流星の棲み家で

桜井凪

文字の大きさ
上 下
13 / 13

四話④

しおりを挟む
 結局その罪悪感は、ただの媚薬にしかならなかった。
 左手で性器を握り込み、ゆるゆると上下に動かす。先走りの体液が潤滑油になっている。ひくひくと欲しがる後孔にそっと指先で触れってみる。普段、自分でここに触ることはほとんどない。マスターベーションは生理現象の処理でしかない。前を触るだけでことは足りるのだから、それで良かった。はずなのに。
 後ろの窄まりは、固く閉じた蕾のように自分の指には快感を見出さなかった。しかし、奥が疼いているのを感じる。そこを触りたい。デスクの引き出しからローションを取り出した。手のひらに出したそれを、馴染ませてから窄まりに触れる。
 いつも間宮が触れるみたいに、最初は入り口を。それから少しずつ侵入して、抜き差しをしてみる。コリっとした性感帯がある場所はおおよそわかっていた。自分で触れるのは少し怖くて、おっかなびっくりやわやわと触れてみる。

 「…、っあ…んん…っ」

 気持ちいいのはわかっていた。ビリビリと快感が脊髄を上っていく感覚はいつも通りだ。だけど、もっと。と思う。ここまでじゃない。もっと、もっと奥まで。
 一緒に昂まったことのある間宮のことを考えていたのは、性感帯に触れるまでだった。触れてしまってから俺は、ずっと吉名よしな先輩の指を思い浮かべていた。あの長い指ならもっと、もっと奥まで届くはずだ。
 そんなことを思って、不完全燃焼のような心地でいながら、俺はしっかり達していた。
 ティッシュに吐精して、ぼんやりと空を眺める間、浮かんだのはやっぱり先輩のへにゃりとした笑顔で、俺はその笑顔を汚してしまったような、秘密を暴露されたような、ひどく心許ない気持ちになった。しかし、汚してしまったのに罪悪感は少し薄れていた。
 つまりは開き直ったのだ。俺は吉名先輩が好きだったのだと。あの頃からずっと、抱かれたいと思っていたのだと。だからこの性衝動は仕方のないことなのだと。


 この仕事がひと段落して、もうしばらく会わないで済むかもしれないのは少しばかりは救いだった。
 『飲みにでも行こうよ』とは言われたが、都合がつかないとかなんとかのらりくらりと逃げていればなんとかなるだろう。
 そのうちに仕事で再会したとしても、何事もなかったかのように「ご無沙汰しております」と笑って頭を下げれば良いのだ。
 吉名先輩はそれくらいは許してくれるだろう。そしていつかこの劣情が風化した頃合いで、普通の先輩後輩のように飲みにでも行ければいい。
 今は、この遅咲きの恋心を抱えて遠くから先輩の広告を眺めているだけは、自分に許そう。

 そんな風になんとか自分を落ち着けて、くしゃくしゃのティッシュをゴミ箱に投げた。



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...