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第四章 ラスボスにしたって、これは無いだろ!
第五十六話
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ああ、と。猛っていた荒波が、一斉に凪ぐような。
そうか、あの母親は、母親なんてものじゃなかった。彼女の時間は、最愛の少年と引き裂かれてから、少しも進んでいなかったのだ。
「貴方が、俺の、父……」
「どうか、私のことを、そのように思わないで。苦しむ君の姿を知りながら、何もしなかった私のことなど」
「彼女も、貴方も、俺も、そろいもそろって、ずっとずっと苦しんだんだ。どんな過ちを犯した人間でも、苦しみに囚われ続けるのは違うと思うんです。俺は、幸せになりたい。この苦しみから解放されたいから、貴方たちにも、苦しみから解放されてほしいって、思います」
この因果を解いてやらない限り、俺はきっと、どんなに幸せになろうとしても、彼らの苦しみに足を引っ張られてしまう気がしてならないのだ。
「それに、彼女自身が、もうやめようって思わない限り、彼女はもう、死ぬことすらできないんでしょう。貴方を殺したという罪の意識が、彼女をそうさせている。彼女を立ち止まらせて、ようやく、彼女が孵す災害を倒すことが出来る、そうじゃないですか」
「ええ、その通りです。どうにかして、私の言葉を、彼女に届けたい。私の言葉で、私が死んだのは、彼女のせいではないと」
「……できると、思います。紙と、鉛筆さえあれば」
彼の想いを、否……彼らの再会を、俺の力で祝福する。導を見失ってなお、前に進むことしか知らなかった少女と、振り返ればそこにいた少年が、もう一度、レンゲの咲く丘で、互いの想いを確かめ合えるように。
「どこまでも、面倒ばかり掛けてしまいますが、どうか、お願いします」
「俺は、描きたいと思ったものしか描けないので……貴方たちが並んで笑いあっていた思い出は、美しかった。だから、頑張ります」
ありがとう……そう、くしゃりと、ウルラヌスさんは笑った。彼の笑顔から、悲しげな影が消え去ることは、もう無いのかもしれないけれど、どうか、少しでもその悲しみが軽くなってほしいと、心から思った。
「どうか、君は、幸せに。私は、貴方と、貴方の愛する人の幸せを、心から願っています」
ウルラヌスさんはそう言って、おもむろに立ち上がったかと思うと、俺の目の前で膝をつき、祈りの所作をした。すると、彼の姿が、みるみる光の粒子と化し、闇の中で燦然と輝き始めた。
そのあまりの眩さに目を閉じ、再び瞼を開くと、そこには、イーゼルスタンドとキャンバス、水彩道具一式があった。きっと、彼が最後の力を振り絞って、具現化したのだろう。
筆とパレットを手に取る。まるで、自らの手足のように、指に馴染んだ。
絵具は、自分の魔力で。そうすれば、きっと、この祝福は、これまでにない程強くなるだろうから。
それから、俺は、呼吸を忘れるほどまでに、描画に没頭した。
きっとこれが、俺の渾身にして、最後の作品になる、そんな、確信があった。
+++
とめどなく湧きいずる瘴気から産まれた、無数の黒鳥たちが、天を埋め尽くす。封印は最早、その体を成さず、ひとつ、大きな衝撃が齎されれば最後、呆気なく砕けてしまうだろう。
ディザリオレラは揺れた。ベルラッドが吸収されたことにより、遂に地表へと孵ってしまった災害をあやす、ゆりかごのように。
しかし、いざ、外の世界へ這い出んとするその災害を、押しとどめるものが、二人あった。
ひとりは、卓越した知識と魔力操作の粋によって、今にも崩壊せんとする封印を、すんでのところで取り繕い続ける、当代最高の知恵者、ニレス・ミュルダール。
そして、何より。災害の進撃を、神の雷によって、進む傍から薙ぎ払い、焼き焦がし、一歩たりともまともに歩ませぬ、現人神もかくやの天災、ジルラッド・アルケミニス・ガラリア。
王国存続の危機は今、この二人によって、存外にも余裕を持って、食い止められているのであった。
「いやあ、キリ無いね。壊れる傍から取り繕って、その繰り返しとは。すっかり飽きちゃって、余剰魔力だけで事足りるように最適化しちゃったから、もう寝てても保てるけど。最早新しく封印の術式考えた方が手っ取り早い気がするんだよな、どう思う? 殿下」
