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第五話
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時刻は既に十九時前。帰りは八時か九時ごろになると言う旨を、家族のグループチャットに送信し、駅前のマックに入る。有人のレジの方をチラチラ見ながら所在なさげにしている久瀬。俺は当たり前のようにキャッシュレス専用のセルフレジに向かった。
久瀬は俺がアプリのクーポンを反映させてアイスコーヒーをカートに入れるさまを呆然と横で眺めていた。次どうぞ、という気持ちで横にずれると、ビク、と震えて、恐る恐るといった様子でタッチパネルを操作し始める。
久瀬は何かをためらっているようだった。俺と同じように、飲み物だけにしようとドリンクメニューのページを開いているが、おそらく、バーガーのページに意識を寄せている。
「あー、どうしよ。こんな時間だし、ここで晩飯済ませてもいいなぁ……久瀬くんは? 流石に晩飯は家で食べる?」
ぐう。まるで返事をするみたいに、久瀬の腹の虫が鳴いた。
久瀬は俺に顔を向けて、とは言え前髪とマスクで表情は殆ど伺い知れないが、どこか意を決したように吐息を漏らした。そして、期間限定の映画とのコラボメニューのセットを選択し、カートに入れた。なぜか久瀬はそれだけで息切れをして、肩を上下させていた。
俺はなんだか眉の上がジンジンと痺れるような、愉快と愉悦のあいの子みたいな気分になり、ひたすら瞬きを繰り返しながら、テリヤキチキンバーガーと枝豆コーンを選択し、そのまま二次元コード決済で支払いを済ませ、番号札を取って席へ向かった。
久瀬は猫背に拍車をかけながら俺の後を付いてきた。擬音にヨチヨチとつきそうな、覚束ないあどけなさがあり、胸の奥がきゅう、と甘く締め付けられた。
さて、適当な席を見つけて座り、ひとまずは商品が来るまで課題を机に広げるのはよそう、という雰囲気のなか、久瀬はリュックからスマホを取り出し、ワタワタと操作した。そして、同じく妹からのお土産催促のメッセージに返信するためスマホを操作していた俺のほうを、言いたげにジッと見た。
「あ、どう、する? 久瀬くんが良ければ、交換……」
久瀬はコクコクと頷いた。思っていたよりトントン調子に話が進んでいる。ドキドキと逸る鼓動を誤魔化すように咳払いし、二次元コードを表示。すぐさま、久瀬がそれをカメラで読み取ってくれて、友達追加の通知が来る。
『色々手伝ってくれてありがとうございます。よろしくお願いします。事情があって、声が出せないので、白沢くんに聞きたいこととか、逆に聞いてくれたことの答えとかを、ここに送ります』
「あ、なるほど、その手が……」
『不便ですみません』
「いやいや! こっちこそ、一方的にグイグイいってウザかったかもだわ、ごめん。嫌だったらすぐ言ってな」
『それは全然です。委員長の伊吹さん、ずっと気まずい思いさせてるなって思ってて、白沢くんにはそんなに遠慮せずにいられそうなので、助かります』
「そっか、よかった……てかさ、敬語ぶんの字数打つのめんどくない? 全然同級生だし、タメ語じゃだめ? 無理だったら全然いいんだけど」
『確かに。じゃあ、タメ語で』
態度同様、文面もどこか気さくな雰囲気。思ったより、とっつきにくさだとか、そう言ったものは感じない。しかし、コミュニケーションが円滑にいくのはありがたいとはいえ、これでは久瀬の声を聞くと言う目的から遠ざかってしまったような気もする。
どうしたものか、と考えているうち、クルーの若い男性が頼んだものを持ってきてくれた。久瀬君の視線がトレーに降り注ぐ。バーガーと、ポテトと、コーラ。定番も定番だ。
しかし、どこか緊張しているような、はたまた興奮というか、嬉しそうな空気感が彼の全身から滲みだしている。
「マック結構好き?」
『あんまり、イートインしたことなくて。あと、バーガーは月一とか、ポテト我慢するとか、ジュースじゃなくてお茶にするとか、色々制限あったから、ドキドキしてるかも』
