悪魔の仮想空間プルガトリオ病院船(完結)

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
3 / 22
第二章 パコマリオネット操られ自殺未遂

二章二話 パコマリオネット

しおりを挟む

  キッチンから足音がした。

「シチューの他に何かほしいものは」

  ママンが足早にパコに近づき緩くハグしながら額にキスした。

「デルオレンジのゼリーが食べたいな」

「あら、すでに冷蔵庫の中にあるわ」

  待っていてねと言い残して母親は男に一瞥も与えずにキッチンに向かう。

「パコ、お前はアーチャに何をした」

  僕は、僕はママンにアーチャを会わせたくなかっただけだ

「だからアーチャをバイクで追い回したのか。追い回して轢き殺したんだな」

  違う、僕じゃない、僕は轢き殺してなんかいない

  辺りがぐらりと揺れた。ベランダの向こうに見えるはずのない海が見える。

「お前はプルガトリオ病院船の中にいる。ここから逃れることはできない」

「プルガトリオ、病院船。僕は家に帰ってきた。ママンと一緒にドローンタクシーで。空からうちの土地が見えたよ」

  キッチンへの入り口はいつの間にか壁になって塞がっている。驚くことに反対側のベランダからは海原が見えた。水平線が斜めに傾く。パコは慌てて車椅子のストッパーを掛けた。車椅子が軋む。

「あの子が勝手に飛び出すからだ。バイクの前に。避けられなかったっ」

  あの時、アーチャは何か叫んだ

  水平線が反対側に傾ぐ。

「お前は自分をどう裁くんだ」

「僕は裁判官ではない。何故、自分で自分を裁かなくちゃならないんだ。あの子は飛び出して来たんだ」

「それならっ、お前に殺意はなかったのかっ」

  男は怒鳴りながら右の拳を水平に走らせてベランダの硝子を叩き割った。硝子が大きな音をたて、割れた破片が崩れ散る

「ない。ないよっ。アーチャにはあの日初めて会ったんだ。なんの恨みもないよ」

  男の拳が割った硝子の鮮烈な血痕が目を引く。

「お前には動機があったはずだ。アーチャの貧しい生活を垣間見て、入れ替わりたくないと思ったはずだ」

  男は、硝子戸から掌ほどのガラスの破片を抜き取ると、パコに向かって突き出す。パコは怪訝な面持ちで何も言わずに硝子の破片を受け取った。男の血がパコの目に痛い。

「パコ、お前はマリオネットだ」

  パコは硝子の破片を首元に当てた。男の腕が自身の首を突くような仕草をする。パコの腕が動く。

「ああっ、やめて。僕はまだ死にたくない」

「お前は自分で自分を裁くのよ、パコ」と、母親の声。

「ママン」

  いつの間に部屋に来たのか、四十代に見えない母親は美しい顔を苦々しく歪めて続けた。

「お前がアーチャを殺さなければ、私はアーチャを引き取って一緒に暮らしていたはずだもの。短命で一人では何もできない人形のお前なんかよりも、アーチャなら長生きしてママンを慰め、喜ばせてくれたでしょうからねぇ」

  助けを求めたかったのに、母親の冷たい態度に衝撃を受けて、パコは顔を反らした。

  しかし、パコの手は硝子片を握ったままパコの血を求める。パコは身体中の力を振り絞った左手で右手首を抑え、死にたくないと念じたが、男は突き刺す仕草をやめない。

「パコ、お前は自分の意思で死ぬんだ。自分の意思で死ぬなんて贅沢は、アーチャには許されなかったことだ」

  ガラス片を持つ手が、他人の意思によって生き物のように蠢く。

  ママン、助けて、僕は死にたくないよ、僕は長生きしてママンの助けになりたいんだ、育ててもらった恩も返せていない、感謝しているのにっ

  硝子片は力強い生き物のようにぴくぴくとパコの喉を狙う。もう抗う力は残っていない。パコは目を閉じて呟いた。

  どうせ死を待つだけの人形だ、だから

「わかったよ。僕に死んでほしいのなら、僕には選択肢はない。遅かれ早かれどうせ」

  パコの目から涙がこぼれた。

「パコ、土産に私の名前を教えてやろう。私はアーチャ。お前が殺さなければこの姿で生きていた者だ」

「嘘っ。貴方はアーチャには似ていない。だって、だってアーチャはプラチ……いや、貴方がアーチャなら、あの時叫んだ言葉を教えて。僕だって怖かったんだ。殺す気など無かったのにアーチャに死なれて。アーチャに謝りたい」

「謝るなんて気休めをよくもぬけぬけと。謝られてもアーチャはもとに戻らない。謝りたいのならアーチャを元に戻してみろ」

  男は片頬に笑窪のできる苦笑いを残して消えた。

  貴方はアーチャじゃない、アーチャはママンそっくりなんだ、顔も、緑色の目も、それにアーチャは、アーチャは飛び込んで来たんだ、自ら、僕のバイクの前に、神様だったら知っている筈だもの

「パコ、シチュー出来たわよ。まあ、硝子が割れて。パコ、何があったの」
  
  ママン、えっ、いつものママンだ、ああ

「パコ、可哀想に、死のうとしたのね。その手に持っているものを離して。危ないじゃないの、硝子の欠片なんて」

  えっ、あれは夢じゃなかった、だったらプルガトリオ病院船も、いやベランダの硝子は割れてなどいない、血痕もない、僕はどうかしちゃったのか、このガラス片はどこから、あの男は誰なんだ、プルガトリオ、ここが

「パコ、指、離して」

  ここがプルガトリオなら、何故ママンがここにいるんだ、ママンも死んだのか、だったら僕も死んでいるはずなのに、何故、何故僕は、何故、未だに死ぬのが怖いのだろう



      
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...