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第二話 シルヴェーヌの前世

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「推したちどうしてみんな死んでしまうん……?」

 これが、前世の私の口癖だった。

 いたって平凡な、どこにでもいる、どこに出しても恥ずかしいオタク女。

 中高でそこそこの成績を修め、ほどほどの大学に合格、身の丈に合った手堅い資格を取ってなんとか就職した。

 アニメや漫画やゲーム、そしてその推したちを心の支えに生きている、平成生まれのありふれたOLとして、令和の日本を生きていたのが私だ。

 しかし、私が好きになる作品や推しというのが、どうにも問題だった。

 いや、問題というのは違うか。とにかくどれも素晴らしい作品だったし、推しの生きざまはただただ気高く、尊いものだった。

 ただ。私の嗜好が問題だっただけなのだろう。私はどうしても、魅力的なメインキャラが平気で命を散らすようなシビアな世界観に惹かれがちだった。

 そして、そんなシビアな世界の中で、自分の正義や理想を実現するため、命を懸けて問題に立ち向かうキャラクターを、愛さずにはいられなかったのだ。

 不慮の事故でうっかりアボンしてしまう直前まで、人間性を犠牲にするほどのめり込んでいたスマートフォン向けゲーム「ロータス・イン・ザ・マッドアイランド」。

 幼いころから、身の回りで起こる変な現象に悩まされていた、天涯孤独の主人公が、ロストテクノロジーと呼ばれる人類の神秘、魔法を学ぶことが出来るという学園に入学し、自分の出生の秘密を知っていきながら、巨悪に立ち向かうというストーリーのノベルゲームだ。

 この作品もまた、トゥルーエンドに到達するまで、多くの魅力的なキャラが死んでいくシビアな世界観だった。

 ストーリー更新のたび、某SNSのタイムラインを阿鼻叫喚の坩堝に叩き落としたことで、「アプデ当日のトレンドは見るな」が合言葉になるほどだった。

 私はこの作品の重厚なストーリーと、多種多様なキャラクター達の虜になった。

 そして、性懲りもなく、いかにも展開に殺されてしまいそうなキャラクターを、狂おしいほど好きになってしまったのである。

 その最推しこそ、レナンドル・ブランシュ。当初は主人公の両親を殺した人間として語られていたが、やがて真実が明らかになり、一転、主人公にとって最も信頼のおける人間になったキャラクターだ。

 そして、案の定、命を狙われた主人公が潜伏を強いられ、主人公陣営を擁する学園が敵の破壊兵器の標的となったとき、陣営メンバーが逃げる時間を稼ぐために単身で立ち向かい、遺体も残らず死んでしまった。

 このストーリーが公開された次の日、私は会社を休んだ。

 心のどこかで分かっていたが、それでも、心から生存を願っていたのだ。

 壮絶な戦いを生き残って、主人公と幸せになってほしかった。

 そして、それからの私は、例えバッドエンドでもいいから、彼が生き残っているルートが無いものかと、全ての分岐ストーリーを網羅した。

 同じ趣味を持つ友人にすらドン引きされるほどの執念で彼の生存ルートを探し、ストーリー完結以後はリセマラして何周もストーリーをプレイした。

 没頭のあまり一睡もせずに3連休を過ごしたことすらあった。

 思い返せば、私が望む幸せは二次創作にしか存在せず、涙にくれた晩年(?)だった。

 そんな中、寝不足ゆえの不注意で駅のホームから足を踏み外して死んでしまったのだ。

 自分の人生にこそこれといった悔いはなかったが、レナンドルが死んだことだけは、壮絶なまでの心残りとして私の魂に刻まれたのだろう。

 二度と目を覚ますことは無いと思っていた私は、気付けば、「ロータス・イン・ザ・マッドアイランド」の世界に転生してしまっていた。

 それも、原作では、レナンドルに勝るとも劣らない、絶大な人気を博していたメインキャラとして、生を受けてしまったのだ。

 それだけでも問題であることに間違いないのだが、転生に伴い、それすらも些細に思えてしまうほどの大問題と直面することになった。

 私が転生したキャラクターは、シルヴェスタ・プリエン。

 ストーリー当初から憎まれ役として主人公に立ちはだかり、事あるごとにその行く手を阻む厄介な強敵として、頻繁に登場していたキャラクターだ。

 しかし、最後の最後でどんでん返しがあり、その正体は敵陣営を欺き深部まで潜入してみせたスパイで、主人公を生かすために暗躍していた立役者だったのだ。

 この作品のキャラの宿命か、最後にはやはり主人公を庇って死んでしまい、一躍大人気キャラとして界隈を盛り上げた。

 問題は、このシルヴェスタが、レナンドルと女性人気を見事に二分する男性キャラということ。

 レナンドルと同郷の幼馴染で、彼とは常にいがみ合い、憎み憎まれの因縁を繰り広げ、出会うたびに殺し合っていたということ。

 そして、そんなシルヴェスタの立ち位置に転生してしまった私の名前が、シルヴェスタではなく、シルヴェーヌだったということ。

 そう、原作では男性だったキャラに、女として生まれ変わってしまったのだ。

 それだけではない。レナンドルと幼馴染であることに変わりはないが、女として生を受けてしまった影響だろうか……あろうことか、彼の婚約者になってしまっていたのである。

 私は絶望感と罪悪感に苛まれた。

 ただでさえ、砂漠の中でダイヤモンドを見つけるような、果てしない困難の末、原作はトゥルーエンドを迎えた。

 どこかのボタンが掛け違えただけで、その結末は容易く覆されてしまうかもしれない。

 ソーシャルゲームでありながら、夥しいルート分岐が敷かれていたことがその証左だろう。私は全部網羅したから知っているのだ。

 私と言うイレギュラーが、数多の犠牲のもと実現した最善の結末を覆してしまうかもしれない恐怖。

 推しの命を救うどころか、自分の存在のせいで、推しの死が無駄になってしまうかもしれない。

 女として生まれてしまったことは、もう変えようのない事実だ。受け入れるしかない。

 しかし、レナンドルに婚約者がいる、そしてその婚約者が、シルヴェスタとしての役割を果たさなければならないシルヴェーヌであるという最大の間違いは、せめて正さなければならない。

 そして、思い出したのだ。せめてもの救いを求めて二次創作と言う沼に頭まで浸かっていたころ、シルヴェスタがその見た目と性格から、「悪役令嬢」なんて言葉で揶揄され、いじられていたことを。

 よし、採用! 私は心の中で高らかに叫んだ。

 原作破壊には原作改変を。私はシルヴェーヌとして悪役令嬢になりきり、レナンドルから婚約破棄を突き付けてもらって、せめてもの軌道修正を試みるのだと、そう決意した。

 そうして、せめてあるべき姿を取り戻した後、シルヴェスタが歩いた道を辿り、最推しであるレナンドルの命を救うチャンスを探るのだ。

 そう、冒頭の下りは、私にとって、願ってもない局面だった。

 このままいけば、狙い通り、私に失望したレナンドルから、婚約破棄を言い渡される流れだろうと、勝利を確信してすらいた。

 何もかもが順調なはずだったのだ。

 しかし、昏睡から目覚め、ノースの実家で目を覚ました時、私に手渡されたのは、婚約破棄のための書類などではなかった。

 レナンドルが所属する学園の特進寮、アトラム寮への転寮通知書だったのである。

「ヨシ、夢だな」

 次こそは現実で目を覚ますため、私はその通知書を放り出し、ふたたびベッドにもぐりこんだのだった。
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