「へぇ~、すごいね! 俺さ、趣味で筋トレやってるんだけど、食事気を付けてればもっと結果出るんだろうなって思いつつ、やっぱり食事制限できないんだよ。食欲に勝てない」
『栄養士さんは、制限よりも管理が大事って言ってた。特に僕たちみたいな年代はまだ成長期終わってないから、本当は食べる量も減らさない方が良いって』
「栄養指導受けたことあるの⁉ ……え、何かしらのスポーツの選抜選手だったりとかする?」
『そういうのではないかな』
「おっと、見当違い、失礼。まあ、いいや。とりあえず食べよっか、ね」
久瀬はコクンと大きく頷いた。安堵が肩の脱力に滲み出ているようだった。やはり、ここら辺は詮索しない方がよさそうだ。まあ正直、どんな事情があるかまではそこまで興味がないので、これ以上深く追求するつもりもない。
俺がボーッと取り留めのない考え事をしながら食べ始めた時には、久瀬はもうバーガーの半分くらいを口の中におさめ、ゴクリと飲みこんでいた。信じられないほどの早食いだ。
食べ方にがっついている感じもないし、下品な感じもない。それなのに、吸い込まれるみたいにバーガーが消えていくのだ。こうして、まじまじと彼を見たり、接する機会を与えられると、意外なところが沢山見えてくる。それがなんだかドキドキした。
『そういえば、白沢くんって、ちょくちょく僕のこと気にしてくれてない? 困ってたら大体白沢くんにフォローしてもらってる気がするんだけど』
「あー……結構気になったことあったら反射的に手も口も出ちゃうタイプでさ。転校生で不慣れなことも多いだろうし、無意識に久瀬くんの方をよく気にしちゃってたかも。マジで気にしないで、そういう習性だと思ってくれたら助かる」
『何も伝えられないのに、細かく察してくれて、いつも助かってる。ありがとう」
「やぁ、あの、マジ、たまたまよ。ウザかったら全然、言ってね、気を付ける……」
極力、彼の存在を気にしないように意識していた。きっと、それが良くなかった。結局、かえって彼の存在を気にしてしまうことになり、気が付いたそばからあれこれと手出しやお節介をしてしまっていたのだ。極力、さり気ない感じを装ってはいたが、久瀬からしたら随分不審に映ったことだろう。
『ウザいとか思わないよ。でも、何でかなって、不思議ではあったかな』
「不思議?」
『うん。僕、出来るだけ目立たないように、色々クラスの視線とか行動のタイミングとか意識してるから。でも、白沢くんだけは、僕の存在をいつも認識してる。それが不思議』
なるほど、どこか久瀬の立ち居振る舞いが異様に見えたのは、きっとそこに計算や作為がふんだんに込められていたからなのだろう。他のみんなは、久瀬の思うように、彼を意識の外に追いやったけど、俺だけはそれが出来なかった。こればっかりは性分だ。
「あのさ、俺ね、サスペンスドラマとか、推理ドラマとかの、伏線? そういうの見つけるの得意だったりするんよ。なんか、意図かな、そういうのがあると妙に気になるんだよね。他の人は気にしないことずっと気にしてるから、結構気持ち悪がられるんだけど。あの、ごめん、やっぱり気持ち悪かった、よね……」
主に、出演するアイドルや俳優目当てでドラマを見る妹に、いたく気持ち悪がられる。さんざんウザがられた挙句、それが伏線だと分かったときには気色悪いと罵られるコンボだ。散々である。
しかしまあ、人と着眼点が違うと言うのは、やはり決定的に感性が噛みあっていないということなのだ。人はそういう違いを気にするし、嫌厭する。だから、気持ち悪く思われても仕方ない、というか。もし、俺が久瀬の立ち位置だったら、普通に気持ち悪いと思うだろう。
しくじった、という後悔が、ズキ、とこめかみを痛ませる。裏腹に、ピロン、と、軽妙な通知音。久瀬とのチャットルームを開くのが怖い。しかし、目の前にいるのに見ないのも失礼だ。
『不思議で、たまに怖いなって思う時もあったけど、気持ち悪いなんて思わないよ。おかげで沢山助けてもらったし、あんまり目立ちたくはなかったけど、でもやっぱり、せっかくなら誰かと仲良くなりたいって思ってたから、白沢くんみたいな人がいてくれてよかった』
