5 / 128
第一章 復讐とカリギュラの恋
(5)血玉の理由と死ねるくらい退屈な
しおりを挟むジグヴァンゼラは明るい気分で雪の残る森を抜けた。冷たい風が何故か心地好い。
(ふふ、リトワール。男装の麗人かと思うほど綺麗だ。芸術国の人って珍しくはないらしいけれど、あんなに綺麗な男の人は初めて見た。妖精というか、天使。でも、何だか暗い目……とっても美しいのに。それにしても優雅な仕草だった。優しい手つきも素敵だな。彼こそ貴族だ。真の貴族。うちに来るんだ、あの人が。リトワール。リトワール。リトワール……色々話せるかな。教えてもらおう、魔の森のこととかそれから、それから、そう、ワインだ。ザカリーの白薔薇のワイン。僕だって少しは飲めるんだもの。夕食の後にリトワールに勧めたら喜んでくれるかな。ふわっと白薔薇の香りがするんだ。きっと気に入ってもらえる)
何故か人間らしさに出会った気がして、足取りも軽くなった。
目の前に、長い歴史を持つ館が聳え立つ。建国前から十数代もの歴史を重ね戦禍にも合い、度々増築して怪奇な姿になって幾久しい館は、古草臥れた幽霊屋敷の風情が漂う。
ジグヴァンゼラは裏手に回って厨房を覗いた。奥で荒々しい音を立てて気の触れた男が包丁を振り回す。
「肉は何処に逃げた、肉は。チューチュー鳴くあの可愛い肉は。あれはお嬢様に差し上げる肉だぞ。お前たち、肉を捕まえて来い。お昼に出すのだ」
(ううっ。パブッチョの奴っ、あれを肉だなどとっ。捕まえる度に捨ててやる。どうしてお姉様にもちゃんとした羊肉を出さないのだ)
ジグヴァンゼラはふいと厨房に入った。
「パブッチョ、早くお昼の用意をしないとお客様が来るよ。お茶もお菓子も用意万端整えて。魔の森を越えて来たお客様だからね」
「これはこれは、千年万年も光輝く我らの太陽、ジグヴァンゼラお坊っちゃま。芸術国からのお客様でしたら何をお出しすればよろしいのでございましょうか」
パブッチョは怒鳴るのをやめておべっか笑いを浮かべた。
ザカリー領の貴族の食事は、遅い朝と夜の二回。昼と夜の間に長いお茶の時間がある。お茶とお菓子で小腹を騙してだらだらと続く『死ねるくらい退屈』なその時間に、独りで散策するのがジグヴァンゼラの日課だった。
母親のメナリーは、継子ヘシャス・ジャンヌとお茶のテーブルを囲んで刺繍を始める。それがメナリーの楽しみだった。
ヘシャス・ジャンヌは指先を針で刺すことが多く、刺繍を嫌がるのだが、針を持つ利き手の甲にも血玉が浮くことがあった。
父親は馬で出掛けることが多く、少し遠い村の知恵送れの娘を納屋に引っ張り込んで何やらやらかしたらしく、その娘に白薔薇に埋もれた一軒の家を与え妾とした。
たまに戻って来たかと思うと、財務管理を確認する以外には領地の見廻りと称して館を出る。白薔薇に埋もれた屋敷に戻るのだ。そこでは自らパンを焼き、妾と二人で笑い声を上げて暮らしているとの噂だ。
後妻であるメナリーに、ジグヴァンゼラの弟妹ができないのはそういう訳だが、『そういう訳』で、メナリーは白薔薇の屋敷の妾に毒の口紅を贈った。
ジグヴァンゼラは、僅かに傾きかけた明るい陽のなかで歌う。
「待ち遠しいな。早く来ないかな。あの森で迷ったのかな。迂回する方が早いんだけどな。不親切だったかな。ああ、ドキドキしてる」
館の前の広場の向こうに、四頭立ての立派な馬車が小さく見えた。三台の馬車が屋根の上に大きな荷物を乗せてやって来る。
玄関先から、ジグヴァンゼラが嬉々として屋内に叫ぶ。
「お母様、お母様。お姉様、ヘシャス・ジャンヌお姉様。お客だよ。麗しの芸術国からお客様がいらしたよ」
