買って来てもらう事に。
 
「はるくん、ゆぅくん。さみしいから、とちゅうまでいっしょにいこ?」
「あ~ぃ!」
「わかりました!」
「いぃよ~!」

 レティちゃんのナイスな判断で、途中までは安心だ。それにはトーマスさんもオリビアさんも、ホッとした様に胸を撫で下ろした。 
 問題なのは、トーマスさんたちと別れて店通りに入った後。いろんなお店が並んでいるけど、ジョナスさんのお店、覚えてるかな……?
 それに、変な人がいたらと思うと気が気じゃない……。

「はるくん、ゆぅくん。これ、おとさないように、もってて?」
「なんですか?」
「もっとくの~?」

 レティちゃんが取り出したのは二枚のハンカチ。それをそれぞれ二人に持たせている。

「おまもりがわり……。なくしちゃだめだよ?」
「だいじょうぶ、です!」
「ちゃんともってりゅ!」
「うん」

 二人がズボンのポケットにハンカチを仕舞うのを見て、レティちゃんは満足そうに頷いた。
 御守り替わりって言ってたけど、普通のハンカチ……、だよね……?
 僕の視線に気付いたのか、レティちゃんがにこりと微笑んだ。それが何故か意味深に見えてしまうのは僕だけかな……?



「じゃあジョナスさんのパン屋さんで、食パンと白パン、お願い出来る?」
「しょくぱんと、しろぱん! わかりました!」
「まかしぇて!」

 オリビアさんお手製の肩掛け鞄にお財布と、僕がジョナスさんに宛てた買い物メモを入れて二人はやる気十分。妖精さんたちが姿を消して二人について行くというので少しは安心……、なのかは正直分からないけど。
 僕とオリビアさんがついて行くと、二人とも勘付きそうだからなぁ~。

「知らない人にはついて行っちゃダメよ?」
「二人で手を繋いで、寄り道しないでね?」
「「だいじょうぶ!!」」

 しんぱいしないで! と二人は自信満々だけど……。
 まぁ、トーマスさんも途中まで一緒だし、心配し過ぎかなぁ?

「めふぃくん、さむくない?」
「あぃ~!」
「えてぃちゃん、おててちゅなご~!」
「うん……!」

 四人とも、アイラさんが作ってくれた耳付きポンチョを着て楽しそうだ。
 その可愛らしい姿に、トーマスさんもオリビアさんも顔がデレデレ。
 かく言う僕も、その一人なんだけどね。

「じゃあ気を付けて行ってきてね?」
「はい! いってきます!」
「いってくりゅね~!」

 二人は元気よく手を振り、トーマスさんたちと楽しそうに出掛けて行った。

「ハァ……。ついて行こうかしら……」
「二人とも、きっと気付きますよ?」
「そうよねぇ……。あぁ~、心配だわぁ~……」

 オリビアさんと二人で溜息を吐きながら、大人しくハルトとユウマの帰りを待つ事にした。





*****

「おはよう、ございます!」
「おはよぅごじゃぃましゅ!」

 店内に幼い声が響き、パンを選んでいたお客様たちの視線が一斉に声のする方へと向かう。私も視線を向けると、そこには黒髪の幼い兄弟が仲良く手を繋ぎ、店内をキョロキョロと見渡していた。
 しかもふわふわの耳付きのポンチョを着て……!

( それは反則でしょ~~~!? )

 いけない、いけない……!
 そのあまりの可愛さに、思わず心の声が出そうになってしまった。

「とっても、いいにおいです……!」
「おぃちちょ!」

( いっぱい食べさせてあげたい~~~!! )

 焼き立てのパンの香ばしい匂いに、二人とも笑みを溢している。その可愛らしい表情に、思わず心の中で叫んでしまった。ダメダメ! 可愛らしくてもお客様! 丁寧に対応しなきゃ!

「コホン……。いらっしゃいませ! 今日はおつかいですか?」
「はい! おつかい、です!」
「えっとねぇ、おみしぇのぱん! かぃにきまちた!」
「ふふ、ありがとうございます! ん? これかな?」

 私が声を掛けると、二人はにっこりと微笑み、一枚の紙を差し出してきた。
 熊耳のポンチョを着たお兄ちゃんが差し出したメモを受け取ると、そこには父に宛てたメモ書きが。
 差出人はユイトくん。……と、いう事は……。

「ユイトくんの……、弟さん、かな?」
「はい! ぼくの、おなまえは、ハルトです!」
「ぼくの、おなまぇは、ユウマ、でしゅ!」

 ユイトくんの名前を出した途端、二人は私に向かってこの可愛らしい笑顔を惜しげもなく向けてくる。熊耳のハルトくんに、猫耳のユウマくん……。
 眩しすぎて直視出来ない……。周りのお客様たちも、可愛い……、と呟いているのが耳に入ってくる。わかりみが深い……。
 一旦、心を落ち着かせないと……。

「フゥ……。ハルトくんに、ユウマくん、ですね? 私はミリーと言います。よろしくね?」
「みりーさん! よろしく、おねがいします!」
「みりぃしゃん! おねがぃしましゅ!」

( ハァ~~~!? 愛くるしさが突き抜けてるんですけど~~~!? )

 あまりの可愛らしさに、一瞬仕事を忘れて真顔になりかけた。
 危ない危ない……!
 いつでも笑顔を忘れずに! これが私が決めた、接客の基本よ……?

