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第一章 復讐とカリギュラの恋
(22)見たな
しおりを挟むルネが寄生して五年
あれが死霊でなければこの数年の間
ヘシャス・ジャンヌ様はあの塔の中で
息を潜めていたというのか
何故、今になって嫁に行くと……
あのお姿で嫁に行くとは
生きているのかそれとも亡霊か……
いや、私はどうかしていた
幻覚を重ねたのだ
ヘシャス・ジャンヌ様が二十才とすれば
貴族の婚活適齢期は過ぎた
嫁に行く決断が遅すぎるではないか
ルネに知られたら葬られる
リトワールはふらふらと立ち上がった。目の焦点が弛い。
しかし、リトワールには生きる理由ができた。
ジグヴァンゼラ様を守るために
ルネを刺し違えてでも殺して
自決しようとさえ思っていたが
私にはまだザカリー家のために
できることがあったようだ
私はザカリー領に入る前に
ルネを殺すべきだったのだ
それをしなかったがために
多くの犠牲者が生み出された
私一人の命で済むのであれば
あんなゲスの極みの夫婦のために
死ぬなどとは無念そのもの
取り敢えずこの命を長らえよう
ヘシャス・ジャンヌ様の為に
空を仰ぐ。カリギュラ・ジグヴァンゼラの奇行はリトワールを悩ませていたが、それもきっと暫くの間のことだと自分を宥める。
ジグワンゼラは、何かを伝えようとする様子を見せるのだが、リトワールが傅くと黙り込む。
手を伸ばしながらもただ傍を通りすぎる。
肩透かしばかりが続く日々。
「未だ、ルネを倒せる時期ではありません。相手は化け物です」
リトワールは、背丈が伸びて肩幅の広くなったジグヴァンゼラを大切に守り、立派な領主に育てたいと密かに望んでいた。
ジグヴァンゼラには、ルネにはない気品が漂う。確かに、裏切り者には厳しい処罰を下すが、普段は言葉少なく控えめで、領地の民の暮らし向きを案じる。
大切なお方だ
無闇に殺されるような
下手な真似だけはさせてはならない
ジグヴァンゼラ様が殺した
あの少年のことも元を質せばルネが悪い
今は闇に葬っておくのだ
あの方はザカリー領の生ける律法
この領地の全てのものが
ご領主様のものなのだ
生まれたばかりの赤子の命ひとつでも
そしてジグヴァンゼラ様は
アントローサ様のもの
アントローサ様は国王陛下のもの……
ルネは……
ジグヴァンゼラ様
いつか私に
ルネを殺せとお命じください
あなた様が対決しなくても
ルネと吸血夫人を殺す
方法はあったのです
ルネは館で出た死人を全て闇に葬ってきた。ジグヴァンゼラが殺した少年も、ルネが殺した者たちと共に森の洞穴に葬った。
ジグヴァンゼラ様と
初めて会ったあの岩地……
リトワールは、急に岩地が気になって森に足を踏み入れた。まだ日のあるうちに帰って来れるとの思いからだったが、リトワールは迷わされた。
人の気配がする。
森は深く暗く、葉擦れの重なりに魔物の目を覗かせてリトワールを囲む。小さな白い光を目指すと、西日の当たる場所に出た。
台所でいつも叫んでいる頭のおかしなパブッチョの背中が見えた。
鳥が飛び立つ。
パブッチョが驚いて辺りを見回し包丁を振り回した。血が飛び散る。パブッチョの白い衣服も赤く染まっている。
リトワールは木陰に隠れながら近づいた。パブッチョの足元を見て息を飲む。
そこにはメナリーが横たわり、身体を切り裂かれて内臓を引き出されている。
「……」
リトワールは強烈な吐き気に身体が揺れた。
「奥様、俺の料理にいつも文句ばかり垂れやがって。どうだ、自分の肉は旨いか。ほれ、食ってみろ。ちゃんと噛め」
メナリーが口に内臓を突っ込まれて呻いた。
「生きている……」
驚いて思わず声を漏らした。
「誰だ」
パブッチョと目が合った。
うわっ、ま、まずい……
パブッチョの腕が高々と上がり、血塗みれの包丁を掲げた。木漏れ日がその包丁を照らす。
「見たな……」
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