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第二章 パコマリオネット操られ自殺未遂
二章二話 パコマリオネット
しおりを挟むキッチンから足音がした。
「シチューの他に何かほしいものは」
ママンが足早にパコに近づき緩くハグしながら額にキスした。
「デルオレンジのゼリーが食べたいな」
「あら、すでに冷蔵庫の中にあるわ」
待っていてねと言い残して母親は男に一瞥も与えずにキッチンに向かう。
「パコ、お前はアーチャに何をした」
僕は、僕はママンにアーチャを会わせたくなかっただけだ
「だからアーチャをバイクで追い回したのか。追い回して轢き殺したんだな」
違う、僕じゃない、僕は轢き殺してなんかいない
辺りがぐらりと揺れた。ベランダの向こうに見えるはずのない海が見える。
「お前はプルガトリオ病院船の中にいる。ここから逃れることはできない」
「プルガトリオ、病院船。僕は家に帰ってきた。ママンと一緒にドローンタクシーで。空からうちの土地が見えたよ」
キッチンへの入り口はいつの間にか壁になって塞がっている。驚くことに反対側のベランダからは海原が見えた。水平線が斜めに傾く。パコは慌てて車椅子のストッパーを掛けた。車椅子が軋む。
「あの子が勝手に飛び出すからだ。バイクの前に。避けられなかったっ」
あの時、アーチャは何か叫んだ
水平線が反対側に傾ぐ。
「お前は自分をどう裁くんだ」
「僕は裁判官ではない。何故、自分で自分を裁かなくちゃならないんだ。あの子は飛び出して来たんだ」
「それならっ、お前に殺意はなかったのかっ」
男は怒鳴りながら右の拳を水平に走らせてベランダの硝子を叩き割った。硝子が大きな音をたて、割れた破片が崩れ散る
「ない。ないよっ。アーチャにはあの日初めて会ったんだ。なんの恨みもないよ」
男の拳が割った硝子の鮮烈な血痕が目を引く。
「お前には動機があったはずだ。アーチャの貧しい生活を垣間見て、入れ替わりたくないと思ったはずだ」
男は、硝子戸から掌ほどのガラスの破片を抜き取ると、パコに向かって突き出す。パコは怪訝な面持ちで何も言わずに硝子の破片を受け取った。男の血がパコの目に痛い。
「パコ、お前はマリオネットだ」
パコは硝子の破片を首元に当てた。男の腕が自身の首を突くような仕草をする。パコの腕が動く。
「ああっ、やめて。僕はまだ死にたくない」
「お前は自分で自分を裁くのよ、パコ」と、母親の声。
「ママン」
いつの間に部屋に来たのか、四十代に見えない母親は美しい顔を苦々しく歪めて続けた。
「お前がアーチャを殺さなければ、私はアーチャを引き取って一緒に暮らしていたはずだもの。短命で一人では何もできない人形のお前なんかよりも、アーチャなら長生きしてママンを慰め、喜ばせてくれたでしょうからねぇ」
助けを求めたかったのに、母親の冷たい態度に衝撃を受けて、パコは顔を反らした。
しかし、パコの手は硝子片を握ったままパコの血を求める。パコは身体中の力を振り絞った左手で右手首を抑え、死にたくないと念じたが、男は突き刺す仕草をやめない。
「パコ、お前は自分の意思で死ぬんだ。自分の意思で死ぬなんて贅沢は、アーチャには許されなかったことだ」
ガラス片を持つ手が、他人の意思によって生き物のように蠢く。
ママン、助けて、僕は死にたくないよ、僕は長生きしてママンの助けになりたいんだ、育ててもらった恩も返せていない、感謝しているのにっ
硝子片は力強い生き物のようにぴくぴくとパコの喉を狙う。もう抗う力は残っていない。パコは目を閉じて呟いた。
どうせ死を待つだけの人形だ、だから
「わかったよ。僕に死んでほしいのなら、僕には選択肢はない。遅かれ早かれどうせ」
パコの目から涙がこぼれた。
「パコ、土産に私の名前を教えてやろう。私はアーチャ。お前が殺さなければこの姿で生きていた者だ」
「嘘っ。貴方はアーチャには似ていない。だって、だってアーチャはプラチ……いや、貴方がアーチャなら、あの時叫んだ言葉を教えて。僕だって怖かったんだ。殺す気など無かったのにアーチャに死なれて。アーチャに謝りたい」
「謝るなんて気休めをよくもぬけぬけと。謝られてもアーチャはもとに戻らない。謝りたいのならアーチャを元に戻してみろ」
男は片頬に笑窪のできる苦笑いを残して消えた。
貴方はアーチャじゃない、アーチャはママンそっくりなんだ、顔も、緑色の目も、それにアーチャは、アーチャは飛び込んで来たんだ、自ら、僕のバイクの前に、神様だったら知っている筈だもの
「パコ、シチュー出来たわよ。まあ、硝子が割れて。パコ、何があったの」
ママン、えっ、いつものママンだ、ああ
「パコ、可哀想に、死のうとしたのね。その手に持っているものを離して。危ないじゃないの、硝子の欠片なんて」
えっ、あれは夢じゃなかった、だったらプルガトリオ病院船も、いやベランダの硝子は割れてなどいない、血痕もない、僕はどうかしちゃったのか、このガラス片はどこから、あの男は誰なんだ、プルガトリオ、ここが
「パコ、指、離して」
ここがプルガトリオなら、何故ママンがここにいるんだ、ママンも死んだのか、だったら僕も死んでいるはずなのに、何故、何故僕は、何故、未だに死ぬのが怖いのだろう
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