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第二章 カリギュラ暗殺
(53)悪霊
しおりを挟む「旦那様っ、ジグヴァンゼラ様っ」
マロリーの悲鳴が聞こえた。
「お止めください、そこは危険です。旦那様」
サレが這いつくばって上がった時、屋上の柵の前で数人の使用人たちがジグヴァンゼラにしがみついて取り押さえていた。ジグヴァンゼラは身体を激しく揺すり、離れようともがく。
マロリーはジグヴァンゼラに「気をしっかり持ってください。旦那様は悪霊に唆されているんです」と懇願した。
ジグヴァンゼラが呟く。
「リトだ……離せ。リトワールだ。悪霊ではない。私はリトワールに話しがあるんだ。離せ」
「あれはリトワール様ではありません。あれはルネの化け物です。時にはルネに化け、時にはパブッチヨやセネラ様、時にはメナリー様に化けて、今はリトワール様に化けて、旦那様は騙されて唆されているのです」
「ええい、わからぬか。私はリトワールに聞きたいことがあるのだ」
ジグヴァンゼラの視線の先で優しげな面持ちのリトワールが振り向く。
『私に聞きたいことですか』
「そうだ。リト。お前はヘシャス・ジャンヌと床を共にできたか。お前はヘシャス・ジャンヌに跡継ぎを生ませることができたか。お前は領主になれたか……」
『ジグヴァンゼラ様……私の元に来てください。そうすればお答えします。私はずっとお待ちしています』
「行けば教えてくれるのだな、リト」
「悪霊退散っ」
サレが叫んだ。
「悪霊退散っ。お前はリトワール様ではないっ。お前の正体はリトワール様に化けた悪霊だ。旦那様をたぶらかすなっ」
サレの目にもリトワールの若き日の麗しい姿が見えた。空を背景に、光り輝くような姿が屋上の屋根を越えた宙に浮かんでいる。
「リトワール様……」
横から平手打ちがピシャリと飛ぶ。サレの頬をマロリーが打った。
「しっかりしてっ。あなたが祓わなければ誰にできると言うのっ」
「そうだが、いや、違うよマロリー。誰にでも祓える。誰にだって真理を愛する心があるはずだから」
「わかった」
マロリーはジグヴァンゼラの手の延びる方向を向いて叫んだ。
「悪霊ルネ。お前が死ねっ。お前のことは許さないっ」
その怒声に周りの使用人が一瞬怯んだ。途端にジグヴァンゼラの身体が自由になる。ジグヴァンゼラは長い足を柵に掛けた。
『ジギー、来て……此方に来て』
リトワールの声が甘くジグヴァンゼラの脳に響く。
残った足を使用人が掴まえて、マントごと動きを封じ、ジグヴァンゼラを引き戻す。
「行くよ、リト。必ず行く」
「行っちゃあいけない、旦那様。悪霊っ、お前の出る幕ではない」
サレは体制を整えた。リトワールの姿をした美しく耀く者に正面から対峙する。
「全てのものは天の神が裁く。悪、霊、退、散っ。全能の神のお名前にて、お前を神が裁く」
リトワールの顔が歪む。ジグヴァンゼラはあっと息を飲んだ。狡い悪霊は消えるまでリトワールの姿を保ち、切な気な顔をジグヴァンゼラに向けて手を伸ばし儚くきえた。
「リト。リトワール。リトッ」
ジグヴァンゼラは崩れ落ちた。
「あれが悪霊だと言うのか……よしや悪霊だとしても私は……」
ジグヴァンゼラの脳裏にリトワールの切なく甘い面影が語りかける。
『ジギー、来て……此方に来て』
リトワールが悪霊だとしても……
ふはははは……
悪霊だとしても何だ
ジグヴァンゼラ……
わはははは
天の父よ
ジグヴァンゼラをご覧になったか
かってあなたの愛した少年が
今やこのように老いさらばえて歪み果て
人間は全て枯れてゆく草なのだと
心底笑わせてくれるものだわ
野に二人の男がいた
一人は連れ去られ
一人は捨てられる
私は二人を連れてゆきたかったのだが
天の父よ
あなたは何故ジグヴァンゼラに
手を差し伸べようとするのか
あなたは人間の自由意思を尊重するお方だ
私の邪魔をしないでもらいたい
我々の明けの明星ルシファーを
造反者サタンと呼ぶのは勝手だが
我々もジグヴァンゼラの自由意思を
尊重して導くのだから勝手にさせてもらう
光の柱が立った。
恥ずかしくないのかベルエーロ
造反者サタンの支配欲は
地上に悪をもたらすだけだ
人間は我々より少し低いものとして造られた
その肉なる生き物を貶めて
問題ばかりを産み出させるのは
サタンが企てたことだ
お前はジグヴァンゼラを唆し
悪を行わせておいて
自分が彼よりも優位に立っていると
自惚れたいのか
お前がジグヴァンゼラなら
お前が肉なるものとして生まれていたら
かのイエスキリストのように
最後まで天の父を敬えたか
できぬからこその造反だったな
恥を知れ、ベルエーロ
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