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第二章 カリギュラ暗殺
(68)サレの罪
しおりを挟む深閑とした緑の森に囲まれ蝉の声ひとつも聞こえない夏の別荘は、太陽が真上に来ない限り常に半分が影に置かれている。
そのせいか、空気はひんやりと涼しく、一歩踏み込んでアントワーヌはくるくると回り、笑顔になった。
「素敵な処だね、ダレン」
「ご領主様が打ち捨てておられるのは勿体ないことです。既に一部は使えるようになりました」
「ふふ、あの御者は知ってるのにね」
馬車は森の入り口の木陰に停めた。
涼しい木陰で御者が昼寝を楽しむだろうと踏んで、ダレンはアントワーヌをベッドに誘った。
直ぐに衣服を脱がせる。競うように脱ぎながらキスを繰り返してベッドにダイビングした。
昨夜、ジグヴァンゼラと芳醇で劇的な時を過ごしたアントワーヌは、気だるさが残る身体を朝も絡まって快感の海に溺れたのに、今度はダレンと貪り合おうとしている。
アントワーヌは赤い接吻痕の散ったみずみずしい肉体を誇らしげに晒して横臥すると、二人で絡まって広いベッドをくるくると上下を替えて転がりながらキスした。
その頃、サレはジグヴァンゼラの執務室を訪ねた。執務室に入るのは初めてだ。
東側の窓から遠くに森が見える。西側の窓からは街に出る一本道が見えた。
ジグヴァンゼラは執事長と共に帳簿に目を通していた。
「サレ。珍しいな、お前が訪ねてくるとは。どうした訳だ」
「旦那様、サレは常日頃から感謝しております。ですから、言いにくいこともお伝えしなければならないと思いました」
サレは麦わら帽子を揉むように両手で掴んでいる。首に掛けた汗拭きで顔を拭った。
「アントワーヌ様のことです」
「アントワーヌ……」
直ぐには思い出せない。
アントワーヌ……
リトワール……
リトワールのことか
「どうかしたか」
ジグヴァンゼラは長いロマンスグレーの髪を黒いリボンで後ろに括っている。窓から吹き込む風が首を撫でていく。
「あの……アントワーヌ様の執事のダレンとのことで……良くない噂を耳にしまして……」
サレは嘘をついた。噂などではなく、悪霊から聞いたのだ。女房のマロリーと関係していると。サレは直感的に悪霊の嘘を見抜いた。悪霊も、わざと見抜かれるように話したのだ。
「良くない噂……」
執事の悪評は領主の沽券に関わる問題だ。広い領地を治める領主として、家の者も治めなければならない。
ジグヴァンゼラと傍らの執事長シアノが顔を見合わせた。
ジグヴァンゼラは犯罪に関する予想を立てたが、サレの口から出た言葉はその予想を裏切った。
「ダレンは、アントワーヌ様と関係しているようです。その……男同士ですが……あの、夫婦のように……」
ジグヴァンゼラの顔色が変わった。執事長シアノに尋ねる。
「ダレンは何処だ。問い質さなければならない」
シアノは狼狽えた。
「夏の別荘に、アントワーヌ様がお出掛けになりましたので……」
「夏の別荘だと……馬を出せ」
「畏まりました」
シアノがそそくさと部屋を出ていく。
「サレ、よく知らせてくれた」
ジグヴァンゼラは杖を置いて立ち上がる。ルネの粉薬のせいか、杖に頼らずとも歩ける。
風を切るように大股で歩くジグヴァンゼラの後ろを、サレは罪を犯した者のように小さくなってついていく。
「旦那様……あの、私は罪を犯しました」
サレは聞こえないように呟く。
「気にするな」
サレははっとしてジグヴァンゼラの背中を見上げた。
お耳が遠くなったのではなかったのですか……
「この目で確かめるだけだ」
サレは立ち止まった。
マロリー……
マロリー……
心ない噂からお前を守るために
私は旦那様に
ダレンのことを告げ口した
そうしなければ
悪霊がお前の嘘を振り撒いて
苦しめるだろうと思ったからだ
お前を守るために……
夫婦のようになどと
何の証拠もない
私の思い込みかもしれないことを
さも噂になっているかの如くに
ダレンを、ダレンを……
陥れた……
この口で……
確かにアントワーヌが
旦那様を籠絡しているのが
面白くなかった
アントワーヌの魔性を暴きたかった
旦那様に
目を覚ましてほしかった
マロリーを守りたかった
言い訳だ
全て言い訳だ
私は、悪霊に従った
悪霊に負けた
マロリーを守るために……
リトワールの姿を借りた悪霊が現れた。
「ふふふ、もう、遅いよサレ。止め立てはできないからねサレ。お前は良いことをしたのだよ。少なくともマロリーを守ることはできる。ダレンが関係したのはアントワーヌで、マロリーではなかったってね」
悪霊め
私はお前を許さない
絶対に許さない
この館から出ていけ
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