聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第二章 カリギュラ暗殺

(81)殺される前に

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「ベルエーロ、お前はサレに目を付けたか」

日射しの中に光る粒を見た。

「今頃になって何を言う。ずっと見ていただろう。クソ清いお前らはただ見ているだけだ」

悪霊は黒い影を揺らした。端正な美しい顔がふわと浮かぶ。

「私にそのような顔を見せても無駄だ」

「それもそうだな。お前は光の側にいて少しも美しさを損なっていないのだから、私を嘲笑え」

笑えと言われた美醜の問題を無視して、光の粒は僅かに動く。

「ベルエーロ、問題はサレのことだ。人間の信仰を打ち砕くな」

「はははは。打ち砕くなどと。私はただ、聖書に書かれた『試練は信仰の質を高める』という言葉に従っているまで。それが本当かどうか知りたいのだ」

両手を広げて肩を竦める。

「下らない言い訳にすぎない。そなたはこの世の支配者サタンの支持者として闇に棲む者ベルエーロ。そなたの言い訳は通用しない。『神は試練を与えない』とも書かれている。人間が苦境に置かれるのは、そなたたちが悪影響を与えているからだ」

「サレを守りたいのか」

「サレには神のご意思を果たす役目があるのだ」

「ふわははは。私が大人しく従うとでも」

「ベルエーロ、そなたには告げた。確かに告げておいたぞ。サレには神のご意思を果たす役目があると」

日射しの中の光の粒々がなくなって、気のせいか日射しも弱まった。

「ふふふ。無駄なことを……おや、素早い。もう、消えたか。クソ清い奴らは私の傍に長くは止まらないのか。私は今でも元同僚を愛しく思うのに……私に取り込まれることを恐れてでもいるように、さっさと消えるとは冷たいものだ」

ベルエーロは端正な顔を醜く歪めた。

「恐れてなどいない。滅びる者の傍らなど、不快なだけだ」

声だけが届く。

ベルエーロが返事をしようと口を開きかけた時、霊的な気配はすと掻き消えた。

「サレは後回しだ。天使に従う訳ではないが、ジグヴァンゼラから始末しよう。悟りの境地にでも立ったつもりか、人間のくせに。アントワーヌを哀れに思うなどと。面白いと思ったが、悟った老いぼれの使い道はもうほとんど無いからな」

寝室が変わった。窓の位置や距離がジグヴァンゼラの部屋とは違う。

アントワーヌは目を開けて身体中に包帯が巻かれていることに気づいた。ダレンはいない。

「私だけを……」

アントワーヌは枕に頬を埋めて複雑な顔をした。

魔王カリギュラは助けてくれた
この包帯がその印だ
許してくれたのだ
私をアントワーヌと呼んでくれた
私は人間だ
苦しくて憎々しいと思ったけど
やっぱり
玩具のように扱われたくない
カリギュラに愛されたい
ジギー……
あんな年寄りに
私は何を血迷ったのアントワーヌ
名前を呼ばれたいと思ったり
ずっとお側にいたいと思ったり
胸が奮えたり
アントワーヌ
そうよ、私はアントワーヌ
リトではない
リトワールではない
アントワーヌよ
あんな年寄りを愛してなどいない
手玉に取っただけだ
この贅沢で自由な暮らしを
手放したくなくて
取り入っただけ
そうなのよ
取り入ったんじゃない
ジギーが私の虜になったの
そうなのよ
絶対にそうなのよ

「そうだ、アントワーヌ。ジギーがお前の望みを果たして金貸しを殺した」

いきなり現れた金髪の男に驚愕した。アントワーヌの包帯を巻かれた顔が歪む。

「誰……」

「これはこれは、お初にお目にかかる。私はジギーの親戚の者だよ、アントワーヌ。名前はルネと言う。お前の苦境を哀れに思うよ」

「哀れ……私は哀れではない」

私は声に出していたのかしら……

何故、心の中の声をこの人は……

「そんな姿で哀れむなと……ふふふ。アントワーヌ、自分が大事なら現実を見ろ。カリギュラの愛は幻だ。一瞬にして跡形もなく消え失せる。お前はカリギュラを裏切った。カリギュラは、裏切り者を暫くいたぶって殺すつもりだ。お前は奴にとって人間などではない。心など持たぬ人形ヒトガタだ。やがて捨てられる。何故ならカリギュラは夢から覚めたのだ。お前をアントワーヌだと認識した。カリギュラが愛しているのはリトワールだけだ」

「そんな……酷い……」

「裏切るからだ。だからお前はお前の栄光を逃がした」

「栄光なんてほしいと思っていなかった。私はただ、愛されていたかったのに」

「裏切り者の言うセリフかアントワーヌ。リトワールは命がけでカリギュラを愛したぞ。たった一度でも裏切ったことはない。それなのにお前は下らないダレンなんかを相手の愉悦に汚れた。二度とカリギュラの愛は手に入らない。カリギュラは望めば何処からでもリトワールに似た少年を探し出せるのだからな」

身体中に走る鞭痕の痛みと心の呻きがアントワーヌを狂わせる。

「こ、殺すっ。殺してやりたい」

「そうだ、アントワーヌ。お前ならできる。カリギュラを殺せるのはお前だけだ、アントワーヌ。他の者たちは全て失敗したのだ。誰も奴を殺せなかった。お前だけが……アントワーヌ、お前だけがその栄光を手にできるのだ」

「栄光……」

「カリギュラを永遠にお前の闇に葬れるぞ。お前だけの闇にな」

私の闇……
なんて居心地の良い言葉……
永遠の闇に葬る
ジギーを葬れるのは私だけ

「殺される前にやれ」

そうだ、アントワーヌ
ジギーが神に近づく前に殺せ
神の真理に目覚める前に殺すのだ
忌まわしい性欲の権化としてな
そうすればたとえ奴が
神のみ元で蘇るとしても
汚れた記憶を持ったまま
その人格のまま目覚めるのだ







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