3 / 29
本編
それは突然に 2
しおりを挟む「……えっと。急に、何のことですか?先生」
「そのままの意味だ」
「だから、それが意味わからないんですけど」
言いたいこと?そんなの今だって言いかけて……あっ、そうか。そうだよ、言えばいいんだよ。
「……なら、言わせてもらいますけど。先生、俺よりも年だけは大分年上なんですから、そろそろ真面目に整理整頓を覚えて頂けませんか?やっておいてなんですけど、こういうのは俺の仕事範囲外し、自分でした方が先生だって気分よく仕事ができるってものでしょう?」
「そーか、なるほどな?あくまでシラを切るつもりなんだな、お前は」
いやいや、普段心から思ってることですよ?シラってなんのことですか、と聞き返そうとして、視線を合わせれば。
いつもより真剣な眼差しで俺を見て来るものだから。
思わずまた、言葉を飲み込んでしまった。
……から。
次の言葉の意味を飲み込もうとして、脳がその言葉を、うまく受け止めきれなかった。
「好きなんだろ、お前。俺のこと」
「……………。は、い??」
しばらく黙り込んでしまったあと。俺は、そんな間抜けな声を出すしかなかった。
はっはっは。
急に何を言ってるんでしょうね?この人は。
全くイミガワカラナイ。
口元が引きつりそうになりながらも、なんとか唇を動かす。
「……変なこと言いますね。ナニか拾い食いでもしたんですか?」
「俺はいつも朝昼ともに購買で適当なもん買うし。そもそも、そんなヘマしねーよ」
「ですよねー」
知ってましたけど。先生、自炊苦手だから適当に買ったものか食堂で食べるのは、昔からのことだから。まあ、先生が食堂で食べる姿を見るのはレアだけど。
「……冗談はさておき、なんで、そんな話をするんですか?その……。そういう話、嫌いなくせに」
そう。なぜ、俺がこんなにも狼狽えているのかというと。
普段ならばこの先生。男同士、というか、同性同士の恋愛を、関わるのも話に聞くことすら、強い拒否反応を起こすからだ。
先にも俺が呟いたように。この人はよく見ると、顔が整っていたりする。そのことは、実は俺だけでなく、少なくとも保健棟でお世話になったことのある生徒の何人かは気付いているのだ。
それに加え、治療するときの真剣な顔。カウンセリングの際の、素っ気ない優しさ。それらにうっかり惚れてしまった、という生徒は、案外少なくはないのだ。
彼らは人里離れた山奥で、しかも思春期から男子ばかりの環境である意味閉じ込められて暮らしているのだ。意識してしまう相手も、当然、男子に固定されてしまうのも仕方ないと言えば、そう言うことだ。
そういうわけで、この先生も、他の若くてカッコいい先生ほどではないにしろ、実はこっそりと隠れた人気があったりするのだ。
……が。
「当たり前だ。この学園から離れれば、胸も尻もでかくて肌も柔らかい女が存在してるっていうのに、近くにいるからって適当に男に告白してくるような連中、気が知れたもんじゃない」
「ですよねー……」
このように、キッパリと一刀両断するほど、同性愛には物凄く批判的なのである。
一応、彼自身もこの閉鎖された学校の卒業生であるため、このような状況も把握してるはずだが。それにしたってあまりにも反応がヒドイのだ。
最近も、先生の治療してくれた姿に惚れて、思い切って告白してきた可愛い系の生徒に対してかなり酷い振り方をしたのは……記憶に新しい。
『俺を好きだ?そりゃ思春期の気の迷いだ、他を当たれ。大体、俺は胸もない、尻も筋張って固い、あげくに股間には同じ○○○がついてる、顔だけ可愛い男なんぞ、ごめん被る』
……などと言って、折角出した勇気を容赦なくへし折り、相手が涙目になっても真顔で淡々と口撃する先生を押しとどめて、ひどく泣きじゃくる相手の生徒を、後で俺が宥めていく、というのがパターン化しつつある。しかも、そんな俺たちを横目で見つつ、泣き続ける生徒に対して「そもそも、男のくせに女みてぇにグダグダしてんじゃねぇ。気持ち悪ぃ」と追い討ちまでする始末。
……うん。いくらなんでも酷い対応だよな、ホント。
「だったら、そんな冗談言わないでください。大体、俺が先生のこと、そう意味で好きとか……そんな根拠、あるんですか?」
思わずため息をついて、あえて目を吊り上げて、先生を見上げた。
すると、それまで俺のことを痛いくらいに見つめ続けた先生の瞳が、揺れて。
不意に俺から視線を外し、先程までの強気な姿勢は何処へやら。俺から目を逸らしたまま、ほんの少し、瞼を下げた。
「……俺には、ないな」
「ふざけてます?」
意味のわからない返答に、思わず感情をぶつけかける。けれど、一度大きく、息を吐いてから。
「……大体ですね?ホントに俺が、先生のことを好きなら。他の子のように可愛くするとか、そんな努力もしますし。屁理屈しか言わない先生に気に入られるように、もう少し従順になれるように努力しますけど?その辺、どう思います?」
「図々しいな。どちらかと言えば」
「でしょう?」
自分で言っておいてなんだが。先生を尊敬しているからって、何でもかんでも言うことを聞くばかりではいられない。
そりゃあ、最初こそ、先生と知り合ったばかりの頃は、無条件に先生の言うことを聞いて素直に慕っていたりした。
だけど。
「さっきも言いましたけど、先生ってば俺がいないとすぐに机とか薬棚とか汚くするし。患者さんが増えたら、何日も徹夜して自分のことはお構いなしに、倒れかけるまで必死に治療するし。あと、先生にこっぴどくフラれた生徒のアフターフォロー、誰がしてると思ってるんですか?」
目線を外したまま、とにかく俺は言葉を連ねた。黙ったままだと、勝手に先生は自己解決して納得しかねないから。そういう自分勝手なところがあるのは、それなりに長い付き合いのなかで、俺はよく知っている。知っていた。
なにせ、先生とは、中等部に入学した年からの付き合いだ。高等部の2年となる今日までに、良いところも見れば、逆も見てきた。残念なことに、この人の場合は特に悪い部分の方が多すぎて…仕事以外のことになると色々適当過ぎるんだ、この人は。
そんな先生を知っておきながら、好きになる要因があるとすれば。そいつは間違いなく、相当末期なマゾだと思う。
………それこそ、救いようもないくらいの。
「わかりましたか?だから、馬鹿な質問する暇あるなら、さっさと仕事に戻って、集中してください。あまり来ないとはいえ、いつ生徒さんが来るかなんてわからないんですから」
納得してくれそうなことに内心安堵してから、俺はまた薬棚の方へ向き直り、仕事を再開する。治療の時に真面目なことはいいのだけれど、使う度にこうぐしゃぐしゃになってしまっては、次の患者さんが来た時に困るだろうに。
全く。本当に仕方のない人なんだから、俺の先生は。
0
あなたにおすすめの小説
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
不定期更新
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
【本編完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する
とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。
「隣国以外でお願いします!」
死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。
彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。
いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。
転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。
小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる