聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第一章 復讐とカリギュラの恋

(39) 間違い

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  ルネの首を狙い振り下ろすまさにその時、シグヴァンゼラの手にボランズ伯爵の両手が重なった。



  振り下ろそうとするシグヴァンゼラにボランズが微笑みを向ける。





「お止めなさい。この男の罪状は明らかだ。そなたに提出する書類を書かなければならないので、全ては日が明けて午後。この男を公開処刑しましょう」




  シグワンゼラの手から剣を剥き取ってリトワールに突き出す。兵士が腰に差していた殺傷能力のある剣。



  それを受け取ったリトワールはルネを睨み付けた。今にも斬りかからんと心は逸る。ジグヴァンゼラが口を開いた。




「ボランズ伯爵……書類とは」




  シグヴァンゼラの目は戸惑っている。




「済まなかった、ジグヴァンゼラ殿。私はアントローサ少公爵だ。遅くなった。まさかそなたがこのような男に悩まされていたとは」




  ボランズ伯爵、実はアントローサ少公爵。その言葉にリトワールが耳を疑った。



  ジグヴァンゼラは肩を抱かれて、兄がいたらこのような人であろうかと、憧れと親密な雰囲気を感じていたボランズ伯爵。





その伯爵が
アントローサ少公爵……





  小間使いアネットはドアの外でルネの姿を見て腰を抜かした。廊下にへたり込む。




「私はそなたの執事リトワールから手紙を貰った後、直ぐに密偵をやってお家事情を勝手に調べさせて貰った。ルネの部屋からシーツに巻かれた死体が運び出されることがあるそうだな。それで、よもやと思ったら私の密偵まで殺られてしまった。無念だ。誠に無念でならない。そなたの気持ちは良くわかる。ザカリー伯爵。十四才から今日まで、そなたはよく頑張った。死なずにいてくれて本当に良かった」




  ジグヴァンゼラは滂沱の涙を流し、アントローサ公爵に凭れて子供のように声を出して泣いた。



  腰を抜かしたままで小間使いアネットは、ほうっと溜め息をつく。ジグヴァンゼラにはルネの面影がある。何処かで忌避していたその顔が、その姿が、美しく見える。




親戚なのね……通りで
アントローサ少公爵様と
ジグヴァンゼラ様は
よく似ていらっしゃる
ルネの奴もあの金髪を
お二人のように黒髪にすれば
顔つきだけなら三人兄弟みたいみえるわよ
異なる生まれで異なる立場、異なる生き方
アントローサ少公爵様は光の道を
極悪人ルネは闇の道を
ジグヴァンゼラ様はその二つの道を……




  ぺたりと床に腰を落として脱力したままのジグヴァンゼラの背中を、アントローサが優しく撫でる。




「もう心配ない。あなたの憂いは全て払拭しよう」

「ア、アントローサ公爵……じっ自分で解決できなかった、わっ私が悪いのです。長い時間を無為に過ごした」

「違うぞ」




  アントローサ少公爵はまるで兄のようにジグヴァンゼラの顔を除き込む。




「そなたは十四才だった。十四才で家督を継ぐのは大変だ。それを知っていながら私は爵位継承が無事に済んだことを喜び、それだけで済ませた。私の父も長らく伏せっており、また、煩い親戚筋だと思われたくなくて、それも全て言い訳になるが、そなたが自ら頼ってくるのを待っていたのだ。しかし、有能な執事がいたのだな。毎年の税金も領地経営も問題ない。それでザカリー領は安泰だと勘違いしたのだ。まだ子供だったのだから、ルネのような寄生虫の起こす問題に対処出来ないのは当たり前だ。前ザカリー伯爵の死から立ち直るまで、長い時間を要したことだろう。もしかしたら私自身には耐えられないことも、そなたの身に起きたのかもしれない。ザカリー伯爵、あなたの忍耐はこれから実を結ぶ。あなたはこの領地をしっかり治めていく人だ。ルネさえ片付ければあなた自身には何の問題もない」

「私は人を殺しました。相手はまだ少年でした。私と同じ年頃の」

「ルネに関することなのだろう。ルネの悪評も聞き及んでいる」




  ジグヴァンゼラはアントローサ少公爵の真っ直ぐな目のなかに自分の顔を見た。




「はい。こっ、この男を私は長いこと、死神だと思っていたのです。私は長い間、病がちで考える力もなく、ただ恨みだけを募らせて」

「領主が領地内で行うことを裁く法律はない。私たち領主はそれぞれが己が領地の法律だからだ。無闇なことはすまいぞ。それが領主たるものだ」

「はい。心して……」




  アントローサ公爵はジグヴァンゼラを胸に抱いて、それから離れて立ち上がり、手を差し出す。
 



「ザカリー伯爵、少し休もう。私は部屋に下がる。あなたも昼まではぐっすりお休みなさい」




  リトワールはこの場面の全てを目にした。網の中で気でも触れたかルネが唸り声を上げて頭を振る。緩く曲げた金髪が乱れて悪鬼の形相で睨む青い顔は、すでに正気ではない。「お前ら、殺す……全て俺のせいか」と聞こえる。




  アントローサ公爵とジグヴァンゼラが立ち去った後、リトワールはルネに声をかけた。




「悪足掻きをせずに、今まで犠牲にした人たちに済まなかったと謝ってください。心の中で良いんです。そしたら……」




たった一言で良いのか、ははは




  獣の唸り声だが、リトワールの耳にはルネがそう言って笑っているように聞こえた。




「そしたら……」




  そしたらなんだと言うのだろう、何を言うつもりだったのかと、リトワールの言葉は宙をさ迷う。




ルネ……
誠意を込めて仕えても
無駄な主とはあなたのことだ
既にフランスで見切りを付けて
一揆を起こしたのに
運の巡り合わせで
此処まで共に逃げてきた
自分も罪深い者として仕えながら
あなたの息の根を止めたいと
日々鬱々と落ち込むのを
他の者の忍耐によって励まされ
ジグヴァンゼラ様を
お助けしたいと願い
己が立場で
できうる限りの仕事を成して
犠牲を最小限にと願ってやっと
今日の日を迎えた
以前はかなり用心していたから
パーティーなど勧めても
嘲り混じりに脚下されたものだが
あなたも退屈には勝てなかった……
と言うより、ジグヴァンゼラ様の
領主同士の付き合いに交じれば
身の安全を確保できるとでも
思っていたのでしょう
いつもの手で貴族たちを取り込めると
舌舐りしていたのかもしれない
しかし、あなたは失敗した
長きに渡り君臨した悪の化身でも
滅びるときは一瞬だ




 リトワールは蔑みの目でルネに言った。




「謝ってください。そしたら……そしたらあなた自身、この世に禍根を残さずに死ねるだろう」




  ルネは、リトワールの泥濘ぬかるむ大理石のような目に侮蔑が加わったことを感じて舌打ちした。




ううあああ……リトワール
泥濘む大理石のようなその目
何と滑りやすい相手だったか
お前を執事のままに
生かしておいたのは間違いだった




  本当の間違いに気づくことなく、ルネは獣のうなり声を漏らし続ける。



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