13 / 165
第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って
(1)結婚式に出席する為に大騒ぎ 1
しおりを挟む「ラルポア。一週間前、確か五月二十一日、チャールズ・リンドバーグが大西洋横断飛行を成功させたじゃない。私たちも行こうよぉ、ラルポア」
「ラルポア。俺はあの異世界通信を何度も読んだぜ。彼は何処にも一度も寄らずにアメリカとフランスの間を飛んだんだ。お前、ラナンタータを乗せて飛べるのか」
「カナン。あれはね、人間が、危険な水素ガス以外の方法で空を長距離移動できることを証明したんだよ。フランスとアメリカの間だよ。素晴らしいじゃない。ね、ラルポア」
1920年代前後、水素ガスを使う飛行船の事故が相次いだ。空を移動するのは危険が伴う。
「そうだね。今の時代は命がけかもしれないけれど、そのうち、誰もが飛行機で普通に空を移動する時代が来るかもしれないね」
「ラルポア、宇宙にだって行けるかもよ。私が連れていってあげる。世の中がいつまでも変わらない訳はないもんね。必ず変わるもんね」
ラナンタータの眼差しの先に、闇を駆逐する灯りが煌々と灯る。
「お前な、当たり前のことを言うなよ。そりゃあ、人も町も変わるさ。考えが変わり、姿が変わる。世界は必ず変わる。いや、変わってきた」
「カナンデラ。それを進化と言うなら私も人類の進化を認めるよ。ね、ラルポア」
「ラナンタータはその為に皆が生まれたって言いたいんだろ。世界を変える為に動くって。アントローサ総監も同じだ。勿論、カナンデラ所長もさ」
「うん、そうだね、ラルポア、カナンデラ」
「二人とも良いこと言うぜ。だったら手っ取り早くぶっ壊そうぜ。おいら、おフランス革命みたいにこの国をひっくり返したいな」
「ははは、カナンデラの単細胞。今の世の中にフランス革命みたいなことって期待できないけどね」
「何でも聖書では、天からの石が人類史を打ち壊すとか……この世は滅ぶという予言ですけどね」
時は1927年、春。第一次世界大戦前後にはこのアナザーワールドも多少の軍事的影響があった。アントローサ領でも、世界大戦に参戦するか否かで紛争まで起きた。
異世界人に、この世界の存在を知らしめてはならないという鉄の掟がある。もしも異世界人に伝えてしまったら、その異世界人を殺すか拉致して来なければならない。
その鉄則を破りたがる参戦派は少数だから、紛争は長くは続かなかった。
紛争中でありながらも、両陣共に多くのユダヤ人を受け入れてホロコースト惨劇から護ることが出来たことは、誇れる史実だ。
アルビノに生まれ命を狙われながら育ち、異世界旅行中に垣間見た世界大戦という凶暴な嵐を嫌悪して、多感な時期を過ごしたラナンタータは、十九才の今、希望を持って未来を見つめる。アルビノの人権が保障される時代が来ることを信じて。
「ねえ、ラナンタータ。光の三原則を知っているよね。白い光は全ての色を含んでいるんだ。だからこそ白くなる。不思議だよね。色絵の具を全部混ぜると黒っぽくなるのに。全ての色が集まった光は、強くなればなるほど眩しく白くなっていくんだよ」
「ラルポア。それ、アルビノの色素不足とは関係ないじゃない」
「色素は不足していても金に糸目は付けないのが、アントローサお嬢様だよな」
「何の話し」
話は案外、単純だ。1927年夏。ラナンタータの学友アンナベラが、従兄の探偵カナンデラ・ザカリーのキューピッド役でザカリー家の親戚になる。
「花嫁はアンナベラ・ザカリーになるわけだ」
言外に『可哀想に……』と皮肉を含めて名車アルフォンソ十三世の革のハンドルを握るラルポアはため息をついた。
アンナベラは都会暮らしの元貴族のお嬢様で、駆け落ちのように結婚する相手は落ちぶれ大公家のパン屋だ。田舎暮らしが続くだろうかと、心優しいラルポアは危惧している。
ラルポアの金と栗色の上手い具合に混じった甘い色調の髪に、粋なストライプのモカのツイード・ジャケットとチョコレート色のチョッキはよく似合う。今日はサーモンピンクの蝶ネクタイだ。
その出で立ちに黒いサングラスはどうかと思うラナンタータだが、ラナンタータにしてもカナンデラにしても、遠乗りにはサングラスを掛けるのが常だ。
コンパーチブルにカスタムした幌付きのオープンカー・アルフォンソ十三世の速度を制限しながら、古い石畳の道を走る。真夏日の直射はラナンタータの弱い肌を刺激する。幌屋根が涼しげな風の音を奏でる。
ラナンタータはお世辞にもファッションセンスがあるとは言えない。アルビノの肌の弱さをカバーする為のマントは春夏物の色違いもあり、ラナンタータのトレードマークになっている。今日のマントは藤色だ。
春夏はかえって目立つマント姿だが、ラナンタータとしてはマントの下に着る衣服に気を使わないで済むせいか、無頓着になる傾向が甚だしい。カナンデラやラルポアにお下がりをねだることもあった。
『お前、男装の麗人を気取るには痩せすぎだろう。サイズが違いすぎる。ブカブカじゃないか』
『子供が大人の服を着てるみたいだよ、ラナンタータ。ジョルジュ・サンドは諦めた方がいいね』
『ジョルジュ・サンドになりたい訳ではない。私はまだショパンに出会っていない。男服が機能的でいいんだ。女物は長ったらしいスカートだけだから』
等とやりあうのも、1920年代の女性物のファッションが現代に比べてまだ女性の動きを封じる作りになっているからだ。出来ればホットパンツやバミューダ等の形状を望むのだが、時代はまだそこまで開かれておらず、美しさ先行の機能性二の次の女性服に、ラナンタータは不満たらたらだ。
しかし、今日のラナンタータはわざわざ異世界フランスまで行ってカナンデラとラルポアに選んでもらったオートクチュール。パリ・コレクションに参加した有名デザイナーの、紫色の裏地に透かし編みの硝子細工を思わせる細身のロングドレスに身を包んでいる。
「いやはや、本当に可愛い。可愛く見える。とても悪魔には見えない」
カナンデラは毎日のようにラナンタータの毒舌に晒されているせいか、小さな復讐を怠らない。
「カナンと違って私は天使と間違われるからね。そんなに美形じゃないのに」
アルビノの肌に髪も睫毛も真っ白な美しさは、どうかするとこの世のものではない。
「天使だよ。見かけだけはな。見かけだけは。俺の指定席を奪いやがって」
普段は助手席に座るカナンデラが、主の席の後部座席に遣られたのは、訳あってラナンタータに助手席を奪われたからだ。そのせいで三人分の着替えの入ったでかいバッグを抱っこする羽目になった。
じゃびっくいやりぃぃれぴゅぶりくふらんせーずぅぅふらんすめとろぽりてーぬぅぅ
ラナンタータの音程の外れた鼻唄が田舎道にこぼれる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる