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第一章 復讐とカリギュラの恋
(1)なんと残忍な生き物を創造したことか
しおりを挟む堕天使は嗤う。
アイドよ
お前たちは
神を嘲りながら生きて
神を嘲る為に死ぬ
甘やかな滅びを辿る
そのアイド劇場で
小生を楽しませてくれ
愚者たちよ
ふははは
天におわします我らが造り主
父よ、神よ
あなたはなんと残忍な生き物を
創造したことか
アイドは自ら産み出した
武器の恩恵にすがろうとして
自らを淘汰する愚かな生き物
あなたが創造した
アイドを道連れにして
その憐れみ深いみ心に
痛手を負わせてみせよう
痺れるほどの快感だ
実在する神を信じるアイドがいなくなり
神の創造は無意味なものとなり果てて
神自らアイド社会に滅びをもたらす
それがあなたに見棄てられ
天から堕とされた我々の復讐だ
光の声が過る。
愚かなのはお前だ
堕天使ベルエーロよ
滅びはお前自身に対して
もたらされるもの
アイドとは幼く儚い生き物だ
神は滅多なことでは憤りを表さず
また寛大に許したもう
お前はアイドを何度もつまづかせれば
神を貶められるとでも思っているのか
滅びはお前たち堕天使の行く手にある
心しておけ
芸術国革命から遡ること二年。雪解けを迎えた軍事強国サザンダーレア王国の四月下旬。
地図にない国と国を繋ぐ魔の森の深い霧。三日も迷わされ、進みあぐねて、やっとで抜けた四頭立ての馬車が二台、薔薇飴造りの村で逗留し、馬を替えて日が二度沈み、また登った。
辺境のザカリー郡の泥濘む田舎道をゆっくり進む。まだ雪の残る北の林道は、空気が洗われたような清々しさ。進むにしたがって木漏れ日に鮮やかな緑が芽吹く。その向こうは視界の開けた段々畑だ。人影も見える。
馬車は静かに進み、暫くして酷い泥濘みを抜けると、木立にアーチ状に絡む白薔薇のトンネルに向かって勢いよく走り出す。
何度目かの白薔薇のアーチをくぐってやっと、泥濘みと段々畑の同じ道を幾度となく巡っていることに気づく。
国境の警備兵には勿論、ザカリー領主の血縁である家紋付きの剣を見せた。剣にはザカリー領主の家紋の白薔薇の刻印がある。
魔の森の向こうには、実際にはリンジャンゲルハルト帝国がある。だが、馬車は魔の森の霧を抜けて、地図にない国からやって来た。
境界を越えるのにパスポートやビザ等の特別な手続きはいらない。特にこのザカリー郡では、領主との親交を示す証拠さえあれば賓客と見なされる。しかも家紋付き剣となれば。
馬車は簡単にアントローサ大公国ザカリー伯爵領に入国できた。
しかし馬の息も上がり、とうとう歩かせるしかない。
「ヴェトワネット奥様、水浴の出来る泉がございます。如何なさいますか」
走り続けた馬を休ませるために、森の開けた場所に停まると、馬車の窓から召し使いのアネットがご用を聞く。
「まさかこんなに寒いのに水浴だなんてっ。魔物が出るかもしれないのにっ。今日も香水でいいわ。疲れているの。一時間でも早く到着したいのよ。兎に角走らせて」
薔薇飴造りの村でも湯浴みをしなかった。ブランデーを含んだ絹で首回りを拭き、脇に差し込んで何度も拭う。芸術国を出てからそれだけで過ごし、香水で体臭を誤魔化す。だが、それも最早二週間ともなると侍女の鼻も苦しくなってきた。
芸術国の貴族については、見た目が美しくセンスさえあればゲスでも強姦魔でもうまく誤魔化して生きていられるという。どんなに無能でも、文化的経済活動の権化と見なされ崇められていた。
が、シリアルキラーだとバレて捕まれば、当然だが処刑人の刃に倒れることになる。
革命後は多くの貴族がギロチンに散ることになるのだが、その中にも、権力に溺れてシリアルキラー並みの殺人を繰り返すサイコパスがいたかもしれない。
上辺だけ白く塗り込めた生ける墓石のような女は、崩れた化粧もあざとく色気を振り撒く毒となって、その上から更に鉛の混じった白粉をはたいた。
芸術国最後の夜は、彼女にとって今までにない恐ろしい夜だった。
大理石の床が真っ赤な血で滑る。悪夢の中を血飛沫を浴びて逃れて来た。
着ていたドレスは赤黒く染まり、やがて異臭を伴う鉄さびの色に変わった。それでも着替えようとはしない。毛皮の下の変色したドレスは捨てるしかない代物と化していたのにも関わらず、ベトワネットにとっては皮膚の一部のようにいくら勧めても脱ごうとしなかった。
やがて開けた場所から林の向こうに、レンガを漆喰で塗り固めた蔓薔薇の白い塔が見えた。領主ザカリー伯爵家のシンボルだ。馬車が止まる。
「旦那様、そろそろ到着のようです」
若い執事のリトワールが蝋人形のような無表情で乱れた衣服を整える。
「あっ、あっ」頂点に達したゲイルの喉から声が漏れた。
『淫靡の白』で一晩中ゲイルと交互にやられたが、ゲイルが達すると「うう」と化け物が呻いた。とうとう化け物も果てる時がきたか。
ゲイルは頸を絞められて息絶えた。息絶える前に化け物の残忍な手をゲイルの頸から離そうとしたが、疲れはてたリトワールは腕力も立場も化け物には敵わない。唇を噛む。
「おおぉぉぉ」ぐったりと息をしなくなったゲイルの背中にしがみついて、長い金髪の主が叫ぶ。密着した部分から白いものが溢れ出て異様な匂いを放つ。
毒々しく、濁って、哀れな匂いだ。
……ふふ、まことに人間は肉なる者。
どうしても腐る。
リトワールはあからさまに眉目を歪めて、逃げ場のない馬車の中でこっそり溜め息をついた。
ヘドを吐きたくなるほど無惨で哀れだが、前向きに考えればゲイルはもうルネの餌食にされずにすむ。
こんな化け物に仕えて母国を脱出しなければならなかったのも、私の不徳の致すところ、ではないな。
早く死ね、我が主ルネよ。いつか必ずお前のヘテロ狩りを断罪してやる。
今まで私は跪いて何度も神に祈ったが、誰に対しても神の怒りは遅いのだと悟ることになった。なんと憐れみ深い神。なんと忍耐強い神。私は項垂れながらも心の中で叫ぶ。
早く死ね、ルネ。死ね。
いくら主の上に呪いを呼び求めてはいけないと云われていても、私は叫ぶ。私は邪悪な執事だ。
ルネ、お前に仕えながら呪い続けてやる。神が聞き届けてくれるまで。いや、再び、お前たち夫婦の命を狙うチャンスが来るまで何度もだ。
堕天使は嗤う。
ふははは
天におわします我らが造り主よ
父よ、神よ
あなたはなんと残忍な生き物を
創造したことか
あなたが創造したのだ
リトワールとか申す
この執事を道連れにして
憐れみ深いみ心に
痛手を負わせてみせよう
痺れるほどの快感だ
2020年 3月12日 初稿
2025年 3月10日 加筆訂正
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