転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀

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第二章 転生するにしても、これは無いだろ!

第三十二話

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 母親から毒の束縛を受ける日々が始まっておよそ3年の月日が経った。

 その間、俺はこれと言った解決策を見つけられないまま、ダラダラと変わらない日々を過ごした。

 たまに思い立って蔵書室に忍び込み、あの母親ひとの折檻を受けて頭痛に沈む。殆ど毎日絵を描いて、3日に1回くらいの頻度で外に出向き、ジルラッドの絵を描く。

 自信作は、ジルラッドの似顔絵でなくとも、あの子に預かってもらうようになった。俺の部屋に持ち帰った絵は、おそらく俺が再び薬師の勉強をしないため、定期的に処分されている。

 最近、ほぼ毎晩悪夢を見るようになった。

 大抵、玉座に座った俺が、あの子に、ジルラッドに、憎々しげな表情と剣の切っ先を向けられ、めった刺しにされるものだ。

 俺は抵抗できない。いつしか、殺されることよりも、あの子にあんな憎悪の眼を向けられることの方が怖くなって。

 大抵、めった刺しにされて、夢の中の俺が意識をなくすと、別の場面に切り替わる。俺がジルラッドに対して、見るに堪えない拷問じみた暴力をふるう夢だ。

 魔法を使って熱傷を負わせたり、皮膚を凍り付かせてひび割れさせたり、指を切断し、治癒を応用してばらばらにつけ直したり、あべこべに四肢をくっつけられて呻くあの子をデッサンしたり。

 光魔法で治癒が出来るのをいいことに、滅茶苦茶なことをあの子に強いる夢。

 自分の身体が制御出来なくて、音の出ない喉が枯れるまで、やめろ、やめろと何度も繰り返す。

 現実でだって何もできないのだから、夢くらい、何でもできるようにしてくれればいいのに。

 そんな最悪の夢に加え、最近は記憶がおかしくなったり、幻覚を見たり、咄嗟に言葉が出なくなったりと、色々な症状が出るようになった。

 恐らくは、毒の慢性的な中毒症状。

 自分のすることに何も確信が持てず、今が夢か現かの区別すら曖昧になりつつある。

 頭のまだまともに機能している部分では、言うまでも無くこの状況がヤバいことが分かるのだが、それ以外の殆どの認知能力はおそらくしっかり機能していないため、まともに物が考えられない状況に追い込まれている。

 ああ、クソッタレ。頭痛があるか無いかの違いでしかないじゃないか。結局、あの母親ひとは、俺の人格を壊す気しかなかったのだ。

 このままでは、取り返しのつかないことをしでかしてしまうのではないだろうか。

 もし、あの悪夢が現実になったら。あの悪夢が現実にならない確証がどこにあるだろう。

 ただでさえ、俺の認知能力は俺の手に及ばないほど歪んでいるのに。

 俺は何もかも怖くなった。だから、一日の殆どをベッドで臥せるようになった。悪夢を見ないために、敢えてあの母親ひとの盃を受け取らず、自分からあの頭痛を望む日もあった。

 あの忌々しい頭痛だけは、いまのこの状況をまごうこと無き現実だと教えてくれる。

 でも、やっぱり次第にその頭痛がどんな何よりもつらくなり、俺はあの母親ひとの足元に縋りついて盃を欲してしまう。

 毎度毎度そんな無駄な足掻きをする俺を嘲笑い、あの母親ひとは俺の喉になみなみと束縛を流し込むのだ。

 そんな日は、どうにも我慢が出来なくなって、外に出て絵を描いてしまう。

 どんどん様子のおかしくなる俺の下にも、日に日に美しく、たくましく成長するジルラッドは来てくれた。

 本当はもう、この子に会っちゃいけない。いつ、自分の制御が俺の手から離れ、この子を傷つけてしまうか分からないからだ。

 でも、あの恐ろしい盃を飲み干した直後は、まともに絵を描こうと思うくらいには意識がしっかりしている気がするから。

 今回だけ、もうこれで最後、そんなことを頭で繰り返しながら、俺は結局この朗らかな安息を欲して外に出てしまうのだ。

 良い晴れの日だった。俺は王都が見晴らせる高台で、風景画を描こうとするふりをしながら、ジルラッドの到着を待つ。俺が鉛筆を手に取ったくらいの時、ジルラッドはやっぱり現れた。

 俺もジルラッドも、委細承知と言ったように頷いて、いつもの時間を始めた。俺はジルラッドが話す近況を適当に聞き流しながら描く。

 ジルラッドは、満足いくまで話したら、本を読んだり、魔法の練習をしたり、好きなことをする。

「あれ、ジル。そういえば、今日結構日差しが強くて暑いのに、長袖なんだな」

「え、あ、は、はい……」

 何となく気になって聞いたことだった。しかし、ジルラッドは饒舌だった近況報告とは打って変わってしどろもどろになり、腕を隠すようにさすって俯く。

 様子がおかしい。この子は嘘が下手くそで、自分でもそれを理解しているからか、基本嘘を方便として使わない。

 明らかに、聞いてほしくないことを聞かれた、と言う態度だ。

 俺は途端にぞわりと鳥肌が立ち、手を止めた。筆を持つ手がガタガタと震えて止まらない。

 力が入らなくなって、膝にポトリと筆が転がり落ちていく。自分の喉がヒュウヒュウと鳴って、嫌にうるさかった。

「あ、あの、兄上……僕は、なにか……兄上のお気に障ることをしてしまったのでしょうか」

「いや、何、も……なあ、ジル、その袖をまくってくれないか」

 俺はイーゼルが倒れるのも構わず立ち上がり、ジルラッドに詰め寄った。

 ジルラッドは、信じられないものを見るように目を見開き、後ずさる。違う、怖がらせたいわけじゃないんだ。

 頼むから、ただの嫌な予感であってくれ。

 俺は逃げようとするジルラッドの腕を何とかつかまえ、素早く袖のボタンをはずしてたくし上げた。包帯が巻かれている。恐る恐る、震える手でゆっくり解いていく。

「あ、ああ……」

 そのしなやかな腕には、ナイフで何度も切り付けられたような傷が無数に刻まれていた。血は止まっているが、つい最近付けられたのがすぐ分かるほど生々しい。

 そして、何より。

 その傷に残っているのは、まぎれもない、俺の魔力、で。
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