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⑦変化する世界
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藤堂は生馬の手の甲に付いた引っ掻き傷を見咎めて訊ねた。
「それ、どうしたんだ? まさか飼ってる猫に付けられたの?」
手のひらを下から掬い上げるように持たれて生馬はするりと手を引いた。
「何でもないよ」
生馬は素っ気無くそう言い藤堂に背を向ける。その取り付く島も無い態度に藤堂は慌てて生馬を追い掛けた。
「何でもなくないでしょ、生馬の手は指が長くて目立つから――」
「あの」
くるり、と生馬が振り向いて藤堂の目を見詰めて告げる。
「もう俺に優しくしないで」
「……え?」
突然過ぎて何を言われたか理解出来ない藤堂に、生馬はもう一度ゆっくりと繰り返した。
「俺に、優しくしないで。お願い」
「…………」
藤堂は優しくしないでと繰り返されて、瞳孔がぶわっと開いた。
生馬に拒絶された。それはこれまでの自分の態度を思えば当然なのかもしれないが、それでも少しは好かれていると思っていたのに。
近付いて、構って、彼も嬉しそうにしていると見えたのは自分の願望に過ぎなかったのか。
「急にどう……して? 俺が何かした?」
「……藤堂は何もしてないよ。過去を忘れて、無かったみたいに振る舞って……凄く寛大だと思う。ありがたいと思う。でも俺は優しくされたくない」
「…………」
自分は寛大じゃない。ありがたがらなくていい。
藤堂はただ生馬と余計な過去など忘れてやり直したいだけだ。
間に余計なものさえなければ自分たちは全て上手くと、脳天気に思っていたのだ。
(なのに拒絶されてしまった)
拒絶されるだけの理由がある藤堂には、入ってこないでくれと言われたら引き下がるしかない。好きだと告げるどころか、口説く事さえ出来ない。
藤堂が何も言えずにいたら、生馬はふいっと目を逸らせてその場を立ち去った。
その切り取ったように真っ直ぐな背中が自分を硬く拒んでいるようで、藤堂は瞬きをして目元を手で押さえた。
(きっと罰が当たったんだ。生馬に冷たく当たって泣かせて気分がいいだなんて思ったから)
相手が言い訳一つしないのを良い事に、自分が正しいと信じて嵩に掛かって責めたから返り討ちに遭った。好きなのに何も言う資格が無い。優しく出来ない。
「生馬……」
藤堂が呟いたら後ろからどすんとどつかれた。
「仕事場で暗い顔をしないでよ」
何処か冷やりとした刃物のような笑顔を浮かべたコドモだった。
「その顔だとあゆあゆに聞いたんだ?」
「……ああ」
「とーどーに生馬を責める資格ってあった?」
「……いや」
「だよねー。とーどーは失敗したんだよねー」
とても楽しそうなコドモの表情を見て、藤堂が苦い顔をする。
(最初に会った時は何も興味が無いような顔をしていたのに、今のこのイキイキとした表情ったらどうだよ!?)
年下の癖に、ついでに子供っぽくて可愛らしい顔をしている癖に趣味の悪さはピカイチだ。
「それでどうするの? とーどーには失敗を取り戻すようなウルトラCは無いの?」
「無いよ。そんなもん、ある訳がな――」
言い掛けて藤堂はもしかしたらと思う。もしかしたら生馬はもううんざりしていて、あの頃の事を思い出させるものは切り捨てたいのだろうか。だとしたら――。
「俺が、彼の人生から消えれば或いは――」
そう思うけれどそれは自分が嫌だった。彼を幸せにするのは自分でありたい。
他の人が彼を幸せにするのでは耐えられない。
「藤堂って、つくづくと馬鹿だね」
嘆息を吐くように言われて藤堂が憤る。
「何だよっ!」
「生馬は自分を悩ませる相手がいなくなったら確かに楽かもしれないけどさ、きっと今度は淋しくて泣いちゃうよ」
「……え?」
コドモの言葉に吃驚する藤堂に、グループ最年少のリーダーはニヤニヤと笑った。
「生馬が泣いたら嬉しい? 藤堂は好きな子を泣かせるのが大好きだもんね」
「もう泣かせないよ」
藤堂がぶすっとした顔で言ったら再び背中をバチンと叩かれた。
「痛いなっ!」
さっきからバシバシと叩きまくりやがって、と眉を吊り上げたらコドモが予想外に真剣な顔付きで言った。
「藤堂のそういうところって、男らしいよね」
「……え?」
