聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第一章 復讐とカリギュラの恋

(36) 捜索

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  メンプラオ・ボリオ伯爵とジルコル・ハルム伯爵が部屋に入って来た。其々の衛兵を伴っている。




「女しかいない」

「ナヴァール子爵はどこに行った」




  着替えの済んだ娼婦が入って来た。




「あっ、逃げられたの。どうしましょう」




  ハルム伯が大股でベランダへ行く。兵士もついて行った。





「此処から逃げたか。しかしいくら大男でも」

「いや、ドアは開いていたから、ドアから逃げたのでしょう。厄介ですね、まだ館の中にいるとなると」




  ルネはボリオ伯に感じた違和感の理由がわかった。テーブルで挨拶したとき、ルネは爵位を誤魔化してフランスの田舎貴族、異世界流民と自嘲気味にお国自慢をしたが、ボリオ伯の部屋を訪ねたとき、ボリオ伯は「ナヴァール子爵ル・ヴィコント・ド・ナヴァール」とルネを呼んだ。




俺様の母国フランスの爵位で
俺様を呼びやがった
しかも、フランス語で、だ
お前のことは知っているぞと
言わんばかりじゃないか
切れ者面しやがって
今に地獄送りだ
メンプラオ・ボリオ




「我々が此処にいても意味がない。取り敢えず下に戻って武公にお伝えしなければ」
  
「それはハルム伯爵にお願いしましょう。私は空き部屋を巡ってみます。では」
 



  ひとりの衛兵と娼婦が残って、ルネは密かにほくそ笑む。



  部屋の隅の垂れ布にはたっぷりドレープがあり家具の影になって灯りが届かない。隙を見て衛兵を倒せば、あるいは死地回生の余地もある。



  娼婦が衛兵に命じて、ヴェトワネットをベッドに運ばせる為に担がせた。ルネはこの時ばかりと飛び出して衛兵の腰からスラリと剣を抜いた。




「はっはっはっは……このルネ様を甘く見たな」




  剣を喉元に突きつけられた娼婦は一瞬怯んだが「逃げたのではなかったのですか」と微笑んでみせた。



  内心焦りがある。援軍を寄越すと言ってくれたが、まさか部屋に潜んでいるとは思わずに他を捜索している。



  ルネは冷たい顔で娼婦を見た。



  衛兵はヴェトワネットを担いだまま手を出せない。顎でヴェトワネットをベッドに寝かすように指示して、ヴェトワネットの上に娼婦を片手で投げた。剣は衛兵の喉元に向いている。




「この娼婦を裸にしろ。お前も脱げ」



  衛兵は拒み、斬りつけられた。バッサリと耳が落とされた。剣が甲冑の肩に当たった。




「うわあああ」



  衛兵は叫んで耳のあった場所を両手で覆い蹲る。




「殺されたいか。お前はこの娼婦を犯すのだ。早く乗れ」

「誰か、誰か」



  娼婦が叫ぶ。



「愚か者め。そのくらいでは外には聞こえぬ。ええい」



  ルネは娼婦を生かしておいても役には立たないと踏んだ。衛兵の首を背中から斬りつけて殺し、ベッドの上から下りようとする娼婦の首を撥ねた。



  二人の首筋から血潮が吹き上がる。ベッドが真っ赤に染まった。



  何度も叩き切ってやっと切り落とした娼婦の首をヴェトワネットに抱かせる。




血魔女よ、お前なら
娼婦の血でも喜んで浴びるだろう
目が覚めて喜ぶ顔が目に浮かぶよ




  ルネはシーツで剣を拭うと絨毯に靴底を擦り、クローゼットの中に入った。粉薬の効き目が薄れ始めたか、まだ腰がだるい。隅に座って眠気に襲われた。




武公、とか言っていたが
言い間違えか聞き違いか
この国一の武公は
伝説のアントローサ大公のはずだ




  ホールでは、ジグヴァンゼラとリトワールが王都のもてなしにも劣らない銘酒を並べていた。フランスのワインもある。


 
  年輩のジルコル・ハルム伯爵と夫人が、ジグヴァンゼラに両親のような温かな気遣いを示しながら両脇を占めて、ジャガレット侯爵夫人とボリオ伯爵夫人が楽しい話題を提供する。




「王都にいらしたら劇場にご招待致しますわ」

「シェークスピアが最高ですのよ」




  ジグヴァンゼラは年の近そうなオリバール・ルート子爵の姿が見えないことを訝りながら、笑顔で夫人たちの話に耳を傾ける。娼婦たちの姿もない。何だ、そういうことかと、納得する。初めての宴席だからか白い粉効果か、ジグヴァンゼラは夫人たちに対して子供の素直さを持って会話を楽しんでいた。



「出し物はどんな内容なのでしょうか。私は田舎者で、この歳になっても劇場すら知らないのですが」

「ほほほ、ジグヴァンゼラ様は可愛いお方ですこと。女はあなたのようなお方にいろいろ教えて差し上げるのが好きな生き物なのですよ」




  ジグヴァンゼラは素直に戸惑う。大人の女性たちにからかわれて赤くなり、しどろもどろになる。そこがまた婦人たちを破顔させる。



  少し離れた場所でキース・ジャガレット侯爵に耳打ちされたマークル・ボランズ伯爵が腕を組む。




「逃げると言っても館からは出られまい。家捜しをしろ。連れてきた兵士を全員使え」




  爵位は、公、侯、伯、子、男、と下がる。ボランズ伯爵は爵位を越えてジャガレット侯爵に命じた。




「はい、畏まりました」




  ジャガレット侯爵が片足を後ろに引く軽いボウ・アンド・スクレイプの挨拶で離れ、ボリオ伯爵を伴って衛兵の控える内外に出向く。ボランズ伯爵も間をおいて、侍従を伴って塔へ向かった。




ボウ・アンド・スクレイプは
目上の者に対するお辞儀のはずだ
何故、ジャガレット侯爵閣下が
ボランズ伯爵にお辞儀を……




  自分も伯爵の立場であるジグヴァンゼラは、今しがた垣間見た不思議な出来事を漠然と心に止めた。



  ルネの殺人はまだ明らかになっていない。ジグヴァンゼラも、まさか自分の館の中でルネを捕縛するための策略が行われ、しかもその策略から逃れたルネを捜索する為に兵士たちが階上の部屋を巡っていることなど、露ほども知らなかった。





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ジェットマンズマニさんの友情投稿






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