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第二章 カリギュラ暗殺
(71)カリギュラの仕業
しおりを挟む宵闇も迫る頃に、空の馬車で戻った御者から
「旦那様が夏の別荘にいらして、アントワーヌ様もダレンも一緒にお過ごしになると。それで私には、明日の朝、来るようにと仰せでした」
と聞いた執事シアノは、別荘に持たせるジグヴァンゼラの着替えの衣服と、厨房に命じて三人分の夕食を持ち運べるように作らせた。
それを籠に入れてジグヴァンゼラの馬車を自ら出す。そっと乗り進み、夏の別荘に到着した。
月明かりの別荘の周辺はひんやりと涼しい。戸口は開いている。見張りはひとりもいない。
今、此処で賊に襲われたら
旦那様が危ない
旦那様は女王ヘシャス・ジャンヌ様の
実弟だから政敵に狙われている
領地を警備する兵士たちが有能でも
別荘にも見張りの一人くらいは
執事は不安を感じながら音をたてずに戸口に立った。
「旦那様……宜しいでしょうか。お夕飯をお持ち致しました」
声を掛ける。月明かりの射し込む広いホールに、ジグヴァンゼラに良く似た印象の、金髪の背の高い男が現れた。
「テーブルに運んでくれ」
「あの、失礼ですが……」
どなた様でしょうと聞かれる前に男は答えた。
「私はルネ・ナバールだ」
執事は震えた。
討伐祭りを知らない訳ではない。
ルネ・ナバールは
大昔に公開処刑されたはずだ。
私は夢を見ているのか……
いや、これは悪霊と言う奴か
執事は澄ました顔ですすっとダイニングに歩み、テーブルに籠を置く。持参した蝋燭に火を灯すと、燭台に挿す。見てはいけないものを見ないように慎重に、伏せ目がちに歩いて丁寧にお辞儀をした。
ルネが目の前に来た。
「地下の貯蔵庫からワインを取ってきてくれ」
地下室の場所に案内されて執事は蝋燭の明かりを頼りに階段を下りた。ひんやりと肌寒い。
執事は蝋燭を掲げてワイン棚のあるコーナーに近づく。足元には割れた陶器の欠片が散乱していた。誰かが壁に投げ付けたのだろうワインの染みが、錆びた血のような痕跡となって残る。
その壁の反対側に明かりを向けた。人が床に座っている。
「あっ、だ、誰だ……」
身じろぎもせず返事もない。
近づいてやっと、それがミイラになった死人であることが判明した。御者の服を着ている。
「ジグヴァンゼラが殺した」
ルネが背後から囁く。
「旦那様はそのような方ではございません。これにはきっと、何か訳が……」
執事シアノは、どんな訳があろうとも領主の側に立ち続けることを旨としている。それでも死人の無惨な姿には怖気を震う。
「昔、私が愛したリトワールというフランス人の執事がいた。見目麗しく歩く姿も宮廷人のように優雅な奴だったが、私を裏切ってジグヴァンゼラのものになった」
リトワールがジグヴァンゼラと初めての夜を迎えたのは、ルネの死後二年の月日が経ってからだ。
悪霊ルネは承知の上で薄く笑う。
「出会った時から……あの二人は出会った時から惹かれ合っていたに違いない」
「そ、その事が、この者と何の関係が……」
「ふふふ……お前、まさか閹人か。成る程、性的不能者ならわかるはずがないか」
言い当てられて執事は振り向きかけた。目の端に悪霊ルネの金髪が映る。
「わ、私に何かを伝えたいのでございますか」
「分かりが早いな。この者はジグヴァンゼラの目を盗んで、リトワールを奪おうとしたのだ。同じフランスから私の御者としてやって来た男だ」
「フランスから……」
「私は美しい者だけを手元に置く趣味でね、お前もなかなかだが、もう、年だな。しかも閹人か。つまらぬ生き物だ」
「私に何をさせようとお思いですか」
シアノにジグヴァンゼラを裏切るつもりはない。寧ろ、悪霊の企みを知っておきたいだけだ。そのシアノを悪霊ルネは怒らせようとしている。
悪霊は
私がルネの死霊を恐れていると
思っているに違いない
しかし私は
そこらの年端もいかない者とは違う
リトワール様が
お亡くなりになる前から
お仕えしているのだ
冷静にならなければ……
「ジグヴァンゼラは私からリトワールを奪ったくせに。リトワールに横恋慕した御者をこのような姿にしたエゴイストなのだ。そんな主を、お前は何とも思わないのか。ジグヴァンゼラはカリギュラと呼ばれておるのだが……」
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