お隣の大好きな人

鳴海

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 分からない?

 直樹のその答えに真は納得ができなかった。虐められている人を見たら助けるべきじゃないだろうかと思う。だからそう質問してみた。

「なんで? すぐにBくんを助けるべきじゃないの?!」

 すると直樹はうん、と頷いた。

「助けなきゃいけないのは間違いない。けど、AくんがBくんを虐めている場所はどこ? 皆が見ている前? それとも人のいない場所? AくんとBくんの関係性やそれぞれの性格は? そういった細かい情報がない状態で安易な行動をとると、かえって問題がこんがらがることが多いんだ」
「で、でも、放っておくなんてBくんがかわいそうだよ」
「うん、だからまずは状況をしっかり見極める。できるだけ迅速にね。もし、虐めが公共の場で行われていた場合、マコがとめることでAくんは恥をかくことになり、ムカついたAくんは、後でもっとBくんを虐めるかもしれない。今度は人の見ていない場所でね。それに、逆恨みからマコのことも虐めるようになるかも」
「あー……」
「それは本当に助けたことになるのかな」

 真は首を捻った。む、難しい。
 ふふ、と直樹は小さく笑う。

「じゃあ、他の場合も考えてみよう。もし、Bくんがものすごくプライドの高い人だったら? もしかすると、助けなくていいから見て見ぬフリをして欲しいと思うかも。AくんとBくんが大人だったら? それでもマコは自分で止めようとする? 虐められてる人を放っておくのはかわいそうだから、止めるべきだと思う?」
「それは……違うと思う」
「そうだな。マコが止めに入るより、他の大人や警察に助けを求める方がいい。学校での虐めなら、先生に知らせる方がいいかもしれない。つまりな、シチュエーションやその人たちの関係や人間性によっても、対処の仕方は細かく違ってくるってことが言いたかったんだ。それが分からないと正しい行動はとれない。短絡的で安易な行動は、かえって状況を悪くする。そうなることが多い」
「む、難しいね」
「見て見ぬフリする人が多いのも、難しいからだろうな。自分のせいで更に状況が悪くなるのは嫌だし。だったら手は出さず、見なかったことにした方がマシだもんな」

 ってことは、と真は首を捻る。そして、悲しそうに言った。

「もしかして、さっき直樹くんが言ってた”分からない”っていうのは、だからなにもしない方がいいっていう意味なの? 見て見ぬフリをするのが正解?」

 もしそうだとしたら、とても悲しいと思った。いじめられている人を放っておくのは嫌だし、そうすることが正しいと直樹の口から聞くことがとても嫌だったからだ。

 しかし、次の直樹の言葉を聞いて、真は安心して笑顔を見せた。

「勿論、違うよ。分からないっていうのは、そのままの意味。虐めの現場を見た。それだけじゃなにも分からないから動きようがない。だから、まずは状況をしっかりと理解しなければならないっていう意味だ」
「で、でも、やっぱり難しいよ。シチュエーションはいつも違うし、関わる人間の性格も皆違うわけだから、どう行動することが一番いいかなんて、毎回違うわけでしょう? 考えることがいっぱいありすぎて、こんがらがっちゃいそう! 結局は毎回見て見ぬフリをすることになるんじゃないかな」
「だからこその習慣化だ」

 ぽんぽんと安心させるかのように、直樹が真の頭を撫でた。

「マコ、人間の脳っていうのはな、すごく優秀なんだぞ?」
「どういうこと?」
「常日頃から周囲に気を配って状況を認識するようにする。できるだけ多くの人と知り合って接することで、たくさんの人間のデータを頭に入れる。こういう性格の人はこういう考え方するから、こういう付き合い方をした方が上手くいく、とかね。そういうデータは、日ごろ多くの人と話をして接っするだけで、勝手に脳に蓄積されていく。さっきも言ったように、脳は優秀だからね。経験すればするほど処理速度が速くなって、いずれは無意識に勝手に働いてくれるようになる。状況を認識しつつ関わる人間の性格を見て、今はどう行動することがベストなのか、意識して考えなくても自然と取るべき行動が頭に浮かんでくるようになるんだ」

 思わず真は両手で自分の頭に触れた。

「そ、そうなの?! 脳ってすごいんだね!」
「あくまでも俺の持論だけどな。でも、よく言うだろう? 勉強ができる人と頭の回転が速い人は違うって。さっき言ったことができる人のことを、頭の回転が速い人っていうんじゃないかな」
「あー、なんかちょっと分かる気がするかも」
「だからね、友人知人が多い人には頭の良い人が多いんだ。常に脳をフル回転させて生活してるからね。色んなデータもたくさん蓄積しているから、世の中を上手く渡っていく術にも長けている。だからマコも、なるべくたくさん友達を作っておくといいよ。色んなタイプの人と、いっぱい付き合ってみな。大人になってからやり始めるのは大変だけど、小さい頃からやっておくとすぐ慣れるし、なにより、いつも周りに友達がたくさんいることは、ただの当たり前のことになるから。だから……」

