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第三章

ケイトリン・サムソン(リッツ視点)

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めっちゃ怒ってる…。

俺の頭を掴んだまま離さないその手は、万力のようにミシミシと俺の頭を締め付けていく。

「団長!ほんとにすみません!頭がつぶれちゃうんで、許してください!」

「…あら?団長は貴方でしょ、リッツ・ハンフリート。私はもう、『ただの』ケイトリン・サムソンよ」

ブリザードを思わせる冷たい瞳で俺を見据えるその人は、怒りという怒りを身体中から吹き出していた。

「ケイト…?」

その声に俺の頭が解放される。マジで助かった…。

「あれ?どうしたんだ?」

その声の主の元へ一瞬で移動すると、襟首をギリギリとしめあげる。

「…!?ケ、ケイト…!?」

にっこりと笑いながら凄い力で自分よりもあきらかに大きな相手を持ち上げていく。

「ロバート。無知は罪よ。万死に値するわ。償いきれないけど、とりあえずここから消え去って、いいえ、消し去ってあげるわ」

「サムソン夫人、すまない」

俺の愛しい人の声に反応して、ドサリと荷物を放り投げるように手を離す。ゲホゲホと咳き込む自分の夫に見向きもせず、彼女はスッと頭を下げる。

「陛下。お見苦しいところを」

「いや、…本当にすまない。私が理解しきれなくて、」

「次は、ヘンドリックスを寄越します。こいつにはもう頼みません」

冷たく吐き捨てる彼女は、ケイトリン・サムソン。咳き込む男、ロバート・サムソンの妻であり、数年前までこの宮廷魔術団の団長を務めていた凄腕の魔術師だ。

俺に団長の座を譲る、と言われた時、嬉しさは1%もなかった。恐怖しかなかった。この人の後を、誰も代われるわけがない。しかし、「ありがとうございます」としか言えなかった。ケイトリン・サムソンの前では、「はい」、「わかりました」、「ありがとうございます」、「喜んで」、…詰まるところ、肯定の言葉しか発してはいけないのだ。

「サムソン夫人、すまないが…」

「昔通り、ケイトリンとお呼びください、陛下。
…陛下は、我が家に現れたふたつの魔力についてお聞きになりたいということでよろしいですか?」

「ああ、そうだ。朝、辺境伯から会いたいと言われて、昨夜感知した魔力についてだろうと思ったのだが、その…『モンタリアーノ国から客人とも言いかねる人間が我が家に来ている』と言われて、」

「あなた」

ツカツカと辺境伯の元に行くと、「ジョージはあなたに何と言いましたか」と言った。

「いや、その、」

「ジョージは、あなたに、何と、言いましたか、と聞いているんですが?もう一度質問したほうがよろしいですか?」

言い終わるやいなや、蹲っていた自分の夫をドンッと突飛ばし、その上から氷の刃を降らせる。…辺境伯の服…風通し良さそうな具合になってるな…。

「ケイト、とりあえず落ち着いてくれ!」

「ジョージは、あなたに、何と、言いましたか?」

「はい!『女王陛下に奏上せよ。シーラと孫娘のルヴィアが故あってしばらくカーディナルに滞在いたします、と』と言われました!」

「客人とも言いかねるとは、誰のことですか?」

「…シーラは、絶縁した…っ」

「あなたを絶縁します。さようなら」

冷たく言い放つと、エカたんの元に片膝をついて頭を下げる。

「陛下。昨夜陛下が感知した魔力は、私の娘シーラ…モンタリアーノ国へ嫁ぎました、シーラ・オルスタインと、孫娘のルヴィア・オルスタインのものです。
二人が来たのが急なことに加えて夜でしたので、今朝のご報告になりましたことを心よりお詫び申し上げます。
処罰はいかようにも…そこのクズに」

あまりにもひどい言いっぷりに心が震える俺をよそに、エカたんが意外なことを言った。

「いや、実は、サムソン夫人。私は、そのふたりの魔力を知っているんだよ」

ピクッとする団長、いや、団長は俺だけど、俺にとっての団長は彼女だけだから団長でいいかな!?と誰に対する言い訳かわからない言い訳をしている俺は、彼女から漏れ出る怒りへの恐怖で少しおかしくなっていたのかもしれない。

「…なぜ、陛下が…」

団長は、バッと頭をあげると、エカたんを睨み付け叫んだ。

「なぜ、私の可愛いヴィーちゃんの魔力を、私より先に知っていたのですかぁ!」




…そこから先のことは記憶がない。

ただ俺の意識が戻ったとき、エカたんと団長は楽しそうに語らっていた。

その傍らには、相変わらず氷の刃で床に縫い付けられたサムソン辺境伯が転がっていた。
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