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第二章 カリギュラ暗殺

(77)誰が何と言っても

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サレの小屋では息子たちも独立して嫁を貰い、長男も次男もジグヴァンゼラの厨房で働いている。サレの能力は息子たちに受け継がれて多様なメニューを生み出していたし、孫たちも既に玉ねぎやじゃがいもの皮を剥くくらいはする。

ふたりだけになって広々と暮らすのも、何処か落ち着かない。

サレは特に、昨日の告げ口を後悔して、身の置き所の無いような気分でカサカサと動き回った。


マロリーを守る為だったのだ
無論、マロリーは無実だ

根も葉もない噂をたてて陥れたって
無実は無実だ

信じる者が私ひとりになっても
無実は無実だ

世界中が噂を鵜呑みにしても
噂は噂

噂を本当にしようとしたって 
噂は噂なのだ

神様も
同じ攻撃に遇っていらっしゃる

悪いことをすれば処罰を下すという 
噂を振り撒かれて
大勢の人間が信じている

神からの処罰だと嘯いて
人間を苦しめるのは
悪霊側の仕業だ

神様は人間の一生をご覧になる

最後まで忍耐してご覧になる

転じて悪霊は
いない者のように自分を隠し
或いは死んだ者に化けてでも
人間を攻撃して
神様に濡れ衣を着せる卑怯な奴だ

私が見たリトワール様も 
悪霊が化けた姿だ

昔、死んだはずのルネ様が現れた
セネラ様を見たと言う兵士も大勢いた

あれは悪霊が死人に化けて 
人間に死後の魂を
信じさせようとしているのだ

死んだ人間を……
生前に立派だった人間を
崇拝させようとして
化けることもある
或いは幽霊を供養させようと

ジグヴァンゼラ様は
リトワール様に招かれて
飛び降りる処だった

悪霊が旦那様を
飛び降りさせようとした魂胆は
領地の民に
ご領主様ジグヴァンゼラ様を
崇めさせるつもりだったのだろう

それに失敗して悪霊は
リトワール様の祭りを
行うようにさせた
領地の民は祭りを疑わず
喜んでいる

悪霊は
リトワール様の祭りでも失敗した

リトワール様を
崇めさせる祭りにはならなかったからだ

ただ、ジグヴァンゼラ様は
リトワール様を記念して行ったのだが……

そして、魔性のアントワーヌが
ジグヴァンゼラ様を虜にして
領地の民はアントワーヌを崇めている

私は、女房マロリーを
ふしだら女のような
噂を流されるのを恐れて
ダレンを売った

確証もなしに
マロリーを助けたい一心で
噂をでっち上げて讒言を弄した

ああ、マロリー
私の愛する妻

守りたかったのだ

誰が何と言っても
お前は無実だから

しかし
ダレンとアントワーヌのことは
どうなったのか

一睡もできなかった

もう、夜が明ける

朝食を持って
別荘に行こうか


サレは隣で寝ているマロリーのナイトキャップのずれを直そうとして驚いた。

金髪の長い髪のルネが、覆い被さって嗤う。


「サレ、お前も、私と関係しなかった人間だ。ヘシャス・ジャンヌとお前のふたりは、私の心残りだ」

「心残り……何を企んでいるのだ」

「サレ、あなた……どうしたの」


マロリーがサレの頬に手を添えて凝視している。


「マ、マロリー」

「魘されていたわよ」

「マロリー。君は私には過ぎた女房だ。何処へも行かないでくれ。誰に何を言われても、私と添い遂げるんだ」


サレはマロリーの頭を胸に抱いた。





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