情熱のカフェ・アロマ~甘くほろ苦い恋とコーヒーの群像劇~

海野ことり

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本編

13.特別な人形

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 理央が初めて作った人形は、"前髪が少しだけ自分に似ている" 人形だった。
 その次は、左肩に包帯を巻いた男の子の人形。理想の「誰かに助けられる自分」だった。

 依頼されて仕事として人形を作るようになってからも、"自分の目から見た誰か" はどうしても自分の内面が反映されたものとなった。
 でも今回、志貴の目から見た廉を作ることで、初めて他人の気持ちを籠められた。

 これから作る人形は、気持ちを籠めない。
 自分ではない、他者の本質を探求し、表現する。そのために自分の感情は邪魔だ。
 理央は潔いほど、自分を切り捨てた。
 でも――。

「駄目だ駄目だ駄目だ、どうしてぇ?」
 理央は髪を掻き毟り、ぺたんと座り込んだ。
 何度かたちを作っても、それは自分が見た優しい奏太になってしまう。
 自分が都合よく描いた、理想の彼で、そこにこうあって欲しいという願いまで透けてしまう。

「これじゃ、いつもの俺の人形だ……」
  嘆く理央の脚に、愛猫のナナちゃんが腕を載せる。
「ねえ、いくら思い出しても、優しく笑ってる顔しか思い出せないんだよ」
 そう、泣きながら訴えたら、ナナちゃんがクワッと激しく牙を剥いた。
「え? 叱ってるの? 俺が、不甲斐ないから――痛い痛い、叩かないでよ。ごめん、違った? んと、確かめてこいって?」
 ようやくいつもの可愛い顔に戻ったナナちゃんを見て、理央は躊躇いつつも頷いた。

「えっと、人形を作ってることは内緒にするから。ありがとう、ナナちゃん」
 早く言ってこい、と背中を叩かれて理央は立ち上がった。

 ***

「急に押しかけて、ごめんね」
「いいけど、どうした。泣いてたのか?」
 優しく目元を拭われて、理央はつい甘えたくなるけどグッと堪える。

「あのさ、ちょっと行き詰まってて、相談に乗って欲しい」
「うん」
「俺って、人形作家として、結構有名なんだ。でも作品は貶されるし、自分でも本当にそんな高いお金を出してこれを買うの? タダでいいよって、言いたくなる。自信なんか、全然ない」
「自己評価が低い……いや、なんでもない。続けて」
「人形の顔がどれも同じって言われるし、確かにみんな綺麗な感じで作風が似てるし、またこういうのかって言われると……作るんじゃ、なかったって……っ!」
 理央は話しているうちに喉が詰まって、涙が溢れた。
 失望されると、自分が要らないもののような、この世に居場所がないような気がして怖かった。
 依頼が沢山舞い込んで、人形が高額で落札されればされるほど、自分はそんなに大したものじゃないという気持ちが強くなった。
 髪を伸ばし、背を丸め、人の視線を避けて俯いて歩くとそのまま地面にめり込みそうだった。
 そんな時に差し出された志貴のコーヒーに救われた。

「だから、彼をあんなに好きだったのか」
「うん」
 理央は目を擦りながら頷いた。
 情けないけど、すっかり吐き出せて少しスッキリしている。
 ハァッ、とため息を吐いたタイミングで、奏太が静かに口を開いた。

「理央が作る人形の顔がみんな同じだって? うん、そうかもしれない。だってそれは、理央が誰かに差し出した心だろう? 不器用で、優しくて、繊細で……煌めく理央の欠片が、映ってるんだ。同じに見えたって仕方ない。ぜんぶ、愛しい理央の分身だ」
「俺の、分身……」
「理央にしか作れないもの、理央の個性だよ」
 その言葉に理央は顔を上げた。
 そうだ。付けようとした訳じゃない。
 ただ心をこめて人形を作り、そこにどうしようもなく映った俺の心。
 それを見て、それは違うと言われたって仕方がない。
 だって俺は俺以外になれないもの。

「奏太、ありがとう」
「良い顔になった」
「うん、もう大丈夫」
 理央はにっこりと笑い、逸る心に急かされて家を飛び出した。
 置いていかれた奏太が、少し寂しそうにその背中を見送ったが、理央は気付かなかった。

 そしてそれから数日後。理央は再び奏太の家に押しかけようとして、迎えに来た奏太と途中でかちあった。

「理央、すぐに会いたいって、何かあったのか?」
 その真剣な表情に、理央の胸が美しく痛む。
 美しいものを見た時、人は胸が痛むのだと、理央は彼から学んだ。

「……心配?」
「当たり前だ。何があった」
「何……何もなかった。ただ俺は、美しいものを発見しただけだよ」
「は?」
 訝しげに眉を寄せた奏太に、理央は黙ってリボンの掛かった箱を差し出した。

「開けてみて」
「…………」
 奏太は恐る恐る紐を解き、蓋を開けた。
 現れたのは、暗闇に息を潜める黒豹のような、レース直前の控室で静かに闘志を燃え上がらせる自分だった。

 静かなる鉄人。そう呼ばれた本当の理由。それを理央に話したことはない。
 命の炎を燃やしたかった。夢中になれるもの、魂を捧げるものが欲しかった。誰よりも激しい内面を抑え込んだ、爆発する直前の一瞬。それこそが奏太の本質だった。
 奏太は一筋だけ涙を流し、理央を見つめた。
 理央は甘くはないその瞳を、真っ直ぐに見返した。
 暗闇の中、降り出した雪が、静かに音を吸う。
 二人を照らす街灯だけが、チリチリと小さな音を上げていた。
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