転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

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第二章 転生するにしても、これは無いだろ!

第二十三話

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「ベルラッド、おお、かわいいかわいいベルラッド……! 可哀そうに、あんなに高い階段から転がり落ちるなんて、痛かったでしょうっ」

 俺の目は今死んでいる。

 確かに、今世の母親であるこの人は、高貴な女性なだけあり、よくよく手入れされた外見を持つ妙齢の美女だ。

 豊満ながら締まるところは締まったプロポーションで、いちいち挙動に迫力が付きまとう。

 しかし、なんだかこう、何というか、彼女の俺への気遣いには演技臭さがにじみ出ている。

 前世の平凡ながらあたたかかった家族が恋しくて仕方のない俺としては、圧の強い美女に強く抱きしめられたとて、薄ら寒さしか感じない。

 これと言った重い怪我も無く、王宮付き治癒術師の手厚いケアを受けた体とは言え、暫く安静が必要なのは確かだ。

 そんな俺の身体を、容赦なく揺さぶったりきつく抱きしめたりするあたり、俺のことは殆ど考えていないと取って良いのではないだろうか。

「お母さま、ご心配をおかけしました。僕は元気です」

 思うところはあれど、波風立てることは避けるべきだ。とりあえず、当たり障りのないことを言ってみる。

 しかし、そんな俺の言葉に、母だけでなく多忙のはずの父やジルラッド、その他何人かが居座る室内はシーンと静まり返った。

 あれ? 俺なんかおかしなこと言ったかな……? などと考えを巡らせていれば、母は初めて深刻な顔をして俺の額に手を当てた。

「熱は無い……でも、どうしちゃったのベルちゃん。なんだか様子がおかしいわ」

 俺は喉からヒュッと変な音が出るのを他人事のように聞いた。

 そういえば、そうだ。我儘王子は物分かりの良い事なんて言うはずがない……っ! 

 本物のベルラッドならば、痛くないことも大袈裟に痛いと喚き散らし、周囲の関心を無理やりにでも引こうとするはずだ。

 早くも、というか出だしから失敗してしまった。先が思いやられるどころの話ではない。途方に暮れるしかないよこんなの、こんなのって無いよ……!

 しかし、だからと言って、どうしたらいいというのだ。

 今の俺は見た目こそ9歳の生意気そうな顔したガキだが、中身はそこそこいい年した男子高校生。

 そんな俺が、9歳エミュとか、しんどいにも程があると思いませんかね!?

 そもそも、教育者を志したわけでもないのに、9歳の発達段階なんて知識があると思うか? 

 どんな振る舞いをすれば不自然でないかなど分かるはずがない。

 たとえその知識があったとして、演技が出来なければ元の木阿弥だ。

 八方塞がりとはこのことだろう。いたいけな平凡男子高校生にこんな酷い仕打ちをして楽しいかよ……っ!

 ええい、こうなったらヤケだ、ヤケ!! やれるところまでやってやらぁ!!

「そ、そうかな? ちょっと頭を打ったからかまだふわふわするのかも……?」

「なんてこと……っ! ああ、それもこれも、貴方がベルちゃんを突き落としたからよ!! 言い逃れしないで罪を認めなさい、ジルラッド!!」

 いやいやいやいやいやいや!!!! なにがどうしてそうなる!? 

 憎々しげに哀れジルラッドをねめつける、言いがかり甚だしい母のまくし立てにびっくりした俺は、思わず首を激しく横に振りながらウルラッド父さんに助けを求める。

 名君はそんな俺の様子にも驚きを隠しきれていなかったようだが、名君らしい切り替えの早さで、ゲフンゲフンと咳払いをした。

「シレーヌ王妃。もう少し子供たちの言葉に耳を傾けてあげなさい。ベルラッドだってまだその件に関して何一つ話していないだろう。その場にいなかった私たちが憶測でものを言ったとて正しいことは何も分からない」

「いいえ!! あの状況で何もしていないという方がおかしいですわ、陛下! 状況がすべてを物語っています!! ね、ベルラッド。そうでしょう? 貴方はジルラッドに階段から突き落とされたのよね?」

 こ、怖ぇ……ギラギラした大きな吊り目が食い入るように俺の目の前に迫ってくる。まるで「そう言え」と強迫されているみたいだ。

 俺は恐る恐る口を開く。

 今にも裏返りそうなかすれ声が情けなく静まり返った室内に響いて、なんだか無性に泣きたくなった。

 おかしいな、おれこんなにビビりだったっけ? それとも体の年齢に引っ張られているのだろうか。

「い、いいえ。僕は、その……」

「ベルラッド?」

「足が、もつれて。たまたま、ジルラッドが、そばにいただけ、です」

 俺は無理にでもにっこり笑った。

 ここで今母親の意に沿わないことを言うリスクと、この人の言いなりに嘘をつき、将来俺を憎んで殺しに来るだろうジルラッドに濡れ衣を着せるリスク。

 この二択なら、どちらを取るかは明白だ。

 表向き、この母親はベルラッドを溺愛しているわけで、(本質的には傀儡育成ゲームなわけだが)、やや意に沿わない挙動をしたところで、「ああ、馬鹿に育てすぎた」と思わせるだけのことだろう。そう思いたい。