俺がスマホから顔を上げれば、久瀬は少し首を傾けながら、柔らかく微笑んでいた。その瞬間、俺はもう、久瀬の正体が誰か、とか、そういうことはどうでもよくなってしまった。
久瀬がアイドルのミズキであろうが、なかろうが、関係ない。久瀬というクラスメイトの、無口というラベルに隠されていた、朗らかで、穏やかな人間性が、何より、俺にとってはかけがえのないものに思えたのだ。
「あの……もし、よかったら、これからも、困ったことがあったら、じゃんじゃん頼ってほしい。今までは運が良かったけど、気付けない部分もあるかもしれないし、俺には遠慮しないでいいからさ」
『どうして、白沢くんはそんなに優しくしてくれるの?』
「やさしくは、ない……なんか、気になったことは放っておけない性分で。キモいよな~、とは思いつつ、わかんないけど、何か久瀬くんのこと気になっちゃって。気になったこと無視しようとすると、すげぇ集中力無くなっちまってさ。だからまあ、自分の、集中力のため、だよ。それでさ、その……協力して、くれない? なんて~……」
久瀬は石像になったみたいに固まり、俺を凝視した。ひく、ひく、と吊り上げた口角が引き攣る。それ以上、沈黙に耐えられなくなって。
俺は、勢い余って、変顔をするなどした。
「ぐふ……っ、ふ、ふふッ、ンフフ……っ」
ふつふつと湧き上がるような、ささやかな笑い声。しかしそれは、間違いなく、久瀬の口から発せられた音だった。
低く、つややかで、特徴的。とても耳馴染みの良い、はじめて聞いた気のしない、久瀬の声。
声が聞けた。そして確信した。やはり、久瀬は、人気男性アイドルユニット、ラヴィのメインボーカル、ミズキだ。
でももう、そんなことはどうでもよかった。
確かに、久瀬が笑った。笑ってくれた。俺にとっては、それだけで、何物にも代えがたい、久瀬のありのままで。それだけでいいと、そう思えたのだ。
「え、と……そろそろ、課題、しよっか」
久瀬は口元を押さえ、なおも小刻みに震えながら、大きく頷いた。いつの間にか、時刻は八時にさしかかっていたのだった。
久瀬は俺がアプリのクーポンを反映させてアイスコーヒーをカートに入れるさまを呆然と横で眺めていた。次どうぞ、という気持ちで横にずれると、ビク、と震えて、恐る恐るといった様子でタッチパネルを操作し始める。
久瀬は何かをためらっているようだった。俺と同じように、飲み物だけにしようとドリンクメニューのページを開いているが、おそらく、バーガーのページに意識を寄せている。
「あー、どうしよ。こんな時間だし、ここで晩飯済ませてもいいなぁ……久瀬くんは? 流石に晩飯は家で食べる?」
ぐう。まるで返事をするみたいに、久瀬の腹の虫が鳴いた。
久瀬は俺に顔を向けて、とは言え前髪とマスクで表情は殆ど伺い知れないが、どこか意を決したように吐息を漏らした。そして、期間限定の映画とのコラボメニューのセットを選択し、カートに入れた。なぜか久瀬はそれだけで息切れをして、肩を上下させていた。
俺はなんだか眉の上がジンジンと痺れるような、愉快と愉悦のあいの子みたいな気分になり、ひたすら瞬きを繰り返しながら、テリヤキチキンバーガーと枝豆コーンを選択し、そのまま二次元コード決済で支払いを済ませ、番号札を取って席へ向かった。
久瀬は猫背に拍車をかけながら俺の後を付いてきた。擬音にヨチヨチとつきそうな、覚束ないあどけなさがあり、胸の奥がきゅう、と甘く締め付けられた。
さて、適当な席を見つけて座り、ひとまずは商品が来るまで課題を机に広げるのはよそう、という雰囲気のなか、久瀬はリュックからスマホを取り出し、ワタワタと操作した。そして、同じく妹からのお土産催促のメッセージに返信するためスマホを操作していた俺のほうを、言いたげにジッと見た。
「あ、どう、する? 久瀬くんが良ければ、交換……」
