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プロローグ
始まる前に終わったわたしの人生②
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ガタガタと馬車が揺れる。
先ほど身分を剥奪されてしまったが、私は、侯爵令嬢として生きてきた。侯爵家の馬車と比べると快適性に劣るため痛んだ身体には堪える。
馬車の中で、殿下に言われたことをぼんやりと考える。
身分を剥奪され、今日から修道女になる。…それは、お父様も承諾したということなのだろうか。
お母様がいなくなってから、確かに愛されている実感はなかった。それでも、身分剥奪を是とされるほど、憎まれているとは思わなかった。
できそこないの娘なんていなくても、侯爵家の跡取りはしっかりしているから…はじめから、なかったことにしたかったのかもしれない。
そもそも私が皇太子殿下の妃候補だったのは、お父様が宰相職に就いていたからという事実が大きい。
私が、ではなく、宰相の娘が、選ばれただけだ。
現に、あの顔合わせのとき、殿下は憎々しげに吐き捨てた。
「貴様が、あの優秀な宰相の娘でさえなければ俺の妃候補にあがることもなかったのに」
私のお父様と学園の親友だった国王陛下は、自分の息子と同じ年に親友に娘が産まれたことを「奇跡」と喜び、是非にも結婚させたいと婚約を申し込んできたという。
お父様は、産まれたばかりでもあり、自分が恋愛結婚だったこともありお断りしたそうだが、まったく諦める様子もなくついには「王命」を発動させようとしたらしく、「では、婚約者候補でしたらお受けします」と答えたそうだ。
そんな国王陛下の気持ちは、皇太子殿下には迷惑このうえなかったようで、10歳の初顔合わせのときに、「宰相の娘でなければ」という罵りにつながった。
私は、我儘なこどもではなかったと思う。
侯爵令嬢として大事に育てられた自覚はあるが、お父様にもお母様にも貴族として生きるとはどういうことか、ということに関しては厳しく言い付けられた。
貴族は、領民のおかげで生きている。そして、領民を守るために自分たちは強くあらねばならない、と。
「強くあるというのはね、ヴィー」
私を膝にのせて、髪を優しく撫でながらかつてお父様は言った。
「お母様のように、剣では誰にも負けない、という強さではないよ。まぁ、身を守るという意味ではそういう面も必要かもしれないが…」
と苦笑いしたあと、
「精神を強く保ちなさい、ということだよ。貴族というのは、いろんな人種がいてね。人に足をかけて転ばせること、転んだ相手を指差して嗤うことを何よりの楽しみにしている輩もいる。自分の家を繁栄させるために、他人を陥れることを当然だと恥ずかしげもなく言ってのける輩もいる」
だからこそ、と父は私を覗き込むようにして言った。
「だからこそ、そういう人間に負けないように精神を強く保つことが大切なんだよ。そして、学ぶことだ」
「学ぶ、ですか?」
「そう。知識があるかないかでは何か起きたときの対処方法がまったく変わってしまうからね。だから、ヴィーには、たくさん学んでほしいんだよ。立派なレディになるための教養、それは、広げたらキリがないくらいに膨大だ。でも、ヴィーならできる。お父様は、そう信じてるよ。いくらでも手伝うから一緒にがんばろう」
ニコッと笑ったお父様に、私もニコッと笑って答えた。
「はい、わたし、がんばります!お父様と一緒に、頑張って学びます!」
お父様とお母様の愛情に育まれ、努力を重ね輝かしい未来を夢見ていた私は、10歳のときに死んだ。初対面で私を罵った殿下は、続けてこう吐き捨てた。
「宰相の娘という肩書きがなければどうにもならないただの穀潰しの醜い女め。貴様にできることは何かわかるか?」
ツカツカと足早に近づいてきた殿下は、突然の悪意に対処できず身を震わせる私の髪をつかみ、顔を上げさせると、
「誰にも迷惑がかからぬよう、ただひっそりと…死んだように生きていけ」
「他の臣下に迷惑になるから、貴様は俺の婚約者候補にしておいてやる。間違っても、貴様の毒牙にかかる人間がいないようにな」
その言葉の呪いにとらわれ、暴力に怯えた私は殿下の言葉通り死んだように生きてきた。
