聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第一章 復讐とカリギュラの恋

(11)幽霊の噂

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  リトワールは四階の部屋にいた。フランスから伴ってきた使用人を住まわせるのに適した、こざっぱりした部屋が幾つもある。

  裏の窓から離れの兵舎が見えた。伯爵家なら私兵も雇っているはずだが、とリトワールは訝った。ザカリー伯爵家には使用人が驚くほど少ない。

  リトワールは知らなかったが、ザカリー伯爵家の館には夜な夜な先妻の幽霊が出るとの噂があった。

  先妻セネラが不審な死にかたをして其の異母妹メナリーが後妻に入った。

  当時は館の周辺で若い兵士たちが訓練を行い、村の娘たちが賄いの手伝いに来て賑わっていた。

  ところがある夜、兵士が数人で国境付近の見回りから帰って来た時に、松明の近くを歩く先妻セネラを見た。

「見回りご苦労様」

  セネラは生前と同じく、兵士たちに気づかいを示して微笑み、消えた。

  兵士たちは凍りついた。

「セネラ奥様だった。いつも声をかけてくださっていた美しい奥様のことを、見間違うはずがない。あれは本当にセネラ奥様だった。嘘ではない」

  ジグヴァンゼラが生まれたのは其のほんの数分後だ。

  この話は噂だけでは済まなかった。次々と目撃者が出て屈強な兵士たちの間にも恐れが広がった。

  ジグヴァンゼラが兵士たちの前にお目見えして、一時期は明るい話題で兵士たちも落ち着きを取り戻したが、暫くするとまた先妻セネラの幽霊が出たと噂になって、辞めていく者が出た。

  其れからはフランスとの親交を目論む国政の流れに従って、ザカリー領では次第に国境警備隊が縮小され、兵舎もうらぶれた。

  領地が豊かで民も豊かになりつつあり、親のいない子供でもなければ兵士になどなりたがる者はいない。

  国境付近の見回りに費やす人員は20人に満たない。全員が騎兵とはいえ、ひとたび争いが起きればジグヴァンゼラの父親は負けることになる。

何と荒れすさんだ
館であることか
造りは美しいのに

  後にリトワールはこの国の古い諺を知る。

『執事なくば詮無き有り様』

  執事不在の館は全てメナリーが切り盛りしていた。リトワールは長い逗留になるに違いないザカリー伯爵家の不甲斐なさに頭を振った。

  館がくすみきっている

その点に関しては
我々芸術国の使用人が
何とかすべきだろう
しかし不測の事態に備えて
軍備を増強する必要もあるのでは……
本来なら今の十倍でも
足りないくらいなのに
有事の際にはどうするつもりだ
平和を好む民族性と言うなら
軍備増強を目的とせず
孤児の養育の名目でも良い
領地の経済を回す目的でも良い
給金を支払って生活させる雇用者を
増やすべきではないか
兵士にも普段は館周辺の園芸や
田畑を任せるのも手だ
母国の芸術国でさえ
社会情勢は不安定で
何が起こるかわからない
 不穏な空気が漂うのに
いくら異世界のしかも田舎と言っても
これでは先行き不安で仕方ない

  リトワールが新天地で成すべきことに思いを馳せている頃に、館の女主人メナリーは猿ぐつわをされて身ぐるみ剥ぎ取られ縛られた。

  そして、その息子ジグヴァンゼラは目隠しをされて起こされた。

「ジグヴァンゼラ、可愛いお前をこの世の鎖から解放してやろう。お前は快楽のうちに解放されるのだ」





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