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第一章 復讐とカリギュラの恋

(3)泉の前で出会う二人

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  ジグヴァンゼラは冷え冷えとする森の中にいた。

(もう十四才にもなるのに学ぶことは多く、世界は広い。僕は辺境のさ迷える子供だ。誰にも知られることなく永遠とも思える時間に見捨てられている。行くあてもない。ただ大人になって、辺鄙な北部の片隅の領主の座を受け継ぐだけだ。両親はそれを恵まれていることだと言う。お前は世間を知らないと)

溜め息が出た。

(ああ、それが僕には不条理に思える。なにか学ぶべきことがあり、なにか成すべきことがあるように心は渇くのに、語り合う友もいない。僕は独り。兄弟もいない。神が僕をこの地に置かれたのが単にザカリー領のためならば、他の誰であっても、後継者として生まれるのであれば、僕ではなく他の誰でも良かったはず)

  氷雪の溶けた泉の煌めきを見ていたせいか、時間の経つのが早い。春先の水は光る生き物のように絶えず変化して歌い、人の目を奪う。

(何故、僕なのですか。なにも学べてはいない。時間は膨大な流れを作り傍らを過ぎて行くだけ。僕は取り残された木偶人形です。田舎の隅っこに取り残され心だけがさ迷う木偶の坊)

  ジグヴァンゼラは立ち上がって、ふと感じる視線に振り向いた。古風なフロックコートのほっそりした青年が氷の木の下に立っている。

(絵のようだ。妖精のように美しい)

  ジグヴァンゼラは眼を瞠った。青年の真ん中から分けたプラチナブロンドの髪は、頬の辺りで艶々とした二段の外巻きカール、ジグヴァンゼラからは見えない後ろ部分は、縦ロールの髪を黒いリボンで結んでいる。

  首回りに小さな襟を立てた白いドレスシャツは幅広レースのシャボでお洒落に胸元を飾り、フロックコートと古めかしい膝までのオードショーツは深い緑色。襟には袖口の折り返しと同じ華やかな金の刺繍、白いシルクの手袋、白いタイツの足に黒いリボンの革のハーフブーツを履いていた。

(王都からきた貴族かな)

  妖精と見間違うほどの造形美は、天の彫刻家の適う限り繊細な造りとしても血の気がなく、滑らかな肌合の蝋人形を思わせる。

  それが全てを拒否したがっているリトワールの容貌かおであり、灰色がかった忘れな草色の目は、泥濘む色を湛えながらも冷たい大理石に似ていた。








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