 そこで直樹は困った顔をした。

「本当だったら俺とばかり遊んでないで、たくさん友達作って色々な経験をするべきなんだ。けど、俺はマコにウチに来るなとは言ってあげられない。マコのことがかわいくて仕方ないからな。いつでも遊びに来て欲しいって思ってしまうんだ」

 直樹は申し訳なさそうな顔をしたけれど、真はそれを聞いて、体中から花びらが噴き出すんじゃないかと思うほど嬉しかった。

「大丈夫! 学校でたくさん友達作る。休み時間にはたくさんの友達と遊ぶことにする。校庭で他のクラスの子とも遊んで友達になるよ。それに、道場でも同じくらいの年齢の子だけじゃなくて、年上の大人の人とかともいっぱい話をしたりするようにしてみる。だから、直樹くんの家にいつも遊びに来てても平気!」

 必死になってそう真がそう言い募ると、直樹はやっと小さく笑顔を見せてくれた。



 そんな会話を直樹と交わして以来、真は意識して人との付き合いの幅を広げるようになった。
 以前だったら絶対に友達になりたくないと思っていたような、少し意地悪というか、性格にクセのあるクラスメイトとも、今では自分から話しかけて交流を図るようにしている。

 おかげで今、真にはたくさんの友達がいる。彼らからは概ね好かれているし、上手く付き合っていけている。

 たまに真を嫌う子もいるけれど、その子たちの性格を考えると、どうして自分を嫌っているのか、その理由もなんとなく見当がつくようになっている。まあ大体が人気者の真に対する嫉妬だったり、天邪鬼なせいで素直に好意を認められないだけだったり、恋愛的に好きな気持ちがバレないようツンデレ行動をしているだけだったり、と、まあ大体それくらいのものである。

 面白いのは、クラス担任になった先生の中にも、何事をも器用に卒なくこなす人気者の真に対して、嫉妬心を持つ人がいたことだ。

「大人が皆、立派ってワケでもないんだな」

 それは真にとって驚くべき発見だった。なぜなら、それまでただひたすら尊敬する憧れの存在で、大好きだと崇拝していた直樹のことも、改めてしっかりと観察するキッカケとなったからだ。

 それで分かった。
 直樹が心から自分を大切に想ってくれているということが。

 そして同時に、六才も年下の小さな真に庇護欲以上の特別な想いを抱いていることや、キスしたりすることについて、ものすごく罪悪感を持っていることにも気が付いた。

 だから直樹は、自分からは真に手を出してこようとしない。初めてキスした時も、その先のもうちょっとエッチなことをした時も、どちらも真から仕掛けて実現した。

 きっとこれから先も同じだろう。
 これは直樹がヘタレだからではない。それだけ真を大切に想ってくれているということだ。身体は大きくて、見た目は強面系の男前である割に、直樹はとても真面目で繊細なのだ。

 それを考えた時、真がまず最初に危惧したことは、直樹が真を大切に想うあまり、傷付ける前に手放そうとすることだった。
 それは絶対に嫌だった。真には直樹と離れるつもりは全くない。

 だから真は色々考えた末、決意したのだ。
 直樹が大学生になってからする予定だったセックス! これを少しでも早い段階でやってしまおうと。

 キスやペッティングまでの触れ合いであれば、まだ傷は浅いと判断して、直樹が真との関係を絶つ決断をしやすいだろう。けれどもその先までしていたならば、セックスまでしたならば、直樹の真面目な性格ならば大丈夫。やることだけやってポイするなんてこと、あの優しい直樹にできる筈がない。

 直樹が真を手放すタイミングとして最も考えられるのが、受験が終了して大学生になる時である。バイトが忙しくなるし、通学時間も今よりもっと長くなる。サークルに入れば付き合いも増える。それを理由に真の関係をフェードアウトしやすくなるからだ。

 今になって思えば、プリンを持っていったことをキッカケに口淫を仕掛けたことは大正解だった。その後も週に一度おやつを作って持っていくたびに、真は直樹にペッティングをねだっている。直樹を自分に縛りつけるための鎖をより頑丈にするためだ。

 絶対に離さないからね、直樹くん。
 だって僕、直樹くんのことが大好きなんだもの。

 その代わり、誰よりも直樹を幸せにしようと真は思っていた。
 他の人としても、もうなにも感じなくなるくらいの快楽だって、自分の身体を使って直樹に与えてあげる予定でいる。


 教室の自分の席に座り、仲のいい友達たちとゲームの話で盛り上がりながら、真は楽し気な笑顔の向こうで、そんなことを考えていたのだった。



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