「えっと、しょくぱんと、しろぱん! ください!」
「くだしゃぃ!」
「はい! かしこまりました!」

 メモにも書いてある通り、食パン一斤と白パン10個入りを一袋。
 多分、弟さんたちが持てる量を書いたんだろうな……。いつもはどうやって持って帰るの? って言うくらい買っていくもの……。
 ハルトくんとユウマくんにレジ前で待っててもらい、父にメモを手渡しに奥の作業場へと向かう。
 すると、丁度タイミングよく父が焼き立てのパンを持って現れた。

「お? ハルトくんとユウマくん……?」
「あ! じょなすさん! おはよう、ございます!」
「おはよぅごじゃぃましゅ!」
「ハハ! おはよう! 今日は二人でおつかいか?」
「はい!」
「しょうなの!」

 父は焼き立てのパンを売り場に並べ終わると、二人に手招き。
 とことこと父について行く二人の後ろ姿が可愛くて、私は売り場を任せて少しだけその場を離れた。



「二人とも、この前の林檎メーラとカスタードのデニッシュパンは食べてくれたかい?」
「はい! とっても、おいしかったです!」
「おぃちかった!」
「そうかそうか! 良かったよ!」

 父のデレッとした満面の笑みに、周りの従業員の子たちが驚いた顔をしている。
 私もお父さんのそんな顔、見たこと無いんだけど……!?

「おばぁちゃん、よっつ、たべてました!」
「オリビアさんが? 一日でか?」
「ん~ん! あさごはんのとき、よっつです!」
「ばぁば、おぃちぃって!」
「ハハハ! そうか! 一気に四つも! 嬉しいなぁ~!」

 オリビアさんがあのデニッシュパンを一気に四つも食べるなんて信じられない……!
 だけど、この子たちが言ってるのは本当みたいだし……。

「今日もな、新しいパンを作ってたんだ。試食してみるかい?」
「ししょく? ですか?」
「そう。焼いたパンの味見だな」
「たべていぃの~?」
「あぁ。感想を教えてくれると嬉しいんだけどな?」
「たべたい、です!」
「ゆぅくんも~!」

 二人は嬉しそうに、その場でぴょんぴょん跳ねている。あまりの可愛さに頭を抱えるなんて、初めての経験……。
 父がデレデレした顔のまま取り出したのは、さつまいもスイートパタータのデニッシュパン。これはお手伝いに来てる孤児院の子が持って来てくれたもの。あそこの牧師先生は畑仕事を趣味でやっているみたいなんだけど、今年の物は特に出来がいいみたい。蜜もたっぷりで、バターをのせただけで最高に美味しいの! この間も食べ過ぎて、お腹が張っちゃったのよね……。

「ほら、どうぞ」
「わぁ~! いただきます!」
「いたらきましゅ!」

 父が手渡したデニッシュパンを、二人ともそれはそれは可愛らしい表情で頬張っている。
 
「ん~! あまくって、とっても、おいしいです!」
「ゆぅくん、こぇしゅき~!」
「そうかそうか! それならこれもメニューに加えても良さそうだな!」

 二人の反応に満足したのか、父はうんうんと頷きながらいつから販売しようか考えてる様子……。
 すると、その横でハルトくんとユウマくんがこそこそお話して鞄の中からある物を取り出した。

「じょなすさん、これで、ぱんいつつ……。かえますか?」

 ハルトくんの掌には、ユイトくんがいつも使っているお財布とは別に、可愛らしい小さなお財布と銅貨が五枚。
 聞いてみると、それは二人がお店のお手伝いをしてもらったと言う大事なお金。

「じぃじとね、ばぁばと~。にぃにと、えてぃちゃん!」
「めふぃくんは、あかちゃんだから、まだ、たべれないです……。あと、おともだちにも!」

 美味しかったから家族にも食べてほしいなんて……! それを聞いて父も従業員の子たちもグッと胸を押さえている。

「たりない、ですか……?」
「ぱん、かぇなぃ?」

 私たちが黙っていたからか、二人ともお金が足りないと勘違いして肩をしょんぼりと落としてしまった。

「あぁ~! 違うの! まだ商品じゃないから、値段が決まってないのよ! ね、お父さん!」
「え? あ、あぁ! そうなんだよ……!」

 私はつい咄嗟に口を出してしまった。値段はもう決まってるかもしれないけど、この子たちの悲しそうな顔は見たくない……!
 父も慌てて同意している。どうやら私と同じ考えみたいだ。

「じゃあ、ぱん……。かえない、ですか……?」
「かなちぃねぇ……」
「ん~、それなんだが……。こういうのはどうだろう?」
「「?」」

 父の言葉に、ハルトくんとユウマくんは首を傾げている。とっても可愛くって反則よ……。
 コホン……。ちなみに、父の提案はこうだ。

「このパンを持って帰って、ユイトくんたちに感想を訊いて来てもらえるか?」
「かんそう……!」
「いぃの~?」
「あぁ、特にオリビアさんにな!」

 一気に四つも食べたというオリビアさん。
 今回も気に入ってくれるかしら……?



「ぱん、ありがとう、ございます!」
「ありぁと、ごじゃぃましゅ!」

 二人は紙袋に入れた食パンと白パン、それと試作のデニッシュパンを抱え、それはそれは嬉しそうに私たちにお礼を言って家へと帰っていった。

「ハァ……。すっごく可愛かった……」
「ミリー……」
「な、なに? お父さん」

 真剣な口調の父にビックリして振り向くと、そこには作業着を脱いだ父の姿が……。

「ちょっと心配だから、家に着くまで見てくる」
「え? ちょ、ちょっと……」

 後は任せた! と言って、慌ててハルトくんとユウマくんに見つからない様に隠れながら二人を見守っている。
 傍から見たら怪しい人にしか見えないから止めて……!

 そんな私の願いも空しく、父は真剣な表情で二人の帰路を見守っていた。

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