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第四章

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 慌てて駆け寄ると、そこには早瀬とそれから泣いている小学生ぐらいの男の子と女の子がいた。雪斗よりはいくつか上に見えるその子はしゃくり上げながら大粒の涙を流していた。

「なんやねん、あんた」

 睨みつけてくる男性に香澄は怯みそうになる。けれど。

「私は、商店街の者です。どうかされましたか?」
「ああ、なんやここの商店街の人? 別に。このガキが人に言いがかりを付けてきたから教育的指導っていうの? してやっただけや」
「言いがかり? 教育的指導って……」
「言いがかりやないわ! ほんまに順番抜かししとったん俺ら見とってんからな!」

 どういうことですか、と確認しようとした香澄の声を遮り、涙を拭った男の子は自分よりも遙かに大きな身長の男性に怒ったように言った。けれど、そんな男の子に男性の方も苛立ちを隠さない。

「あぁっ⁉ まだ言うんか⁉」
「やめてください! 怖がってるじゃないですか」
「うるさいわ! そもそも関係ない奴はだまっとれ」

 気づけば辺りには人垣ができていて、みな何があったのかと遠巻きに香澄たちを見つめていた。このままではせっかくの秋祭りが台無しだ。

 香澄は小学生二人に視線を向けた。ここは穏便に男性に香澄が頭を下げる、なんてしたところでこの子どもたちは納得しないだろう。かといって、香澄を完全に舐めている男性たちが大人しくこの場を立ち去ってくれるとは限らない。

 いったいどうすればいいんだろう。

 解決策が見つからず、香澄は手のひらをぎゅっと握りしめると、男性たちの様子を窺った。イライラとして今にも周りに当たり散らしそうな二人。入り口に置いた看板を何度も蹴り続けている。このまま揉めて小学生たちが怪我でもしたら大変だ。二人は納得しないかも知れない。それでも頭を下げよう。

「申し訳あ――」
「何をやってるんや」
「え?」

 その声に顔を上げると、そこには商工会議所の所長、辻の姿があった。香澄は驚き、下げようとしていた頭は辻に視線を向けたまま止まった。

「どうしてここに」
「様子を見に来たんや。そしたらなんや、この騒ぎは」
「こいつらがいちゃもんつけてくんねん」
「せやから、いちゃもん違う言うてるやろ!」
「はあっ⁉」

 どちらも引くことなく、なんなら先程よりも一触即発な空気が漂い始めた。もはや香澄一人が頭を下げたところでここが収まることないだろう。

 さらに向かいの辻は眉をひそめ顔をしかめている。この状況を不快に思っていることは明白だった。

 せっかくここまで大成功だったのに。全てが崩れ落ちていくような気がした。結局、香澄には何もできないまま――。

「君たち、申し訳ないねんけど迷惑をかけるのであれば帰ってくれるか」
「え……?」

 すぐ近くから聞こえたその声は、紛れもなく辻のものだった。香澄は戸惑い、辻へと視線を向ける。けれど辻はまっすぐに声を荒らげていた男性たちを見つめていた。

「なんやねん、おっさん」
「これ以上うるさあするようやったら警察呼ばせてもらうけどええね」
「……ちっ」
「もうええわ!」

 男性たちは近くの看板を蹴り飛ばすと、商店街の入り口の方へと去って行く。ホッと息を吐く香澄とは対象的に、辻は後ろを向くと頭を下げた。

「えらい騒いでてすんません。まだ祭りは続きますんで楽しんでってくださいね」

 辻の言葉に、遠巻きで騒ぎを見ていた人達も少し安心したように動き出した。そして。

「おっちゃん、ありがとう」
「お姉さんもありがとうございました」

 小学生の二人は辻と香澄に礼を言う。辻は二人の頭を撫でると「怪我はないか?」と優しく尋ねた。二人が頷くのを確認すると、しゃがみ込み目線を合わせ話す。

「間違ってることを間違ってる言うんは正しいことや。でもな、自分らはまだ子どもや。無茶したらあかん」
「そしたら、何も言わへんのが正しいってこと?」
「そうちゃう。困ったときはなちゃんと大人を頼れってことや。自分らだけでなんとかしようとせんでええんや」

 辻は立ち上がると香澄を見た。

「あんたもや」
「え?」
「あいつらに頭下げようとしてたやろ。この子らを守ろうとしたんはわかるけどな、一人でなんとかしようとせんとちゃんと周りを頼れ」
「は、はい」

 ふんっと鼻を鳴らすと辻は立ち去る。残された香澄はふと、先程の子どもたちへの言葉を辻は香澄に伝えようとしてくれていたのではないか、と思った。一人で頑張るなと、周りを頼れと。そう伝えようとしてくれたのではないかと。

 もちろん香澄の勝手な想像で、辻の真意はそうではないのかもしれないけれど。でも、思ったよりも怖い人でもないのかも、しれない。

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