ボーイソプラノの浮き立った声に、母親のメナリーは頬を高くして微笑み、アルビノのヘシャス・ジャンヌは飛び上がった。
「あら、珍しい。魔の森を越えておいでになるなんて嬉しいこと。主人も帰ってくるかしら。ああ、楽しみだこと」
「お義母様。私、このような姿では」
使用人よりも貧相な着古しの普段着姿のヘシャス・ジャンヌは、父親の面子を汚すのではないかと気にして光りに透ける白銀の睫をしばたく。
パーティー用の他にはもう何年も新しい服を作ったことがなかったから、育っていく身体に合う普段着がなくなって、顧みてくれない父親のお古のシャツや、解雇した使用人の着古しのエプロンドレスに身を包んでいる。
美しい銀色の髪も刺繍の余り糸で後ろに束ねただけ。見るからに伯爵家の令嬢には見えない粗末な姿だ。
(お父様の面子に関わるのでは。私がこのような成りで家族に恥をかかせることになっては)
「大丈夫よ、ヘシャス。さっきも言ったでしょ。相手はあの幻の芸術国からのお客様。きっと、ご夫婦でいらっしゃるのよ。あなたは塔に隠れていらっしゃい。その方が良いの。だって、折角なのだから長逗留になるわよ。だから、ね、お客様がお帰りになるまでは静かにね」
メナリーはゆっくり立ち上がって窓から広場を見下ろす。立派な馬車が敷地内に入った。手が自然と髪の毛に行く。ふわりと持ち上げ、撫で付けるようにして、メナリーはヘシャス・ジャンヌを振り返った。
「ねぇ、若いだけで何にも出来ない穀潰しなら、何処にも出せないわよね、ヘシャス。あなたはもう十七才なのよ。とっくにお嫁に行っても良い年齢なのに。そんなに醜いから王子様にも捨てられるのよ」
メナリーはつかつかとテーブルに戻ると、針刺しから細い縫い針を取ってヘシャス・ジャンヌの手の甲を刺した。
「あっ……」
ヘシャス・ジャンヌは白銀の睫毛を伏せて涙ぐむ。針の抜かれた手の甲に血玉が浮き上がった。ソバカスのように針痕のシミが幾つもついた手の甲を、ヘシャスは強く押さえた。
花冠のように輪になったザカリアン・ローザの紋章は、二本の剣がクロスすることでできる四つのスペースの上と左右三ヶ所の各々に目が描かれており、その三つの目のうち左右横並びのひとつが貴賤を問わず他人の目を表すとして、同列のもうひとつは自分自身の目。そして頂点の目は神の目とされる。
その真下のスペースにザカリーのイニシャルZのマークがある。それをぐるりと白い蔓薔薇が囲む。
やがて仕上がるその刺繍の上に涙が落ちた。
「こんなことくらいで泣かないで。いいこと、あなたは元々人前には出せない娘なの。人とは違う『色無し』の娘なんて売り物にならない邪魔者なの。せめてアントローサ大公様が妾にでも娶ってくださったらねぇ。さあ、隠れて、ほらほらっ」
ティールームは他にいくつもあり、この家族専用の居間にも何脚もの椅子がある。それでもメナリーは冷たく言い放つ。
「その姿を見せないで。この部屋も何時なんどきお客様をお通しするか、しれないのだから」
ガラガラと車輪が回る。馬車が到着した。御者が馬を宥めるように手綱を引く。馬は二三歩前後に多々良を踏んだ。
ジグヴァンゼラは、全てを暗闇に引きずり込む悪魔、ルネとの遭遇が迫っていることなど、知る由もない。
「ようこそ、ナヴァール子爵」
リトワールの姿を期待して微笑む少年の白い頬は、ハレーションを起こす日差しに輪郭も暈ける。
日常の退屈から一転して、楽しい日々が始まるものと勘違いしていた。
領主殺害 天使と悪魔
2020年 3月14日 初稿
2025年 3月11日 加筆訂正
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる