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本編
1.始まりは、一杯のコーヒーから-③
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平日の昼前の店内は常連ばかり。食事を出さないせいか客足はまばらだが、この内輪な空気が心地よくて、理央は何も言えない。
三人で試作品のコーヒーについて語り合った後、ふと燕司が尋ねた。
「ところで旦那はまた海外?」
「廉ならキナバル山。撮り逃した景色があるんだってさ」
「いつまで?」
「…………さぁな」
志貴は素っ気なく答えたが、瞳の奥がかすかに揺れた。理央はその変化を見逃さない。
恋人の廉は山岳写真家で、世界中を飛び回っている。登山が目的のこともあるし、撮影目的のときもある。今回のキナバル山は比較的楽なルートだ。危険が少ない分心配は減るが、寂しい事には変わりない。
「相変わらずなんだね」
「今更だろ。それより、どれが美味しかった?」
「ああ……どれも個性的すぎて、売り物にはならないんじゃない?」
「……チッ。やっぱりな」
志貴は残念そうにしながらも、淡々と仕入れ候補から外した。
「洸には、燕司がダメ出ししたって伝えておく」
「……それ、あいつが送ってきたの?」
「ああ。らしいだろ?」
「はっ! いかにもあいつらしい。主張が強くて図々しい。それで、なかなか消えない」
吐き捨てるように呟く燕司の目が冷たい。
いつもの柔らかい雰囲気とは打って変わって、神経を尖らせている。
そんな燕司に、志貴が静かに告げる。
「消えたくないんだろ」
「え?」
「だから記憶から、消えたくないんだろ」
「……勝手な奴」
燕司がきつく唇を噛んだ。
理央は洸という男にはまだ会ったことがないが、志貴曰く「燕司の幼馴染みで同類」。つまりは、なかなかの変人らしい。 同族嫌悪、というやつだろうかと理央は思った。
「志貴さんさ、今晩飲みに行かない? 新商品開発に失敗したもの同士」
ぱーっと飲んで気持ち切り替えよう、と燕司が誘うと、志貴は乗ってきた。
「そうだな、気分転換は必要だよな」
「でしょ? 飲んで忘れて、また明日から頑張ろうよ」
「そうするかぁ!」
途端に元気になる志貴に、理央は思わず笑う。 でも燕司は、仕事の失敗だけを忘れようとしているのだろうか? 忘れたいのはもっと別のもののような気がした。
「理央も来るだろう?」
志貴がそう言ってくれて、理央はパッと顔を上げた。
「良いんですか?」
嬉しそうに頷く理央に、志貴が元気よく言う。
「よし、今日は肉を食うぞー」
「あんたいつも肉ばっかりじゃない」
「俺も肉が食べたいです。血が足りなくてめまいがするので――」
「それは肉の問題じゃない! はやく帰って寝ろ!」
志貴に追い返され、理央はしぶしぶ帰宅した。 そういえば、今日は一円も払っていないけど……それでも客って言えるんだろうか。
「新商品以前に、もう少し商売っ気を出した方がいいと思うなぁ」
理央はそう呟き、愛猫のナナちゃんを抱きしめてベッドに潜り込んだ。
少し眠ったら、また志貴に会える。 今日は、なんて素敵な一日だろう。
志貴の恋人の存在を遠くに押しやり、理央はささやかな幸せを噛み締める。
理央が眠る頃、志貴の携帯に海外から1通のメッセージが届いていた──。
三人で試作品のコーヒーについて語り合った後、ふと燕司が尋ねた。
「ところで旦那はまた海外?」
「廉ならキナバル山。撮り逃した景色があるんだってさ」
「いつまで?」
「…………さぁな」
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恋人の廉は山岳写真家で、世界中を飛び回っている。登山が目的のこともあるし、撮影目的のときもある。今回のキナバル山は比較的楽なルートだ。危険が少ない分心配は減るが、寂しい事には変わりない。
「相変わらずなんだね」
「今更だろ。それより、どれが美味しかった?」
「ああ……どれも個性的すぎて、売り物にはならないんじゃない?」
「……チッ。やっぱりな」
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「……それ、あいつが送ってきたの?」
「ああ。らしいだろ?」
「はっ! いかにもあいつらしい。主張が強くて図々しい。それで、なかなか消えない」
吐き捨てるように呟く燕司の目が冷たい。
いつもの柔らかい雰囲気とは打って変わって、神経を尖らせている。
そんな燕司に、志貴が静かに告げる。
「消えたくないんだろ」
「え?」
「だから記憶から、消えたくないんだろ」
「……勝手な奴」
燕司がきつく唇を噛んだ。
理央は洸という男にはまだ会ったことがないが、志貴曰く「燕司の幼馴染みで同類」。つまりは、なかなかの変人らしい。 同族嫌悪、というやつだろうかと理央は思った。
「志貴さんさ、今晩飲みに行かない? 新商品開発に失敗したもの同士」
ぱーっと飲んで気持ち切り替えよう、と燕司が誘うと、志貴は乗ってきた。
「そうだな、気分転換は必要だよな」
「でしょ? 飲んで忘れて、また明日から頑張ろうよ」
「そうするかぁ!」
途端に元気になる志貴に、理央は思わず笑う。 でも燕司は、仕事の失敗だけを忘れようとしているのだろうか? 忘れたいのはもっと別のもののような気がした。
「理央も来るだろう?」
志貴がそう言ってくれて、理央はパッと顔を上げた。
「良いんですか?」
嬉しそうに頷く理央に、志貴が元気よく言う。
「よし、今日は肉を食うぞー」
「あんたいつも肉ばっかりじゃない」
「俺も肉が食べたいです。血が足りなくてめまいがするので――」
「それは肉の問題じゃない! はやく帰って寝ろ!」
志貴に追い返され、理央はしぶしぶ帰宅した。 そういえば、今日は一円も払っていないけど……それでも客って言えるんだろうか。
「新商品以前に、もう少し商売っ気を出した方がいいと思うなぁ」
理央はそう呟き、愛猫のナナちゃんを抱きしめてベッドに潜り込んだ。
少し眠ったら、また志貴に会える。 今日は、なんて素敵な一日だろう。
志貴の恋人の存在を遠くに押しやり、理央はささやかな幸せを噛み締める。
理央が眠る頃、志貴の携帯に海外から1通のメッセージが届いていた──。
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