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第一章 復讐とカリギュラの恋
(2)初見で犯された少年リトワール
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「いや、いい。このまま行く。香水を持て」
この、無駄に外見ばかり良いバケモノは、芸術国から本家の伯父を頼りに疾ってきた。
芸術国で犯罪を重ねての逃避行。
(ちょっとボタンをかけ違えていれば、ザカリー領主は伯父ではなく、俺様の親父だったのに。それに、反旗を翻したのは親父であって、俺様は恥も知らずに伯父頼るのではない。弁えているさ、そこのところは)
ルネは、当時の謀反の生き残りだ。
芸術国から持ち出せた富を弁償金代わりの手土産に、命を乞うつもりだ。
リトワールが執事見習いで奉公したのは八年前、十四才だった。希望に燃えてナバール子爵家に上がった。
田舎の貧乏準男爵家のメイドの子として生まれれば、上位貴族の屋敷に奉公に上がるのは恵まれている方だ。
平民落ちしたりやさぐれて早死にする者も多い。
しかし、リトワールは幸運とは言えなかった。
何故なら初見でルネに犯されたからだ。ルネが少年愛好家だとは聞いていなかった。
その時も、何に憑依かれているのか、化け物の行為は数時間に及んだ。
『気に入った。置いてやろう。見目麗しく振る舞い優美に、俺様を楽しませることだけを心がけろ』という言葉があったのみ。
泣いた。痛みと恐れと羞恥心でぼろぼろに打ち砕かれて、泣いた。
見るからに死にそうなリトワールを、同病相憐れむ使用人が集まって面倒をみた。初日で塵芥のように扱われ鬱に陥れられた被害者たちだった。
リトワールは十日間寝込んだが、ルネはその間にも容赦なくリトワールを引きずり出して行為に及んだ。
リトワールは悔し涙に咽んだが、同じ被害者の中には嘲笑い蔑む者もいた。
『もう泣くな。ふん。明日殺されるかもしれないというのにいつまでも泣いている場合か。みんな同じだ。それなのに力を合わせて戦う知略さえない。愚かな私たちと同じくお前の命など、お前の存在など……クズにも等しいと言われているのだ。私たちはそうとしか見なされていない。命が惜しければ泣いてばかりいずに、此の状況を変えてみせろ。ああ、そうだよ。私にも、他の誰にも出来なかったのだがな』
ゲイルの嘲笑い蔑むような態度は、ルネの蛮行に対する憤りと、新人リトワールを助けてやれなかった慚愧の歪んだ形だった。
何故、こんなことが許されてきたのか。何故、世間に隠されてきたのか。悔しい。
そんなリトワールの疑問は直ぐに答えが出た。ルネの罪が覆われてきたのは、嫁のヴェトワネットが高位貴族の落とし胤だったからだ。
農村の女に産ませたにしては珍しく、ヴェトワネットは父親に寵愛され、社交界に出るわけでもないのに贅沢三昧の生活費を与えられ、屋敷には情報漏洩を防ぐ結界まで張られていた。
一方、ルネの生い立ちは、貧乏男爵家の何男に生まれたか、爵位を継げず平民落ちが見えていた。父親はザカリー伯爵の実弟である。
何を思ったか一族郎党を引き連れてザカリー伯爵を闇討ちするも敢えなく失敗。
一家が悉く深傷を負うも、ルネは家族を見捨て霧の魔の森に逃げ込み、芸術国に命運を変える空間移動を果たした。
ルネはその芸術国の豪邸で庭師見習いとしてひと月働いただけなのに、生まれついた美貌を武器に一目で狂女ヴェトワネットを虜にした。
ヴェトワネットのためにと子爵位を授けられ、ルネは第三身分に対するどんな横暴をも見逃される立場を得た。ホーリー・ララントワネット華やかなりし時代の、芸術国貴族の権威は大きい。
しかもヴェトワネットの住まいは辺境にあり、ザカリー領とは魔の森を挟んで近接している。
ヴェトワネットの使用人たちは獰猛なルネへの抵抗力を失っていた。初見で穢されてルネの怪異なパワーに生きる気力までも奪われるのだ。
確かにそのパワーは尋常ではない。それが「通過者」の魔力かと、皆が恐れをなした。