目立たず、逆らわず、いてもいなくてもわからないむしろいないと思われるように自分を殺して生きてきた。
先ほど身分を剥奪されてしまったが、私は、侯爵令嬢として生きてきた。侯爵家の馬車と比べると快適性に劣るため痛んだ身体には堪える。
馬車の中で、殿下に言われたことをぼんやりと考える。
身分を剥奪され、今日から修道女になる。…それは、お父様も承諾したということなのだろうか。
お母様がいなくなってから、確かに愛されている実感はなかった。それでも、身分剥奪を是とされるほど、憎まれているとは思わなかった。
できそこないの娘なんていなくても、侯爵家の跡取りはしっかりしているから…はじめから、なかったことにしたかったのかもしれない。
そもそも私が皇太子殿下の妃候補だったのは、お父様が宰相職に就いていたからという事実が大きい。
私が、ではなく、宰相の娘が、選ばれただけだ。
現に、あの顔合わせのとき、殿下は憎々しげに吐き捨てた。
「貴様が、あの優秀な宰相の娘でさえなければ俺の妃候補にあがることもなかったのに」
私のお父様と学園の親友だった国王陛下は、自分の息子と同じ年に親友に娘が産まれたことを「奇跡」と喜び、是非にも結婚させたいと婚約を申し込んできたという。
お父様は、産まれたばかりでもあり、自分が恋愛結婚だったこともありお断りしたそうだが、まったく諦める様子もなくついには「王命」を発動させようとしたらしく、「では、婚約者候補でしたらお受けします」と答えたそうだ。
そんな国王陛下の気持ちは、皇太子殿下には迷惑このうえなかったようで、10歳の初顔合わせのときに、「宰相の娘でなければ」という罵りにつながった。
私は、我儘なこどもではなかったと思う。
侯爵令嬢として大事に育てられた自覚はあるが、お父様にもお母様にも貴族として生きるとはどういうことか、ということに関しては厳しく言い付けられた。
貴族は、領民のおかげで生きている。そして、領民を守るために自分たちは強くあらねばならない、と。
「強くあるというのはね、ヴィー」
私を膝にのせて、髪を優しく撫でながらかつてお父様は言った。
「お母様のように、剣では誰にも負けない、という強さではないよ。まぁ、身を守るという意味ではそういう面も必要かもしれないが…」
と苦笑いしたあと、
「精神を強く保ちなさい、ということだよ。貴族というのは、いろんな人種がいてね。人に足をかけて転ばせること、転んだ相手を指差して嗤うことを何よりの楽しみにしている輩もいる。自分の家を繁栄させるために、他人を陥れることを当然だと恥ずかしげもなく言ってのける輩もいる」
だからこそ、と父は私を覗き込むようにして言った。
「だからこそ、そういう人間に負けないように精神を強く保つことが大切なんだよ。そして、学ぶことだ」
「学ぶ、ですか?」
「そう。知識があるかないかでは何か起きたときの対処方法がまったく変わってしまうからね。だから、ヴィーには、たくさん学んでほしいんだよ。立派なレディになるための教養、それは、広げたらキリがないくらいに膨大だ。でも、ヴィーならできる。お父様は、そう信じてるよ。いくらでも手伝うから一緒にがんばろう」
ニコッと笑ったお父様に、私もニコッと笑って答えた。
「はい、わたし、がんばります!お父様と一緒に、頑張って学びます!」
お父様とお母様の愛情に育まれ、努力を重ね輝かしい未来を夢見ていた私は、10歳のときに死んだ。初対面で私を罵った殿下は、続けてこう吐き捨てた。
「宰相の娘という肩書きがなければどうにもならないただの穀潰しの醜い女め。貴様にできることは何かわかるか?」
ツカツカと足早に近づいてきた殿下は、突然の悪意に対処できず身を震わせる私の髪をつかみ、顔を上げさせると、
「誰にも迷惑がかからぬよう、ただひっそりと…死んだように生きていけ」
「他の臣下に迷惑になるから、貴様は俺の婚約者候補にしておいてやる。間違っても、貴様の毒牙にかかる人間がいないようにな」
その言葉の呪いにとらわれ、暴力に怯えた私は殿下の言葉通り死んだように生きてきた。
目立たず、逆らわず、いてもいなくてもわからないむしろいないと思われるように自分を殺して生きてきた。
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