こいつに褒められるなんて気持ち悪い、と見下ろしたが茶化せるような雰囲気ではなかった。
コドモが本気で言っている、と分かって藤堂は居心地悪く身動ぎした。
「どうせなら、生馬にそう思って貰いたいけど」
「思って貰えば?」
さらりと言われてコドモの顔を二度見する。
「生馬に、藤堂の一番いいところを見て貰いなよ」
淡々と言葉を重ねるように言われて藤堂は少し明るい心持ちになった。
「そうだな。今度は俺の方が、生馬が振り向いてくれるのを待つ番だ」
生馬は辛くてもじっと我慢して藤堂の仕打ちに耐えた。
今度は自分が許されるのを待とう。事情を知ろうともしなかった傲慢さを、一方的に断罪して恥じなかった愚かさを許されるのを待とう。
勿論、藤堂にただ待つだけのつもりはない。
償って彼に許しを乞うのだ。
(口説くのはその後だ)
藤堂は長期戦を覚悟した。
***
収録の合間の待ち時間、生馬は壁に凭れるように直座りして音楽を聴いていた。
何故か隣に藤堂がいるが無視するつもりだ。
そう思ってそちらを見ないようにしているのに、イヤフォンから漏れ聞こえるリズムに合わせて藤堂が鼻唄を歌うので気になって仕方がない。
(どうして藤堂の好きそうな曲をDLしちゃったんだろう)
生馬はイヤフォンを毟り取るように外して、iPodごと藤堂の膝に落とした。
「あげる」
短く告げて立ち去ろうとしたら手首を掴まれた。
「半分でいいよ」
「半分?」
訝しそうに首を傾げた生馬を、藤堂が手を引っ張って隣に座らせた。そしてイヤフォンを片方、生馬の耳に突っ込んだ。
「っっっ!」
酷く驚いた生馬に構わず、藤堂は何でもない顔で指を指して告げる。
「止まってる」
曲が止まっていると言われて生馬は反射的にiPodを手に取った。
音楽が流れても、ドキドキしていてちっとも頭に入って来ない。
(藤堂の指が耳に触れた。ずぼってナカに入って、縁に触れて……どうしよう、背中がゾクゾクした。俺って耳が弱かったんだ……)
生馬はギュッと自分の耳を押さえ、藤堂とイヤフォンを分け合いながらチラチラと隣を見た。
これまで極力近付かないようにしていた分、どうしても彼のパーツが気になって目が吸い寄せられてしまう。
自分に触れた指先とか、厚めで色気のある唇とか。
生馬が熱の籠る視線を送っていたら、藤堂がソワソワしたように言った。
「生馬、そんな目で見られると困る」
「えっ?」
見ていた事がバレて焦る生馬に、藤堂がもう一度言った。
「人が――あゆむが見てるから、困る」
「…………」
藤堂のセリフに生馬の胸がズキリと痛んだ。
けれどその痛みを無視してにこりと笑う。
「あゆむさんを呼んできてあげる」
そう言うと生馬は今度こそ藤堂の手を振り払って立ち上がり、あゆむに駆け寄った。
「あゆむさん、藤堂が呼んでる」
そう声を掛けてから生馬は近付く二人を見ないように、控え室から廊下へ出た。
壁に寄り掛かって俯いた生馬に横から声が掛かる。
「生馬は臆病だね」
「コドちゃん……」
生馬は少し躊躇ってから、素直に頷いた。
「そうだよ、俺は気が小さくて臆病者なんだ」
クスリ、とおかしそうにコドモが笑う。
「生馬を気が小さいなんて思った事ないよ。寧ろ大胆な方でしょ。それに臆病者じゃなくて臆病って言ったの」
二度も臆病と言われて流石に生馬もムッとした。
「同じ事だろ」
「違うよ。手に入れようと思えば手に入るのに、何が怖いの?」
怖がっている、と言われて生馬は益々深く俯いてぼそりと言った。
「だって……信じられない。」
「どうして?」
「どうしてってそれは――」
あれ程に自分を憎んでいた藤堂の心変わりが信じられない。
自分は彼よりも背が高いし、顔だってあゆむみたいに可愛くないのに。
一緒にいても気の利いた言葉を言えないし、歌やダンスには自信があった筈なのにステージで大きなミスをした。
「それは本心?」
その言葉に生馬がギクリと身を竦める。
「自信が無いなら、努力すればいいじゃない。何を怖がってるの?」
先程と同じ台詞をもう一度言われ、生馬は軽く混乱した。
自分に自信がないから努力はしてる。
少しでも他人にも自分にも認められるような自分になりたくて――。
「怖いんだ。変わるのが、怖い」
生馬はずっと許されてはいけないと思ってきた。自分はずっと苦しんでいなくてはいけない、楽になってはいけない。それが犯した罪の償いなんだから。