「今日で無用の長物と化すものをわざわざ紡いでどうする。兄上がお戻りになるまで、我々はこのデカブツの侵攻を食い止めることに専念するだけだ。粛々と事を成せ」
「ああ、そっちもなかなかに退屈そうなことは分かったよ」
まさに、悪意という悪意を結集したような、邪悪な災害。その、何とも形容しがたい巨体は、人里に降り立った瞬間、殺戮と破壊の権化として、目の前の何もかもを踏みつぶし、汚染し、未曽有の被害をもたらすのだろう。
しかし、そんな災害も、ジルラッドにとってみれば、「死なないこと以外は取るに足らぬデカブツ」に過ぎなかった。
腐敗、再生、増殖……そんな現象を繰り返しながら、何度焼き払われようと、無数に生える足を前に踏み出すソレ。しかし、その足が地面を踏みつけ、一歩を踏み出すことすら、ジルラッドは許さない。
彼の手足のように迸る雷電。常人では命の危険すらあるほどに魔力を消費するため、ここぞという切り札として用いられるはずの神級雷電魔法を、連発どころか、同時にいくつも発動させ、乱れ打つ離れ業。
殆ど無尽蔵とも言える、その保有魔力と回復力のなせる業は、まさに災害などとは比べ物にならない、天災そのものなのであった。
「ジルラッド・アルケミニス・ガラリア……! 忌々しい、矮小な存在のくせに、生まれたその時から、私たちの幸せを邪魔することばかり……! お前如き、蠅のように叩き潰してくれる!!」
弾丸のような速度で、無数の触手のようなものが、巨体からジルラッドめがけて伸ばされる。
「遅い」
しかし、弾丸の速さは、光の速度には到底及ばない。むしろ、鈍足も良いところ。ジルラッドは、自身に襲い掛かるそれらを、凍てつくような殺意の瞳で睥睨し、身じろぎ一つしなかった。
一閃、剣をふるう。すると、ビシ、という、重く鋭い音が響き、次の瞬間には、無数の触手は彼の風刃によって小間切れにされ、あっけなく地面に腐り落ちた。
「まだよ、まだ……何故かしら、彼はまだ目覚めないけれど、目覚めた後には、貴方なんて……!」
グシャッ、そんな音と共に、シレーヌの声が止む。ジルラッドが切り伏せたのは触手だけではなかった。蠢く巨体は左右で真っ二つになり、バランスを崩して地面に倒れ伏した。
「静かにしていてくれるか。兄上の声がした時、聞こえなかったらどうする」
「どんな騒音の中でも聞き逃さない癖に……」
「当たり前のことをわざわざ口にするな、ニレス師」
軽口をたたいている間にも、苛烈な追撃は続く。最早、どちらの方が魔王か、分かったものではなかった。
そうか、あの母親は、母親なんてものじゃなかった。彼女の時間は、最愛の少年と引き裂かれてから、少しも進んでいなかったのだ。
「貴方が、俺の、父……」
「どうか、私のことを、そのように思わないで。苦しむ君の姿を知りながら、何もしなかった私のことなど」
「彼女も、貴方も、俺も、そろいもそろって、ずっとずっと苦しんだんだ。どんな過ちを犯した人間でも、苦しみに囚われ続けるのは違うと思うんです。俺は、幸せになりたい。この苦しみから解放されたいから、貴方たちにも、苦しみから解放されてほしいって、思います」
この因果を解いてやらない限り、俺はきっと、どんなに幸せになろうとしても、彼らの苦しみに足を引っ張られてしまう気がしてならないのだ。
「それに、彼女自身が、もうやめようって思わない限り、彼女はもう、死ぬことすらできないんでしょう。貴方を殺したという罪の意識が、彼女をそうさせている。彼女を立ち止まらせて、ようやく、彼女が孵す災害を倒すことが出来る、そうじゃないですか」
「ええ、その通りです。どうにかして、私の言葉を、彼女に届けたい。私の言葉で、私が死んだのは、彼女のせいではないと」
「……できると、思います。紙と、鉛筆さえあれば」
彼の想いを、否……彼らの再会を、俺の力で祝福する。導を見失ってなお、前に進むことしか知らなかった少女と、振り返ればそこにいた少年が、もう一度、レンゲの咲く丘で、互いの想いを確かめ合えるように。
「どこまでも、面倒ばかり掛けてしまいますが、どうか、お願いします」
「俺は、描きたいと思ったものしか描けないので……貴方たちが並んで笑いあっていた思い出は、美しかった。だから、頑張ります」
ありがとう……そう、くしゃりと、ウルラヌスさんは笑った。彼の笑顔から、悲しげな影が消え去ることは、もう無いのかもしれないけれど、どうか、少しでもその悲しみが軽くなってほしいと、心から思った。
「どうか、君は、幸せに。私は、貴方と、貴方の愛する人の幸せを、心から願っています」