パワーの秘密は『淫靡の白』と呼ばれる無味無臭のポーションによるもので、使用人の何人かは既に中毒になり、ある者は死に、ある者はポーション欲しさに仲間を売ることすら平気で行うようになった。
リトワールは、ルネとベトワネットの性嗜好に諦めがついた頃から、ある考えに支配された。
もしかしたらどこの貴族に仕えても同じなのかもしれない、すべての貴族は表だけ綺麗に塗装したお墓のように、中身は腐っているのかもしれない、と。
しかし、もしも同じでないとすれば一生の悔い、生き恥になる。
口を噤むのは世間知らずのリトワールだけではない。ルネの蛮行を外部に知られることを皆が恐れた。
情報漏洩を防ぐ結界など必要ではなかった。
下級貴族の出であっても、家族を守るために恥になることだけは避けたかったのだ。
男同士の肉体関係はいつしか使用人同士の間にも広まった。
そして、リトワールは落胆のままに三年の歳月を経ていた。
ある時、結界の綻びに気づいた老執事が芸術国十六世国王に宛てて陳情書を書いた。
それがルネに露見して、老執事は拷問の末に殺された。半年前の事件だ。
使用人は全員、恐怖心を煽られ貝のように口を閉ざし、外部との通信は更に困難になった。
館全体がルネの魔力とも思える恐怖に覆われるなか、リトワールは、この金髪男をいつか処刑台に上らせてやりたいと願っていた。
が、処刑台への道のりはあまりにも遠く思える。リトワールには何の策もない。ただ黙々と執事の仕事をこなすばかりだ。
そしてとうとう結界の綻びに気づいた。
結界は小さな魔方陣カードで作る。ヤモリの糞にまみれた魔方陣カードを見つけた時、リトワールは老執事に感謝した。老執事は結界の綻びについて口を割らなかったのだ。
リトワールは百姓一揆を起案した。
発端は、ヴェトワネットの乱行にある。
村の若い娘の生き血を飲み、浴びる。
ヴェトワネットの誕生日にその祭典はこっそり行われ、殺しはルネが手伝っていた。
年老いた執事の業務を引き継いで初めて残忍な「血浴びの儀式」を知ったリトワールは、これまで何も気づかずに村娘をひとりも助けてやれなかったことに戦き、止めどなく涙を流し、罪滅ぼしのつもりで百姓一揆を計画した。
奇しくも、バスティーリャン監獄襲撃事件から動乱の時代が始まることになる芸術国は、各地で貴族に対する不満が風船のように膨らみ続けており、百姓一揆は時宜に叶っていると言えた。
情報漏洩を防ぐ結界など、娘を拐かされた村人には通用しない。
リトワールにしても、村人の質問に首を縦に振ったり横に振ったりしているうちに、全てのことを打ち明けられるようになったのだ。
警護の兵士が一揆に加わったのは、芸術国の貴族制度崩壊の予兆だったのかもしれない。
しかし、事前に知らなければ間に合うはずのない距離を、本家から派兵された兵士団が駈け付けて一揆を押さえにかかった。
ルネはリトワールとゲイルを馬車に投げ込んだ。馬車は魔の森目掛けて疾走した。
ルネは一揆の首謀者を知らなかった。
ゲイルは『淫靡の白』が欲しくて密告したこと明かしたが、首謀者については『農民に違いない』と言い続けた。
(ゲイル、何故、魔人を、何故、吸血女を、生き延びさせたのだ。ポーションよりも大切なことがあるだろう。ゲイル、お前は何故こ奴らを許せるのだ。何故下僕のままでいようとするのだ。)
使用人たちの殆どは目の前で死んだ。
兵士同士も戦っていた。
血深泥の様相を呈した中を逃げてきた。
その後どうなったか気になってはいる。
この数日間、ルネは昂って眠りを遠ざけ、リトワールに恨みを晴らすチャンスを与えなかった。
(悔しいが、このままルネに仕えていれば、いつかはまた命を狙うチャンスが来る。焦らずにこの失敗から学ぶのだ。必ず、必ず復讐する。いつか、必ず。それまでの忍耐だ。)
2020年 3月13日 初稿
2025年 3月10日 加筆訂正
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