けれど寄りにもよって自分に傷付けられて決して許してくれる筈のない相手からもういいと言われてしまった。
自分も囚われたくないからもういいと。
「藤堂は狡いんだ。自分だけ先に抜けて……」
俺を置き去りにした、と生馬が胸の中で恨み言を言う。
それを聞いたコドモがプッと噴き出した。
「それ、本人に言ってみたらいいのに」
「言える訳ないだろっ!」
置いていかないで、もっと俺を憎んで、構ってくれなんて言えない。
「生馬は膝を抱えて座り込んでいる子供みたいだよね。みんな君に手を出してるのに」
「……手?」
「見えない?」
コドモに首を傾げられ、生馬はパチパチと瞬きを繰り返した。
外の世界に出て歌う為に、色んな人が協力してくれた。
グループのメンバーは優しくて、生馬が一人じゃないと教えてくれた。
(そうだ、俺はもう新しい夢を見つけて歩き出しているんだ)
とっくに前に進んでいたのに、まだ駄目だ怖いと尻込みをしていた。
もう変わり始めていたのに!
「歌で、沢山の人に気持ちを伝えたいと思ったんだ」
歌でなら届くかも知れないと思ったから。
一度は断絶してしまった世界と再び繋がれる、繋がりたいと思ったから。
「伝えようよ」
「うんっ!」
生馬は目の前が開け、キラキラと明るくなったような気がした。
もうここは自分が座り込んでいた暗闇じゃない。
明るい場所で、明るいものを見るんだ。
生馬は変わっていく事を決意した。
どんどん変わって、好きな自分になって、それで藤堂にも好きだって伝えるんだ。
キラキラと輝く彼に追い付くんだ。
何処か鬼気迫る様子で歌うようになった生馬を、藤堂が心配そうに見詰めていた。
「それ、どうしたんだ? まさか飼ってる猫に付けられたの?」
手のひらを下から掬い上げるように持たれて生馬はするりと手を引いた。
「何でもないよ」
生馬は素っ気無くそう言い藤堂に背を向ける。その取り付く島も無い態度に藤堂は慌てて生馬を追い掛けた。
「何でもなくないでしょ、生馬の手は指が長くて目立つから――」
「あの」
くるり、と生馬が振り向いて藤堂の目を見詰めて告げる。
「もう俺に優しくしないで」
「……え?」
突然過ぎて何を言われたか理解出来ない藤堂に、生馬はもう一度ゆっくりと繰り返した。
「俺に、優しくしないで。お願い」
「…………」
藤堂は優しくしないでと繰り返されて、瞳孔がぶわっと開いた。
生馬に拒絶された。それはこれまでの自分の態度を思えば当然なのかもしれないが、それでも少しは好かれていると思っていたのに。
近付いて、構って、彼も嬉しそうにしていると見えたのは自分の願望に過ぎなかったのか。
「急にどう……して? 俺が何かした?」
「……藤堂は何もしてないよ。過去を忘れて、無かったみたいに振る舞って……凄く寛大だと思う。ありがたいと思う。でも俺は優しくされたくない」
「…………」
自分は寛大じゃない。ありがたがらなくていい。
藤堂はただ生馬と余計な過去など忘れてやり直したいだけだ。
間に余計なものさえなければ自分たちは全て上手くと、脳天気に思っていたのだ。
(なのに拒絶されてしまった)
拒絶されるだけの理由がある藤堂には、入ってこないでくれと言われたら引き下がるしかない。好きだと告げるどころか、口説く事さえ出来ない。
藤堂が何も言えずにいたら、生馬はふいっと目を逸らせてその場を立ち去った。
その切り取ったように真っ直ぐな背中が自分を硬く拒んでいるようで、藤堂は瞬きをして目元を手で押さえた。
(きっと罰が当たったんだ。生馬に冷たく当たって泣かせて気分がいいだなんて思ったから)
相手が言い訳一つしないのを良い事に、自分が正しいと信じて嵩に掛かって責めたから返り討ちに遭った。好きなのに何も言う資格が無い。優しく出来ない。
「生馬……」
藤堂が呟いたら後ろからどすんとどつかれた。
「仕事場で暗い顔をしないでよ」
何処か冷やりとした刃物のような笑顔を浮かべたコドモだった。
「その顔だとあゆあゆに聞いたんだ?」
「……ああ」
「とーどーに生馬を責める資格ってあった?」
「……いや」
「だよねー。とーどーは失敗したんだよねー」
とても楽しそうなコドモの表情を見て、藤堂が苦い顔をする。
(最初に会った時は何も興味が無いような顔をしていたのに、今のこのイキイキとした表情ったらどうだよ!?)
