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第十六話 決意

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 結局、レナンドルは、当日まで、私をどこに付き合わせるつもりか全く教えてくれなかった。せめてドレスコードの有無くらい教えてくれ、と言えば、私の素の私服が見たいなんてことを臆面もなく言い放ったので、面食らってしまった。

 どうして私の私服になんて興味があるのだろうか。そもそも私、寮に持って来た服とか、制服と演習服とフォーマルドレスとレディースパンツスーツしかない。

 幸い、アトラム女子勢と一緒にウィンドウショッピングへ出かけた時、凄い勢いで乗せられた挙句、リューシェ様のポケットマネーで持ち帰らされた、カジュアルめな半袖ジャケットとショーパンのセットアップが、唯一それらしいものとしてクローゼットに鎮座しているので、有難くそれを着用させてもらうことにしたのだが。

「まあ! まあ! やっぱり私たちの見立てに間違いはなかったわ! そうね、それと……このキャスケットと厚底なんかバッチリ合うわね、やだシルヴィってばスタイル良すぎ……」

 レナンドルと別れ、凄まじいご機嫌顔でリューシェ様の部屋に連れ込まれた私は、彼女のはち切れそうなクローゼットの前でコーディネート指南を受けているところである。

 前世とは顔のつくりが違い過ぎるため、選んだことのなかった系統の服。どんな靴を合わせようか、小物は……今からでも商業区のブティックに駆け込んだ方が、などと内心焦りまくっていた私にとって、救いの一手に他ならないのだが、何せ、圧が強い。

「ああでも、このベレー帽でちょっとガーリーっぽさを演出するのも捨てがたいわ……ねえ、ヘアセットはどうする? 普段のツーブロックボブならこの皮革の黒キャスケットでスタイリッシュさを引き立てるのもいいと思うけど、肩まで伸ばしてシニヨンにしてベレー帽を被ってもきっと似合うと思うの。どっちが好き?」

「リュー様のお気に召したほうで……」

「いやだわ、私の好みに仕上げたって仕方ないじゃない……貴女じゃなかったら、せめてレニーの好みを考えてあげなきゃ」

「レナンドル殿下の、好み……」

 彼に女性の服装の好みとかあるんだろうか。そもそも女性の好みからして、少なくとも私みたいな辛気臭い根暗陰険女でないことは確かだと思うんだけれど。

 彼が好きなのはきっと、快活で、生命力にあふれていて、どんなことをするか予想できない、びっくり箱みたいな人だ。異性とか同性とかに関わらず、愉快な人が好きなのだと思う。それこそ、ジェルヴェやリューシェ様のような。

「それなら、普段のイメージを少し変えてみたい、です。殿下は、目新しいものがお好きなので」

「ウフフ……レニーくらいの幸せ者は見たことないわ、シルヴィにこんなに健気に想ってもらえるんだもの」

 咄嗟に、何と返していいか分からなかった。彼にとって、私ほど邪魔で、厄介な女はいないと思うから。今でもその考えは変わらない。

 私が彼の婚約者であるうちは、私は彼を、幸せ者になんてできない。だから、離れなければならない。彼から離れて、それでようやく、私は彼に献身できる。

 それなのに、どうして、彼は。彼も、リューシェ様も。

 どうして私みたいな女に、ここまで。

「どうして、彼も、貴女も……私などに、ここまで良くしてくださるのでしょう。本当なら、私は、報いを受けるべきでした。貴女に酷いことをして、レナンドル殿下だって、さぞ、私に失望しただろうと思っていたのに」

 そうでなくてはならなかった。こんな幸せは、微睡のようなひとときは、私のためにあって良いものじゃない。彼の失望を甘んじて受けた先に、きっと、彼の幸せがあると信じていたから。だから、ああ、私は、貴女を。

 リューシェ様、どうして貴女は、私を憎んでくださらないのですか。

 私は、レナンドルを生かすためなら、貴女のことを犠牲にしても厭わない、醜悪で独りよがりな女なのです。貴女に、そんなことを言ってもらえるような人間では決してないのに、それを言い出せもせず、突き放すことすらできない、惨めったらしくて卑劣な、救いようのない女。

「私ね、貴女に、笑っていてほしいの。この願いは、貴女のためにあるものじゃない。ただ、私が救われるからよ。ずっと昔、小さい頃、大好きな幼馴染がいた。貴女のことを一目見た時から、あの子が大きくなっていたらきっと、なんて、そう思った。ごめんなさい、ノースで生まれ育った貴女には関係のないことなのに、どうしても、って……こんなのは、ただの、独りよがりだわ」

 リューシェ様はいたく寂しげに微笑んだ。ズキズキと胸が痛む。

 覚えていないけれど、知っている。リューシェ様の直感が間違うことなんてない。ただの知識が、実感として、まるで重りのように、心に圧し掛かる。ああ、苦しい。こんな痣さえなければ。

 やはり、私ばかりが狡くて、どうしようもない。私は、知っていて、貴女を試すようなことを言った。ただ、実感として、確信が欲しかっただけ。

「……貴女の大事な方が、私のようなくだらない女であっていいはずがありませんわ、リューシェ様」

 リューシェ様はクスリと笑い、私の頬を包み込んで、親指で涙袋を撫でた。

「シルヴィ、私の愛おしい黒アゲハちゃん。こんなに素敵な女の子に、私の親友に、酷いことを言わないで、ね。貴女があの子でなくとも、私、シルヴィが大好きよ。貴女もそうでしょう?」

 私も、貴女のことが大好きだ。どうしようもなく、愛おしい。慕わしくて仕方がない。

 気持ちが大きすぎて、喉がつかえてしまうほどに。貴女の穢れなき優しい手のひらを湿らせてしまうほどに。

 やはり、私はリューシェ様を抱きしめる事しかできなかった。ひときわ、強く。まるで、縋りつくようで、なんて浅ましい。

 嘘が吐けない代わりに、本当のことも言えない。こんな痣が、私の首に巻き付いているうちは、こうして、心の中で、貴女に懺悔を吐きながら、こうすることしか。

 ああ、でも。せめて、私は覚悟を決めよう。

 貴女の親愛に応えたいと。今の私は、そうでなくては、自分の生に納得できなくなってしまったから。

 きっと、これっきりだ。前世の私として、レナンドルの命を助ける。

 そして、今を生きる私として、リューシェ様の命を助ける。

 だって、私は、彼女の死なくしては成り立たない原作のハッピーエンドに、もう納得できなくなってしまった。

 レナンドルとリューシェ様の犠牲なくしては、ニンフィールドに安寧が訪れないというのなら、そんな国、この身もろとも沈めてしまえばいい。

 この国が滅びても、世界は続くのだから。存続する世界で、レナンドルとリューシェ様と、彼らの大事な人たちが笑顔で過ごせるなら、それでいいじゃないか。

 ここまで滅茶苦茶になったのだ。これ以上原作が滅茶苦茶になろうが、知ったことか。

 私はシルヴェーヌ・プリエン、赤き瞳の叛逆者。

 いつか、必ずや、この手で、この命で。ノースの諸悪を、ニンフィールドの闇を、葬ってみせよう。どんな手を使っても。

 愛すべき人たちのためなら、誰に憎まれて、誰にも顧みられぬまま、どんなに惨めな死を晒したとしても、いっこうに構わない。
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