久瀬はコクコクと頷いた。思っていたよりトントン調子に話が進んでいる。ドキドキと逸る鼓動を誤魔化すように咳払いし、二次元コードを表示。すぐさま、久瀬がそれをカメラで読み取ってくれて、友達追加の通知が来る。
『色々手伝ってくれてありがとうございます。よろしくお願いします。事情があって、声が出せないので、白沢くんに聞きたいこととか、逆に聞いてくれたことの答えとかを、ここに送ります』
「あ、なるほど、その手が……」
『不便ですみません』
「いやいや! こっちこそ、一方的にグイグイいってウザかったかもだわ、ごめん。嫌だったらすぐ言ってな」
『それは全然です。委員長の伊吹さん、ずっと気まずい思いさせてるなって思ってて、白沢くんにはそんなに遠慮せずにいられそうなので、助かります』
「そっか、よかった……てかさ、敬語ぶんの字数打つのめんどくない? 全然同級生だし、タメ語じゃだめ? 無理だったら全然いいんだけど」
『確かに。じゃあ、タメ語で』
態度同様、文面もどこか気さくな雰囲気。思ったより、とっつきにくさだとか、そう言ったものは感じない。しかし、コミュニケーションが円滑にいくのはありがたいとはいえ、これでは久瀬の声を聞くと言う目的から遠ざかってしまったような気もする。
どうしたものか、と考えているうち、クルーの若い男性が頼んだものを持ってきてくれた。久瀬君の視線がトレーに降り注ぐ。バーガーと、ポテトと、コーラ。定番も定番だ。
しかし、どこか緊張しているような、はたまた興奮というか、嬉しそうな空気感が彼の全身から滲みだしている。
「マック結構好き?」
『あんまり、イートインしたことなくて。あと、バーガーは月一とか、ポテト我慢するとか、ジュースじゃなくてお茶にするとか、色々制限あったから、ドキドキしてるかも』
「へぇ~、すごいね! 俺さ、趣味で筋トレやってるんだけど、食事気を付けてればもっと結果出るんだろうなって思いつつ、やっぱり食事制限できないんだよ。食欲に勝てない」
『栄養士さんは、制限よりも管理が大事って言ってた。特に僕たちみたいな年代はまだ成長期終わってないから、本当は食べる量も減らさない方が良いって』
「栄養指導受けたことあるの⁉ ……え、何かしらのスポーツの選抜選手だったりとかする?」
『そういうのではないかな』
「おっと、見当違い、失礼。まあ、いいや。とりあえず食べよっか、ね」
久瀬はコクンと大きく頷いた。安堵が肩の脱力に滲み出ているようだった。やはり、ここら辺は詮索しない方がよさそうだ。まあ正直、どんな事情があるかまではそこまで興味がないので、これ以上深く追求するつもりもない。
俺がボーッと取り留めのない考え事をしながら食べ始めた時には、久瀬はもうバーガーの半分くらいを口の中におさめ、ゴクリと飲みこんでいた。信じられないほどの早食いだ。
食べ方にがっついている感じもないし、下品な感じもない。それなのに、吸い込まれるみたいにバーガーが消えていくのだ。こうして、まじまじと彼を見たり、接する機会を与えられると、意外なところが沢山見えてくる。それがなんだかドキドキした。
『そういえば、白沢くんって、ちょくちょく僕のこと気にしてくれてない? 困ってたら大体白沢くんにフォローしてもらってる気がするんだけど』
「あー……結構気になったことあったら反射的に手も口も出ちゃうタイプでさ。転校生で不慣れなことも多いだろうし、無意識に久瀬くんの方をよく気にしちゃってたかも。マジで気にしないで、そういう習性だと思ってくれたら助かる」
『何も伝えられないのに、細かく察してくれて、いつも助かってる。ありがとう」
「やぁ、あの、マジ、たまたまよ。ウザかったら全然、言ってね、気を付ける……」
極力、彼の存在を気にしないように意識していた。きっと、それが良くなかった。結局、かえって彼の存在を気にしてしまうことになり、気が付いたそばからあれこれと手出しやお節介をしてしまっていたのだ。極力、さり気ない感じを装ってはいたが、久瀬からしたら随分不審に映ったことだろう。
『ウザいとか思わないよ。でも、何でかなって、不思議ではあったかな』