年下の癖に、ついでに子供っぽくて可愛らしい顔をしている癖に趣味の悪さはピカイチだ。
「それでどうするの? とーどーには失敗を取り戻すようなウルトラCは無いの?」
「無いよ。そんなもん、ある訳がな――」
言い掛けて藤堂はもしかしたらと思う。もしかしたら生馬はもううんざりしていて、あの頃の事を思い出させるものは切り捨てたいのだろうか。だとしたら――。
「俺が、彼の人生から消えれば或いは――」
そう思うけれどそれは自分が嫌だった。彼を幸せにするのは自分でありたい。
他の人が彼を幸せにするのでは耐えられない。
「藤堂って、つくづくと馬鹿だね」
嘆息を吐くように言われて藤堂が憤る。
「何だよっ!」
「生馬は自分を悩ませる相手がいなくなったら確かに楽かもしれないけどさ、きっと今度は淋しくて泣いちゃうよ」
「……え?」
コドモの言葉に吃驚する藤堂に、グループ最年少のリーダーはニヤニヤと笑った。
「生馬が泣いたら嬉しい? 藤堂は好きな子を泣かせるのが大好きだもんね」
「もう泣かせないよ」
藤堂がぶすっとした顔で言ったら再び背中をバチンと叩かれた。
「痛いなっ!」
さっきからバシバシと叩きまくりやがって、と眉を吊り上げたらコドモが予想外に真剣な顔付きで言った。
「藤堂のそういうところって、男らしいよね」
「……え?」
こいつに褒められるなんて気持ち悪い、と見下ろしたが茶化せるような雰囲気ではなかった。
コドモが本気で言っている、と分かって藤堂は居心地悪く身動ぎした。
「どうせなら、生馬にそう思って貰いたいけど」
「思って貰えば?」
さらりと言われてコドモの顔を二度見する。
「生馬に、藤堂の一番いいところを見て貰いなよ」
淡々と言葉を重ねるように言われて藤堂は少し明るい心持ちになった。
「そうだな。今度は俺の方が、生馬が振り向いてくれるのを待つ番だ」
生馬は辛くてもじっと我慢して藤堂の仕打ちに耐えた。
今度は自分が許されるのを待とう。事情を知ろうともしなかった傲慢さを、一方的に断罪して恥じなかった愚かさを許されるのを待とう。
勿論、藤堂にただ待つだけのつもりはない。
償って彼に許しを乞うのだ。
(口説くのはその後だ)
藤堂は長期戦を覚悟した。
***
収録の合間の待ち時間、生馬は壁に凭れるように直座りして音楽を聴いていた。
何故か隣に藤堂がいるが無視するつもりだ。
そう思ってそちらを見ないようにしているのに、イヤフォンから漏れ聞こえるリズムに合わせて藤堂が鼻唄を歌うので気になって仕方がない。
(どうして藤堂の好きそうな曲をDLしちゃったんだろう)
生馬はイヤフォンを毟り取るように外して、iPodごと藤堂の膝に落とした。
「あげる」
短く告げて立ち去ろうとしたら手首を掴まれた。
「半分でいいよ」
「半分?」
訝しそうに首を傾げた生馬を、藤堂が手を引っ張って隣に座らせた。そしてイヤフォンを片方、生馬の耳に突っ込んだ。
「っっっ!」
酷く驚いた生馬に構わず、藤堂は何でもない顔で指を指して告げる。
「止まってる」
曲が止まっていると言われて生馬は反射的にiPodを手に取った。
音楽が流れても、ドキドキしていてちっとも頭に入って来ない。
(藤堂の指が耳に触れた。ずぼってナカに入って、縁に触れて……どうしよう、背中がゾクゾクした。俺って耳が弱かったんだ……)
生馬はギュッと自分の耳を押さえ、藤堂とイヤフォンを分け合いながらチラチラと隣を見た。
これまで極力近付かないようにしていた分、どうしても彼のパーツが気になって目が吸い寄せられてしまう。
自分に触れた指先とか、厚めで色気のある唇とか。
生馬が熱の籠る視線を送っていたら、藤堂がソワソワしたように言った。
「生馬、そんな目で見られると困る」
