聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第一章 復讐とカリギュラの恋

(7)淫乱夫人ヴィー

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  ザカリー伯爵家の邸宅の造りは小ぶりの旧館と大きな本館からなり、その古めかしい田舎造りの旧館は、今ではほとんどの部屋が空き部屋か使用人部屋となっている。

  後に増設された王宮殿を真似た見事な東棟が本館となって、広い階段を七段上がった玄関から見えるだだっ広いホールは、天井の高い二階までの吹き抜けになっていることに気づく。左右四本ずつの立派な大理石の柱は、夜には燭台の灯りを反射してきらびやかに輝く。

  一階奥に主人の寝室と執務室があり、巻物類の保管部屋と美術品で飾り立てた応接間が幾つかあり、ホールを挟んだ反対側に広い厨房と暖炉が六つもある豪華な六角形の晩餐室、各々趣の異なる幾つかのティールーム、二階にはバルコニーのある個室が十七部屋、三階にも幾つもの広々とした個室があり、陞爵(しょうしゃく爵位昇格)の際の新築祝いにアントローサ大公国の領主二十数名が宿泊した後は、がら空きの状態だ。
  
  東棟の、無駄に広いホールの一番近くの立派な応接間に、ヴェトワネットは長椅子にぐったりと横たわっていた。階段を震えて上った足は腫れている。何日も馬車に閉じ込められて同じ姿勢で座っていたせいだ。

小間使いがヴェトワネットの血塗れのドレスを気にして用意した着替えが、長椅子の背に置かれていた。


「アネット。この村に、若い娘はいるかしら」

「奥様、それはっ」

「わかるでしょう。私は疲れているのよ。若い娘のエネルギーでも浴びなければ癒されないわ」


  ヴェトワネットの青白い瞼が開く。じっと見つめられると、使用人には言い訳が出来ない。

  お前か、お前の妹か、とヴェトワネットの唇が無言で動く。


「か、畏まりました。探して参ります」


  アネットは打ち震えながら、何故、此処まで来れたのかと不思議に思った。この淫乱夫婦を殺すチャンスがなかった訳ではない。


(最初の夜に間違ったのよ。最初の夜にこの夫婦を殺してしまえば親元に帰れたかもしれないけれど、いいえ、捕まって処刑されるわ。私だけでなく妹も、家族も)


(面接した最初のあの忌まわしい時に、諦めずに辞めさせてもらえば良かったのに。いいえ、実家に帰った処でどうやって生計を立てるの。一度失敗すると何処にも入り込む余地のない芸術国の貴族社会で、再就職どころではなかったわ。私たち姉妹が子爵家に勤めることで、家計を立てることが可能だった力のない実家じゃないの。
  いいえ、まだ娼婦の方がましだわ。人殺しの子爵家に使われて、殺人の片棒を担ぐよりもずっとましよ。
  いいえ、いいえ、忌まわしい秘密を知った上で無事に辞められる訳がない。何らかの濡れ衣を着せられたら、やっぱり一族諸とも葬られることになる。だから、だから、全員が必死に馬を走らせて芸術国から逃げて来たのよ)


  ゲイルの裏切りと死は、アネットにはまだ知らされていない。


(アイディアはリトワールだけれど、村人に話したのはゲイルよ。ゲイルは馬車から降りてこない。どうしたのかしら)


  アネットがドアに近づいたとき、ノックが聞こえた。ジグヴァンゼラがザカリー家の使用人を連れて来たのだ。使用人は何枚かのタオルと、見事な形の陶器の水差しと白薔薇を描いた琺瑯の洗面器をテーブルに置く。


「具合は如何ですか」

「あなたは」

「僕は此の屋敷の息子でジグヴァンゼラと申します、貴婦人」


  ヴェトワネットは気を良くしたのか、少し起き上がってジグヴァンゼラの手を引いた。

  ヴェトワネットの二十歳を少し過ぎた青白い顔は、年の割には生気がなく、無理に微笑む。痩せた身体をずらしてジグヴァンゼラを自分の横に座らせた。


「私はヴェトワネットよ。ヴィーと呼ばれているわ」

「夫人。異世界の、しかも芸術国の子爵であれば、この国では侯爵扱いです。父は伯爵ですが、仮に大公であっても、かの国では良くて男爵、または準男爵と同レベルだと聞きます。それほど国の格が違います。そのあなたをニックネームでお呼びするのは」

「ほほほ、ジグヴァンゼラ様。面白いお方。あなたはどんなお味なのでしょう」


  まだ二十歳を少し過ぎたばかりだというのに全身から媚薬めいたオーラを発する。そのヴェトワネットが、血糊の染みた古びた鉄臭いドレスの胸にジグヴァンゼラの手を引き入れて自分の胸を揉みしだく。痩せた身体にしては豊満な張りのある胸だ。

  ジグヴァンゼラは驚いて手を引き抜こうとしたが、ヴェトワネットは両手でジグヴァンゼラの手を掴んでわざとらしく仰け反り始めた。

  異臭に吐き気を催してジグヴァンゼラは必死に耐える。




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