「不思議?」
『うん。僕、出来るだけ目立たないように、色々クラスの視線とか行動のタイミングとか意識してるから。でも、白沢くんだけは、僕の存在をいつも認識してる。それが不思議』
なるほど、どこか久瀬の立ち居振る舞いが異様に見えたのは、きっとそこに計算や作為がふんだんに込められていたからなのだろう。他のみんなは、久瀬の思うように、彼を意識の外に追いやったけど、俺だけはそれが出来なかった。こればっかりは性分だ。
「あのさ、俺ね、サスペンスドラマとか、推理ドラマとかの、伏線? そういうの見つけるの得意だったりするんよ。なんか、意図かな、そういうのがあると妙に気になるんだよね。他の人は気にしないことずっと気にしてるから、結構気持ち悪がられるんだけど。あの、ごめん、やっぱり気持ち悪かった、よね……」
主に、出演するアイドルや俳優目当てでドラマを見る妹に、いたく気持ち悪がられる。さんざんウザがられた挙句、それが伏線だと分かったときには気色悪いと罵られるコンボだ。散々である。
しかしまあ、人と着眼点が違うと言うのは、やはり決定的に感性が噛みあっていないということなのだ。人はそういう違いを気にするし、嫌厭する。だから、気持ち悪く思われても仕方ない、というか。もし、俺が久瀬の立ち位置だったら、普通に気持ち悪いと思うだろう。
しくじった、という後悔が、ズキ、とこめかみを痛ませる。裏腹に、ピロン、と、軽妙な通知音。久瀬とのチャットルームを開くのが怖い。しかし、目の前にいるのに見ないのも失礼だ。
『不思議で、たまに怖いなって思う時もあったけど、気持ち悪いなんて思わないよ。おかげで沢山助けてもらったし、あんまり目立ちたくはなかったけど、でもやっぱり、せっかくなら誰かと仲良くなりたいって思ってたから、白沢くんみたいな人がいてくれてよかった』
俺がスマホから顔を上げれば、久瀬は少し首を傾けながら、柔らかく微笑んでいた。その瞬間、俺はもう、久瀬の正体が誰か、とか、そういうことはどうでもよくなってしまった。
久瀬がアイドルのミズキであろうが、なかろうが、関係ない。久瀬というクラスメイトの、無口というラベルに隠されていた、朗らかで、穏やかな人間性が、何より、俺にとってはかけがえのないものに思えたのだ。
「あの……もし、よかったら、これからも、困ったことがあったら、じゃんじゃん頼ってほしい。今までは運が良かったけど、気付けない部分もあるかもしれないし、俺には遠慮しないでいいからさ」
『どうして、白沢くんはそんなに優しくしてくれるの?』
「やさしくは、ない……なんか、気になったことは放っておけない性分で。キモいよな~、とは思いつつ、わかんないけど、何か久瀬くんのこと気になっちゃって。気になったこと無視しようとすると、すげぇ集中力無くなっちまってさ。だからまあ、自分の、集中力のため、だよ。それでさ、その……協力して、くれない? なんて~……」
久瀬は石像になったみたいに固まり、俺を凝視した。ひく、ひく、と吊り上げた口角が引き攣る。それ以上、沈黙に耐えられなくなって。
俺は、勢い余って、変顔をするなどした。
「ぐふ……っ、ふ、ふふッ、ンフフ……っ」
ふつふつと湧き上がるような、ささやかな笑い声。しかしそれは、間違いなく、久瀬の口から発せられた音だった。
低く、つややかで、特徴的。とても耳馴染みの良い、はじめて聞いた気のしない、久瀬の声。
声が聞けた。そして確信した。やはり、久瀬は、人気男性アイドルユニット、ラヴィのメインボーカル、ミズキだ。
でももう、そんなことはどうでもよかった。
確かに、久瀬が笑った。笑ってくれた。俺にとっては、それだけで、何物にも代えがたい、久瀬のありのままで。それだけでいいと、そう思えたのだ。
「え、と……そろそろ、課題、しよっか」
久瀬は口元を押さえ、なおも小刻みに震えながら、大きく頷いた。いつの間にか、時刻は八時にさしかかっていたのだった。
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