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第三章 純愛と天使と悪霊
(112)恐るべき子供たち
しおりを挟む牢に入れられた若者の診察を終えた医者は「お前さんが元死体だとは信じられない」と頭を振った。
分銅で崩れたはずの顔面は、赤く腫れているものの回復の兆しが見える。刺された胸は癒着した傷痕と多少の痛みが残るが命に別状はなく、奇跡が起きたとしか言えない。
「奇跡だ。本当なら死んでいる処だ」
医者は若いが診察は確かだ。
「わ、私を助けてくれたあの子供は、何者ですか。あの子は神の手を持つ聖人か、悪魔の子か……」
「ううむ。私にはわからない。ただ、言えることはお前さんは仲間たちに狙われるということだ」
「口封じ……ですか」
「ははは、せっかく助けてもらった命だ。知っていることは全て話して、お前さんを寄越した組織を潰すことに力を貸すのだ。生き延びたければそれしかないぞ」
若者は顔に薬を塗られながら、諦め気分で瞼を閉じた。
「そんなこと……」
「お前さんの組織は、お前さんが首謀者の名前を吐くことを恐れるはずだ。どうだ、仲間に殺される前に吐いてしまえ」
「吐けばどうなる」
薄目を開けた。
「ははは、保護するさ。お前さんはな、まだ訓練中の子供に負けたのだぞ。魔王カリギュラの兵士は化け物だ。一人が一個師団の働きをする。敵にしたくない奴らだろ」
若者の脳裏に、自分を倒した子供の技と山積みにされた仲間の死体が重なる。瞬時に殺られた。剣をひとふりする間もなく顔面に分銅が飛んできた。その横で仲間の首が飛んだらしい。
罠に掛かって死んだ者の他に
多くの仲間がいたはずだ
相手はたったの三人
そのうちふたりは子供
なのに
何が起きたのかわからなかった
確かに魔王カリギュラの兵士は
訓練兵と言えども
化け物のように強い
だが、いくら魔王カリギュラ軍団でも
数千、数万の軍隊が相手なら……
荷馬車に積み上げられた死体は既に王都に向けて領地を出ていた。死人は口無しだからか、死体については取り戻そうとする動きはなく、荷馬車は邪魔立てをする者のいない街道を王都まで進む。
鏡の光通信で「立太子」の知らせを受けたザカリー家では、執事のシアノが夢見心地にヴェルナールの部屋に入った。
「旦那様、旦那様」
部屋の何処にもいない。風呂場を覗く。
「旦那様……」
ヴェルナールはバスタブの縁に頭を凭れて、疲れた様子で眠っている。
「ヴェルナール様」
途端にぱっちりと目を開いたヴェルナールは「言ったね、シアノ。ヴェルナールって、名前を呼んだね」と食いついた。
「だ、旦那様……」
「違う。ヴェルナールだよ。ヴェルで良いんだ。ここに来てから誰も名前を呼ばすに旦那様、旦那様って。ダニーが教えてくれたんだ。シアノが禁止したことを」
「ダニーとは……」
「ダネイロだよ。ニックネームで呼ぶことにしたんだ、ダニーって」
シアノは一瞬呆れたが、顔には出さずに嗜めた。
「旦那様、使用人を友人扱いしてはなりません。それよりも重大なことが。お父様が王太子になられるそうです。次の皇帝です」
「皇帝……父上が」
「そうです。ですから、立太子宣明の宴にご出席なさることになりました。ご準備のために、来週初めに王都で宴用の衣服を作りましょう」
「シアノ、それはいい考えだ。今すぐにでも行きたいよ」
「旦那様には領主としての尊いお仕事がございます。頑張って今週中に片付けて、今週末にでも」
「本当だね、シアノ。ああ、嬉しい。じゃあ、早速、仕事に取りかかるよ」
目の前で戦いを見てから厭世感に悩まされていた若すぎる領主は、その厭世感にまみれたバスタブからザザッと音をたてて立ち上がった。
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