ウルラヌスさんはそう言って、おもむろに立ち上がったかと思うと、俺の目の前で膝をつき、祈りの所作をした。すると、彼の姿が、みるみる光の粒子と化し、闇の中で燦然と輝き始めた。
そのあまりの眩さに目を閉じ、再び瞼を開くと、そこには、イーゼルスタンドとキャンバス、水彩道具一式があった。きっと、彼が最後の力を振り絞って、具現化したのだろう。
筆とパレットを手に取る。まるで、自らの手足のように、指に馴染んだ。
絵具は、自分の魔力で。そうすれば、きっと、この祝福は、これまでにない程強くなるだろうから。
それから、俺は、呼吸を忘れるほどまでに、描画に没頭した。
きっとこれが、俺の渾身にして、最後の作品になる、そんな、確信があった。
+++
とめどなく湧きいずる瘴気から産まれた、無数の黒鳥たちが、天を埋め尽くす。封印は最早、その体を成さず、ひとつ、大きな衝撃が齎されれば最後、呆気なく砕けてしまうだろう。
ディザリオレラは揺れた。ベルラッドが吸収されたことにより、遂に地表へと孵ってしまった災害をあやす、ゆりかごのように。
しかし、いざ、外の世界へ這い出んとするその災害を、押しとどめるものが、二人あった。
ひとりは、卓越した知識と魔力操作の粋によって、今にも崩壊せんとする封印を、すんでのところで取り繕い続ける、当代最高の知恵者、ニレス・ミュルダール。
そして、何より。災害の進撃を、神の雷によって、進む傍から薙ぎ払い、焼き焦がし、一歩たりともまともに歩ませぬ、現人神もかくやの天災、ジルラッド・アルケミニス・ガラリア。
王国存続の危機は今、この二人によって、存外にも余裕を持って、食い止められているのであった。
「いやあ、キリ無いね。壊れる傍から取り繕って、その繰り返しとは。すっかり飽きちゃって、余剰魔力だけで事足りるように最適化しちゃったから、もう寝てても保てるけど。最早新しく封印の術式考えた方が手っ取り早い気がするんだよな、どう思う? 殿下」
「今日で無用の長物と化すものをわざわざ紡いでどうする。兄上がお戻りになるまで、我々はこのデカブツの侵攻を食い止めることに専念するだけだ。粛々と事を成せ」
「ああ、そっちもなかなかに退屈そうなことは分かったよ」
まさに、悪意という悪意を結集したような、邪悪な災害。その、何とも形容しがたい巨体は、人里に降り立った瞬間、殺戮と破壊の権化として、目の前の何もかもを踏みつぶし、汚染し、未曽有の被害をもたらすのだろう。
しかし、そんな災害も、ジルラッドにとってみれば、「死なないこと以外は取るに足らぬデカブツ」に過ぎなかった。
腐敗、再生、増殖……そんな現象を繰り返しながら、何度焼き払われようと、無数に生える足を前に踏み出すソレ。しかし、その足が地面を踏みつけ、一歩を踏み出すことすら、ジルラッドは許さない。
彼の手足のように迸る雷電。常人では命の危険すらあるほどに魔力を消費するため、ここぞという切り札として用いられるはずの神級雷電魔法を、連発どころか、同時にいくつも発動させ、乱れ打つ離れ業。
殆ど無尽蔵とも言える、その保有魔力と回復力のなせる業は、まさに災害などとは比べ物にならない、天災そのものなのであった。
「ジルラッド・アルケミニス・ガラリア……! 忌々しい、矮小な存在のくせに、生まれたその時から、私たちの幸せを邪魔することばかり……! お前如き、蠅のように叩き潰してくれる!!」
弾丸のような速度で、無数の触手のようなものが、巨体からジルラッドめがけて伸ばされる。
「遅い」
しかし、弾丸の速さは、光の速度には到底及ばない。むしろ、鈍足も良いところ。ジルラッドは、自身に襲い掛かるそれらを、凍てつくような殺意の瞳で睥睨し、身じろぎ一つしなかった。
一閃、剣をふるう。すると、ビシ、という、重く鋭い音が響き、次の瞬間には、無数の触手は彼の風刃によって小間切れにされ、あっけなく地面に腐り落ちた。
「まだよ、まだ……何故かしら、彼はまだ目覚めないけれど、目覚めた後には、貴方なんて……!」
グシャッ、そんな音と共に、シレーヌの声が止む。ジルラッドが切り伏せたのは触手だけではなかった。蠢く巨体は左右で真っ二つになり、バランスを崩して地面に倒れ伏した。
「静かにしていてくれるか。兄上の声がした時、聞こえなかったらどうする」
「どんな騒音の中でも聞き逃さない癖に……」
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