 この母親にとっては、将来的にこの国の最高権力を握るため必要不可欠な駒でしかないのだから、俺なんて。

「だ、そうだが? シレーヌ王妃」

 王妃はわなわな震えて歯を食いしばる。俺の肩を掴む手にギリリと力が入り、俺は思わず顔を顰めた。

 うわぁ、やっぱりこの人、俺のことなんか欠片も思いやっちゃいない。いよいよ泣きそうだ。あの時の母さんの拳骨よりよほど痛いし、怖い。

「い、いえ? まだ、この子は、意識が混濁しているのかも……」

「意識が混濁しているのなら、尚更。そんな状態で嘘など吐けないと思うが」

「ええ! ベルラッドが嘘なんて吐くものですか! この子は頭を打って記憶が少しおかしくなっているのだわ!」

 本人を目の前にしてこんな言い草が出来るなんて、いっそ尊敬してしまう。

 自分の子ではない子の言い分を信じない気持ちはまだ辛うじて分からなくもない(だからといって分かりたくはない)が。

 自分の意に沿わないからと自分の子の言い分まで信じないとなると、何と言うか、どうしようもなさを感じる。

 まあ、今更な話なのだろうが。

「王妃、少し頭を冷やしなさい。ベルラッドをいたわしく思うのは分かる。しかし、悪者を無理やりにでも作ろうとするのは流石に度が過ぎているだろう」

 母は俯き、肩を苛立たしげに震えさせるだけで、返答をしない。

 らちが明かないと思ったのか、ウルラッド父さんは小さくため息をつき、俺に向かって優しい笑みを浮かべた。

「休んでいなければいけなかったのに、押しかけてしまってすまなかったな、ベルラッド。ゆっくり体を休めて、また元気な姿を見せてくれ」

 この母とこの良く出来た父親との落差に、俺は心の中のグッピーが悲鳴を上げる声を聞いた。

 返答に困り、ぎこちなく頷くことしか出来なかったが、彼はそれを咎めることなく鷹揚に頷いて、ジルラッドを促しつつ部屋から出ていく。

 ジルラッドもまた、自分を虐めてくる性格の悪い兄相手であるのにも関わらず、極めて礼儀正しくぺこりと一礼し、その後に続いて行った。

 ああ、なんて良く出来た親子だろうか。俺とこの母親こっちとはまるで大違いだ。

 さて。そんな良く出来た親子に一つだけ言いたいことがあるとすれば、何でこのひとを連れて行ってくれなかったのか。

 正直マジで本気で怖い。何を考えているか分からないし、これからどんなことを言われるか、俺の背中は冷や汗でぐっしょりだ。

 ふうぅ~~……まるで、唸り声のようなため息。俺は跳ね上がってしまいそうになるのをこらえるのに必死だった。

 おおお、俺は馬鹿で我儘な王子、俺は馬鹿で我儘な王子……我儘はともかく、馬鹿ならお母さまが何に怒っているかも分からないしそもそも怒っていることすら分かりませ~~ん!! 知らない知らない僕は何も知らない!! 叱られた後の優しさがこの人にあるかも知らね~~!! 多分無ぇ~~!!

「いつも言ってるでしょう、ベルラッド。王子の座に厚かましくも居座っているあのジルラッドは卑しい子どもなのだと。卑しい端女の胎から生まれた身の程知らずなんです。貴い血筋とは全くかけ離れた、王家に居てはいけない存在なの。それなのに、あの愚王は、惚れた女の忘れ形見だからってあれに首ったけ。良いこと、ベルラッド。目の曇ってしまった王の代わりに、私たちが、ジルラッドと言う不純物を王家から排除しなければならないのです」

 たしけて……俺この人の相手無理……。何もかも分からんし怖すぎる。

 何が怖いって、この人はこんな狂ったことを至極冷静に、言い聞かせるように言っていることだ。

 まるでこちらがおかしいもののように思えてくる。

 ヒステリックならばどんなに良かったことか。この人は正気だ。

 どこまでもマトモに、こんな狂った話を、幼い息子に聞かせてみせるのだ。

「ええ、でも、大丈夫よ、大丈夫なの、ベルラッド。次の王は貴方なのだから。お母さまがついているわ。安心して、何も考えしんぱいせず、お母さまの言うとおりになさい」

 精神科が来い……っ!! 今すぐ俺を助けて、カウンセラー!! 

 いくら名君を毒殺して国を牛耳る毒婦だからって、悪役の母親だからって、これは無いだろ……!

「ほら、いいお返事を聞かせて頂戴、ベルラッド」

「……はい、お母さま」

「フフ、いい子」

 とろり、そのきつくつり上がった眦が甘やかに緩む。

 ああ、これは駄目だ。9歳の幼子は勿論、男子高校生の精神にも、この微笑みは毒が過ぎる。

 俺は優しげに頬を撫でられて今にも狂いそうになる頭を奮わせるため、平〇進のパレードの歌詞を必死に暗唱した。狂気には狂気パ⚪︎リカをぶつけんだよォ!! これ、オセアニアじゃあ常識な!?

 母はひとしきりジルラッドとその亡き母についての悪感情を俺に刷り込み、度々同意させるなどして、ようやく満足したか俺の部屋から出ていった。

 ややぷっくりした俺の頬がこの短時間で随分こけたような気がする。

 疲れ果ててしまった俺は、いつの間にか、自分でも気づかないうちに、意識を失うような形でベッドに沈んだのだった。
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