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第四章
4-3
しおりを挟むそのまままっすぐにまずは本殿へと向かうと、雲井とともに賽銭箱に小銭を入れ、二礼二拍一礼をする。
「どうかほほえみ商店街を前みたいに盛り上げて下さい。どうか、どうか頼みます」
雲井の切実な願いに、香澄も「どうかよろしくお願いします」とてんじんさんに願いを唱えた。
「それにしても、猫神社や言うて、ただ猫が多いだけかいな」
雲井の言葉通り、上宮天満宮の猫の数は以前と比べても随分と増えていた。参拝客も増えたけどそれ以上に猫の数の方が増えたかもしれないと思うほどだ。
「ほんなら、帰ろか」と雲井は言うと、本殿に背を向けようとする。香澄は慌てて引き留めた。
「あ、猫神社はここじゃないんです」
「ここやない?」
「はい。本殿の裏手にあるんです。こっちから行けますよ」
「……こないなとこ、ほんまに入ってええん?」
不安そうに香澄のあとをついてくる雲井に笑ってしまう。香澄も最初はそう思って、裏手に行くのすら躊躇ったのを思い出す。「大丈夫ですよ」と雲井に伝え、香澄は脇道を抜け猫神社の前に立った。
「あ……」
珍しくテンテンは賽銭箱の上で猫の姿になって眠っていた。ふと視線を上げると、以前は蜘蛛の巣だらけだった社は綺麗に整えられ、砂埃を被っていた猫の彫刻も手入れされているのか黒々と輝いていた。さらに彫刻の前にはお供え物と思われるおかかおにぎりも置いてあった。
そういえば先程の参拝客たちが「猫神社」と言っていたけれど、あれはもしかすると猫神社を訪れた客だったのかも知れない。以前に比べ、猫神社を訪れる人の数は確実に増えていた。それは辺りに置かれたお供え物だったり、雲井の耳にも届くほどの噂だったりとたしかな変化を起こしていた。
「こんなところがあったんやなぁ」
香澄の後からやってきた雲井は、猫神社に驚きを隠せないようだった。長く高槻に住んでいる雲井にとっても本殿の裏に入ったことはなかったらしい。
雲井の姿にテンテンは一瞬、細めた目をそちらに向け「なあぁ」と鳴いた。
「わっ、驚いた。これは彫刻やのうてほんまもんの猫か。真っ白の綺麗な毛並みしとるなぁ」
「テンテンって言ってこの猫神社を守る猫宮司らしいですよ」
「猫宮司、ねえ」
胡散臭そうに雲井はテンテンを見下ろす。その気持ちはわからなくもないので、香澄は苦笑いを浮かべてしまう。
「お前が願いを叶えてくれるんか?」
問いかけるような疑うような雲井の言葉に、テンテンは「なあぁ」と答えた。
「ほんまにこっちの言葉がわかっとるみたいに返事するなぁ。そしたら猫宮司。お前に頼みがあるんや。ほほえみ商店街を生き返らせてほしい」
雲井の願いごとに香澄は驚きを隠せない判明、ああ雲井らしいなと思ってしまう。あのとき雲井が考えていたのは、自分の店のことだけではなかった。ほほえみ商店街の未来を憂えていたのだ。
けれど……。
実際問題、商店街の再興が雲井の願いだとしたらそれを叶えるのは至難の業だ。
そもそもここ高槻市は商店街に活気がある方だと思う。市内にはいくつかの商店街があり、その中でもJR高槻駅と阪急高槻市駅の間にあるセンター街などは、たくさんの人で賑わっている。
ただそんなセンター街にも近年ちらほらとシャッターが下りた店舗が増えてきたのだ。駅から少し離れたところにあるほほえみ商店街であればなおさらだ。
「……なんてな」
「え?」
「どうしようもないんはわかっとるんやけどな。神様に頼んだところで店主の高齢化や担い手がおらへんのはどないしようもないやろ。いくら神様でも跡継ぎのおらへん店に跡継ぎ作れるわけがないんやからな」
諦めたような雲井の言葉が切なくなる。何とかできないのだろうか。テンテンの方へと視線を向けるけれど首を振ると「そんなことができるわけないだろう」とテンテンは言う。
そんなテンテンの言葉なんて聞こえていないはずなのに「猫も無理やって言うとるみたいやな」と雲井は苦笑いを浮かべた。
実際に何もしてあげることはできない。今までのように香澄がなんとか頑張ればどうにかなるというわけでもない。でも、それでも何か――。
「ほほえみ秋祭り!」
「え?」
「秋祭りの成功をお願いしたらどうでしょうか! 跡継ぎは作れなくても、お祭りの成功ぐらいなら叶えてくれるかもしれませんし」
賽銭箱の上でテンテンが細い目をさらに細めた気がするけれど、香澄は気づかないふりをする。少しでもいい。少しでもいいから、雲井の悩み事を解決したかった。
必死に言う香澄に雲井はふっと表情を和らげた。
「せやな。……神様、来年はもうほほえみ祭りはできひんかもしれへん。これ以上、屋台が出んくなったら実行するんはむりやろうからな。せやから、今年のほほえみ祭りをなんとか成功させたってください」
テンテンはしばらく考えるような素振りを見せたあと「なあぁ」と鳴いた。そして尻尾の毛を抜くとふっと息を吹きかけた。
「これ……今、どないしたんや」
テンテンが口に咥えた栞を差し出すと、雲井は恐る恐る受け取り透かしたりッ繰り返したりしながらマジマジとそれを見つめていた。
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