「えっ?」
見ていた事がバレて焦る生馬に、藤堂がもう一度言った。
「人が――あゆむが見てるから、困る」
「…………」
藤堂のセリフに生馬の胸がズキリと痛んだ。
けれどその痛みを無視してにこりと笑う。
「あゆむさんを呼んできてあげる」
そう言うと生馬は今度こそ藤堂の手を振り払って立ち上がり、あゆむに駆け寄った。
「あゆむさん、藤堂が呼んでる」
そう声を掛けてから生馬は近付く二人を見ないように、控え室から廊下へ出た。
壁に寄り掛かって俯いた生馬に横から声が掛かる。
「生馬は臆病だね」
「コドちゃん……」
生馬は少し躊躇ってから、素直に頷いた。
「そうだよ、俺は気が小さくて臆病者なんだ」
クスリ、とおかしそうにコドモが笑う。
「生馬を気が小さいなんて思った事ないよ。寧ろ大胆な方でしょ。それに臆病者じゃなくて臆病って言ったの」
二度も臆病と言われて流石に生馬もムッとした。
「同じ事だろ」
「違うよ。手に入れようと思えば手に入るのに、何が怖いの?」
怖がっている、と言われて生馬は益々深く俯いてぼそりと言った。
「だって……信じられない。」
「どうして?」
「どうしてってそれは――」
あれ程に自分を憎んでいた藤堂の心変わりが信じられない。
自分は彼よりも背が高いし、顔だってあゆむみたいに可愛くないのに。
一緒にいても気の利いた言葉を言えないし、歌やダンスには自信があった筈なのにステージで大きなミスをした。
「それは本心?」
その言葉に生馬がギクリと身を竦める。
「自信が無いなら、努力すればいいじゃない。何を怖がってるの?」
先程と同じ台詞をもう一度言われ、生馬は軽く混乱した。
自分に自信がないから努力はしてる。
少しでも他人にも自分にも認められるような自分になりたくて――。
「怖いんだ。変わるのが、怖い」
生馬はずっと許されてはいけないと思ってきた。自分はずっと苦しんでいなくてはいけない、楽になってはいけない。それが犯した罪の償いなんだから。
けれど寄りにもよって自分に傷付けられて決して許してくれる筈のない相手からもういいと言われてしまった。
自分も囚われたくないからもういいと。
「藤堂は狡いんだ。自分だけ先に抜けて……」
俺を置き去りにした、と生馬が胸の中で恨み言を言う。
それを聞いたコドモがプッと噴き出した。
「それ、本人に言ってみたらいいのに」
「言える訳ないだろっ!」
置いていかないで、もっと俺を憎んで、構ってくれなんて言えない。
「生馬は膝を抱えて座り込んでいる子供みたいだよね。みんな君に手を出してるのに」
「……手?」
「見えない?」
コドモに首を傾げられ、生馬はパチパチと瞬きを繰り返した。
外の世界に出て歌う為に、色んな人が協力してくれた。
グループのメンバーは優しくて、生馬が一人じゃないと教えてくれた。
(そうだ、俺はもう新しい夢を見つけて歩き出しているんだ)
とっくに前に進んでいたのに、まだ駄目だ怖いと尻込みをしていた。
もう変わり始めていたのに!
「歌で、沢山の人に気持ちを伝えたいと思ったんだ」
歌でなら届くかも知れないと思ったから。
一度は断絶してしまった世界と再び繋がれる、繋がりたいと思ったから。
「伝えようよ」
「うんっ!」
生馬は目の前が開け、キラキラと明るくなったような気がした。
もうここは自分が座り込んでいた暗闇じゃない。
明るい場所で、明るいものを見るんだ。
生馬は変わっていく事を決意した。
どんどん変わって、好きな自分になって、それで藤堂にも好きだって伝えるんだ。
キラキラと輝く彼に追い付くんだ。
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