聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第三章 純愛と天使と悪霊

(111)立太子公布と異能の少年

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  ヘンゼルは女王ヘシャス・ジャンヌに謁見を許されて、広間でアントローサ小公爵ジグマスタと共に並ぶ。

「ヘンゼル、そなたならいつでも母の部屋に来れるのに一体どうしたのです」

  齢六十を幾つも過ぎてまだ四十其処らにしか見えない美貌に、しかし幾らか病の影の浮いてきた女王が和やか微笑む。

  アントローサ小公爵ジグマスタは気心の知れた側近のようなもの。女王はジグマスタの前でも気負わずに女王の仮面を脱ぎ、ヘンゼルに母親の顔を見せた。

「母上、女王陛下……公の謁見をお許しいただき光栄に存じます」

「ヘンゼルや、私はそなたにとっては母親です。いつでも母親に違いありませんよ」

「嬉しいお言葉……母上……」

  壇上に上がって傅き、騎士がするように母親の手を取りその甲に口づけした。

「可愛いヘンゼルや、そなたは……」

「私は考えを変えました、母上」

「では、王になる決心がついたのですね。ああ、それを待っていました。ヘンゼル……」

  女王の目に涙が浮かぶ。

「私はずっと待っていました。あなたなら王権に相応しい政治を行えると。ああ、こんなに嬉しいことはありません。王位継承者はあなたです、ヘンゼル」

  アントローサ小公爵ジグマスタが片膝を付いた。居並ぶ側近も侍女も近衛兵も全ての者たちが、アントローサ小公爵に準じて片膝を付く。非公式ながら、ここが立太子即位の場面となった。

「アントローサ小公爵。このことを公に宣言する手筈を整えよ。他の全てのことに先んじて、一日も早く執り行えるように」

「はっ。仰せの通りに」

  アントローサ小公爵は立ち上がると正式なボウ・アンド・スクレープのあとに立ち去った。

「実は、母上。自領地でヴェルナールが襲われました」

「なんと、ヴェルナールが。おお、私の孫まで」

「命には別状ございません。捕らえた賊も、やがて王都に到着するでしょう」

「ヘンゼル、お前は誰をも狙ってはおるまいな」

私は女王として
突き止めなければならない
王位に関する邪悪な企みが
何処から出たのか
再び身内を失うなどと
あってはならぬ
仮に私の息子たちが
関わっているとしても
私はこの国の女王
この国の法であり
正義の剣でなければ
ならないのだ

「はい。決してそのようなことは。王座を欲してはおりませんでしたから」

「そうであったな。わかっておる。だが、ヘンゼルが王に相応しいことは誰の目にも明らかなのだから」

  ヘシャス・ジャンヌは母親の顔から女王の顔、聖女の顔になった。色素の薄い目が爛々と燃える。

「であるならば直ぐに兵を出し、女王の命においてザカリー輸送部隊と罪人を警護するのだ。そして今日のうちに会議を開き、罪人を召喚せよ。王位継承権を持つ孫まで狙うような邪な輩は、私の代で根こそぎ捕らえて潰してくれるわ」

  継母メナリーに刺繍針で突き刺された血だまの痕は永く残って、いつの間にか老斑と見分けがつかない。だが、憎しみを向けられた悲しみと手の甲の痛みを覚えている。あの時は、自分に向けられた攻撃だった。今は、幼い身内を狙われている。それよりも大きく深い感情が腸からたぎる。無辜むこの人間の存在を知りながらいっそこの国ごと世界の全てを滅ぼしてしまいたくなる。


  ザカリー領のダネイロは、警備兵長と共に賊の侵入経路を突き止めた。賊はピグル川から入って来たのだ。ザカリー領の山林は土地勘のないものには歩けない。侵入者を防ぐために罠を張って、多くの侵入者を防いで来た。入り込むとすればピグル川しかない。


  警備兵長は侵入経路と思われる箇所に大岩を転がして、小舟での侵入を阻止し、川床に刃の仕掛けを置いた。幾らか急流になっている場所で、岩にぶつかる水の煌めくしぶきが仕掛けを隠す。流れに乗って来る者は切り裂かれるという算段だ。


  処が、ヴェルナールが川遊びには出ないと言った。部屋の風呂場で水に浸かると言うのだ。ダネイロは二日目の夜も替え玉たちを伴ってピグル川に出掛け何人かを仕留めてきた。


  その間、ヴェルナールはシアノと若い執事の世話を受けて風呂場でふやけるまで水に浸かり、ぐっすり眠った。


  ヘンゼルは知らなかったが、三日目の晩もダネイロの特別班は刺客を返り討ちに合わせて、仕掛けに殺られた数体と前の晩の死体と合わせ三十体もの死体の山を荷馬車に積み上げて王都に送ることにした。


  昼間、荷馬車に死体を積み上げているときに、兵士に手足を持ち上げられた若者の死体を見て、ネイトが「この人はまだ生きているよ」と言った。分銅で顔面が崩れて胸を貫かれた若者だ。


  丁度サレが近くにいて「ネイト、何を言うのだ。これらはみな、息をしていないのだぞ」と咎めたが、ネイトは聞かない。


  幼い子供が金色の光を手から出して「生き返れ、生き返れ」と唱える。光がその若者をふわりと包む。


「うう……う……」


  若者の呻きに驚いた兵士たちは、若者の身体を地面に下ろした。


「ネイト、お前は……」


  サレには、ネイトの背後に悪霊が見えた。悪霊ベルエーロがネイトに魔力を注いでいる。


「止めろ、止めるんだネイト。お前は悪霊の技を行っている。悪霊には目的があるんだ。悪用されるな」


  ネイトは無垢な笑顔でサレを見上げた。


「目的ってなぁに、お爺ちゃん」

「お、お前をカリスマとして人々に崇拝させることだ」

「僕は難しいことはわからないよ。ただ、これは神様の技だよ。苦しんでいる人を助けてあげているんだよ」


  ネイトは心から信じていることを、サレにも理解してもらいたいと思ったが、サレは恐ろしい形相でネイトの腕を掴まえて歩き出した。


「来るんだ、ネイト」

「お爺ちゃん、駄目だよ。あの人がまだ……」

「あの人は死ぬ。お前が助けても仲間に口を封じられる。守ってはやれないのだ」


  若者が腕を伸ばした。


「こ、殺せ……殺してく……れ」


  サレは目を剥いて振り返った。


遅かったか……
ネイトが死人を甦らせてしまった
死人の甦りは聖書にもある
イエスや聖人が蘇りの技を行った
しかしネイトは聖人ではない
あれは悪霊の魔力だ
尤もネイトの言うように
瀕死の状態を癒したのだとしても
それは悪霊の技なのだ
ネイトよ、お前は
何故、悪霊と繋がってしまったのだ




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