聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第一章 復讐とカリギュラの恋

(3)ぬかるむ感情

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  ジグヴァンゼラは冷え冷えとする森の中にいた。


(もう十四才にもなるのに……ああ、学ぶことは沢山で世界は広い。僕は辺境のさ迷える子供だ。誰にも知られることなく、永遠とも思える時間に見捨てられている。何と、僕には行くあてもない。ただ大人になって、辺鄙な北部の片隅の、領主の座を受け継ぐだけだ。両親はそれを恵まれていることだと言う。貴族は恵まれている、なお前は世間を知らないと。だって、僕が学んだのはこの国の歴史や簡単な数字、ちょっとした文学、マナーだけだ。どうして星は輝いているの、どうして風が吹くの、どうして僕たちは存在しているの。お父さんには答えられない。そればかりか、そんなことは知る必要などない愚問だと言われる。だったらいつどうやって僕は世間を知るの)


溜め息が出た。


(ああ、それが僕には不条理に思える。なにか学ぶべきことがあり、なにか成すべきことがあるように心は渇くのに語り合う友もいない。僕は独り。兄弟もいない。神が僕をこの地に置かれたのが単にザカリー領のためならば、他の誰であっても、後継者として生まれた者であれば、僕ではなく他の誰でも良かったはず。何故、僕だったの)


  氷雪の溶けた泉の煌めきを見ていたせいか、時間ときの経つのが早い。春先の水は光る生き物のように絶えず変化して歌い、人の目を奪う。


(何故、僕なのですか。なにも学べてはいない。時間は膨大な流れを作り傍らを過ぎて行くだけ。僕は取り残された木偶人形です。田舎の隅っこに取り残され心だけがさ迷う木偶の坊)


  ジグヴァンゼラは立ち上がって、ふと感じる視線に振り向いた。


  古風なフロックコートのほっそりした青年が、きらめく氷の枝を伸ばした木の下に立っている。


(絵のようだ。妖精のように美しい)


  ジグヴァンゼラは眼を瞠った。


 青年の真ん中分けのプラチナブロンドの髪は、頬の辺りで艶々とした二段の外巻きカール。ジグヴァンゼラからは見えない後ろ部分は、縦ロールの髪を黒いリボンで結んでいる。


  首回りに小さな襟を立てた白いドレスシャツは幅広レースのシャボでお洒落に胸元を飾り、フロックコートと古めかしい膝までのオードショーツは深い緑色。襟には袖口の折り返しと同じ華やかな金の刺繍、白いシルクの手袋、白いタイツの足に黒いリボンの付いた革のハーフブーツを履いていた。


(王都からきた貴族かな)


  妖精と見間違うほどの造形美は、天の彫刻家の適う限り繊細な造りとしても、そう思えるほど血の気がなく、滑らかな肌合の蝋人形を思わせる。


  それが全てを拒否したがっているリトワールの容貌かおであり、灰色がかった忘れな草色の目は、泥濘む感情を湛えながらも冷たい大理石に似ていた。








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